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2012年2月29日 (水)

殺意否認, 母胎回帰ストーリー -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (11)

 
 大月被告は差し戻し審で、 それまで認めていた犯行事実を 一変して、

 殺意はなかったという 新たな供述を始めました。

 作家の佐木隆三氏は、 被告が訴えたかったことを、

 新しい弁護団が伝えられなかったのだと 批判しています。

 犯罪心理を専門とする 長谷川博一教授は、 何度も被告に面会を行ないました。

 そして、 被告が 検察や新たな弁護団に 迎合した結果、

 供述が揺れ動いたのではないか と考えました。

 彼を理解するキーワードは 迎合性の高さだと言います。

 被告が見せる 微妙な笑顔も、

 相手に嫌われたくないために、 防衛的に付いたもので、

 相手が 意図して誘導しなくても、

 期待に応えるような 応答をしてしまうのだということです。

 しかしその後、 被告への面会を 弁護団から阻まれ、

 真実を読み解くことは 叶いませんでした。

 この裁判は、 犯行の判断に必要な材料が 欠損しているのが

 大きな問題だと語っています。

 一方、 萩谷麻衣子弁護士は、 新たな供述は 被告に不利に働いてしまったが、

 本当に殺意がなかったとすれば、

 一審段階で弁護士が 早く引き出すべきだったと 主張します。

 殺意がなかったということも含めて、 精神鑑定するべきだったと。

 被告にとって 遅すぎた供述だったと言います。

 さらに ジャーナリストの門田氏は、 被告に何度も会ううち、

 この奇怪なストーリーこそが、 被告の反省が深まっている 現れだという

 推測を述べました。

 自分の罪を心底反省し、 余りにも無残な 犯行に直面すれば、

 人間の精神は 極限までいくと 耐えられずに壊れてしまう。

 防衛本能として そこへ行き着く手前で、

 自分を納得させようとするストーリーを 構築した可能性があるというのです。

 差し戻し審では 細部にわたる検証によって、

 傷害致死と母胎回帰ストーリーを 否定しています。

 (当時、 詳細な裁判記録が ネットに載っていたのですが、

 現在このページは なくなってしまいました。)

 この検証データは 僕には説得力のあるものであり、

 殺意がなかったという主張は 事実とは言い難いと思います。

 ただし、 門田氏の言う仮説は、 直ちに頷けるものではなくても、

 可能性を否定することはできません。

 もしも仮にそうだとすると、

 昨日の記事の  「部分的に冤罪だと言いたい」 というのも、 整合性が出てきます。

(次の記事に続く)

〔参考: TBSテレビ 「Nスタ」, フジテレビ 「知りたがり!」〕
 

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2012年2月28日 (火)

居場所をなくした少年 -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (10)

 
 大月被告は子供の頃、 人懐こく能天気で、

 笑顔が絶えない ムードメーカーだったといいます。

 ところが家庭では 父親が暴力による 絶大な権力を持ち、

 笑顔を見せることはありませんでした。

 母親が心の支えで、 少年が帰り着く先は 家ではなく、 母親だったのです。

 その母親が 夫の暴力から逃れるためか、 少年が中学のとき 物置で首を吊り、

 少年は遺体を目の当たりにします。

 でも学校では 辛い様子は見せず、 変わらず 明るく振る舞っていました。

 高2で 新しい母親との 暮らしが始まり、 家出をしたり、

 担任の教師に 家庭での疎外感を 泣きながら訴えたといいます。

 「誰も心配してくれん」 と。

 高3になると 友だちとの付き合いも減り、

 教師たちは原因が分からず 困惑していました。

 卒業して 水道設備会社に就職しますが、 4日で行かなくなり、

 2週間目の事件の日も 無断欠勤。

 家裁の裁判官だった 井垣弁護士は、

 少年が 自分の 「居場所」 を失ったことが 事件に繋がったと考えています。

 母親を亡くし、 信頼していた 高校の先生とも離れ、 友だちもどこかへ行き、

 仕事も面白くなく、 将来の夢もなく、

 マイナスイメージで 恐らく一杯だったろうと。

 判決前、 何故 事件を起こしたのかという質問に、 大月被告は答えています。

 「甘えと言われてしまうが、 誰かに自分の話を 聞いてもらいたかった。

 18歳になり、 社会人として 自分で仕事の責任を 守らなければならないのに、

 それができず、 社会から逃げるようにして、 行き着いた犯行でした」

 少年の心の真相は 明らかにならなかった裁判でしたが、

 単なる凶暴性だけで 説き明かせない問題です。

 何が少年を 凶行に駆り立てしまったのか、 これからも求めていくことも、

 この事件を風化させず、 失われた 弥生さんや夕夏ちゃんの命に応える、

 社会の責任かもしれません。

〔NHK 「ニュースウォッチ9」 より〕
 

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2012年2月27日 (月)

少年の償い 厳罰か更生か (2) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (9)

 
(前の記事からの続き)

 被告が少年の場合、 成人の場合と比べて 量刑をどうするかという問に、

 市民と裁判官では 意見が大きく異なっています。

 重くすると答えたのは、 市民が25%、 裁判官は0%。

 軽くすると答えたのは、 市民25%、 裁判官91%。

 どちらでもないは、 同じく50%、 9%です。

〔参考資料 : 朝日新聞〕

 以前から こういう傾向が報道されていましたが、

 この “市民感覚” に 僕は非常に疑問を持ち、 理解できないでいます。

 少年は未熟であり、 変わる可能性が 成人よりもずっと高いので、

 刑罰の対象よりも 教育の対象となるはずです。

 日常生活でも、 小さい子に 何か悪いことをされても、

 「子供のすることだから」  「相手は子供だから」 と言って

 おおらかになるのが普通ですし、

 むきになって怒るのは  「大人げない」 とされます。

 小さい子供は まだ善悪の判断が付かないので、

 責任が大人より軽いのは 当然のことです。

 何故 上記のような結果になるのか 教えてください。

 生育歴などによって 精神的な発達が 遅れてしまっている場合にも、

 そのこと自体は 本人の責任ではなく、 むしろ被害者なので、

 その事情を 充分に考慮すべきだと思います。

 もし やったこと (事件の態様など) 自体が重大で、

 他の要件で 罰を大きく変えるべきでない と言うとしたら、

 被害者 (遺族) 感情も あまり考慮すべきでないということになります。

 同じ罪を犯しても、

 被害者 (遺族) によって 怒りや憎しみの大きさは 違いますから、

 被害者 (遺族) がどんな人かによって 罰が変わるのは、

 加害者にとっては  “運不運” みたいなもので、

 僕は昔から 疑問を感じていました。

 もちろん日常生活でも、 相手の怒りが大きければ より深く謝らなければいけないし、

 相手が許してくれたら 幸いだったということにはなるのですが。
 

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2012年2月26日 (日)

少年の償い 厳罰か更生か (1) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (8)

 
 90年代後半から2000年代前半にかけて、

 光市母子殺害事件や酒鬼薔薇事件など、 少年による凶悪犯罪が 幾つか起きました。

 それに応じて、 少年犯罪に対する 厳罰化の流れが生まれました。

 「少年犯罪被害当事者の会」 の武るり子代表 (57) は、

 「厳罰化ではなく、 適正化」 だと言います。

 「隠され続けた 少年犯罪の問題を、

 遺族だけでなく社会全体が 考えていかなければいけない」

 一方、 永山則夫元死刑囚の弁護人を務めた 大谷恭子弁護士は、 こう語ります。

 「少年犯罪は社会の鏡。

 少年をしっかり育てられなかった社会が 責任の一端を負うべきなのに、

 個人の責任として切り捨ててしまっている」

 名古屋アベック殺害事件の主犯格の少年は、 二審で無期懲役となり、

 今は遺族と 手紙のやり取りをしています。

 担当の多田元弁護士は述べます。

 「少年は立ち直れる。

 更生を見守り、 償いの気持ちを求める 遺族もいる」

 「重大事件を起こした少年ほど、 虐待などの問題を抱えているのに、

 立ち直りを支援する情熱を 家裁が失っている」

 本村さんは 記者会見で述べていました。

 「少年に やり直すチャンスを与えるのか、 命をもって償わせるのか。

 どちらが正義か悩んだ。

 答はないと思う。

 判決をきっかけに、 この国が死刑を存置していることを、

 いま一度 みなさんに考えてもらいたい」

〔朝日新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2012年2月25日 (土)

大月被告の反省 (3) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (7)

 
(前の記事からの続き)

 最高裁判決の多数意見は、

 被告の反省の不充分さを 死刑とした理由のひとつに 挙げました。

 「犯行時少年で、 更生の可能性がないとは言えない ことなどを考慮しても、

 責任はあまりに重大で 死刑を認めざるを得ない」  とも言っています。

 しかし 反対意見を述べた宮川裁判官は、 こう指摘します。

 「人は 人の関係の中でしか 成長しない。

 人間的成熟度が 12歳程度で停滞しているのであれば、

 (そのまま拘置所で) 8年、 9年過ごしたとして、

 反省・ 悔悟する力は生まれない」

 実際 拘置所には、 人間的に成長させる態勢や プログラムが全くありません。

 被告は 13年近く独居房で過ごし、 職員を除くと、

 話をするのは 弁護士とわずかな支援者、 そして教誨師だけです。

 被告自身、  「自分の考えが 必ずしも正しくないと 教えてくれるのは本」

 ぐらいだと話していました。

 罪の重さを感じていくためにも、

 裁判中から 成長させるためのプログラムが必要です。

 本村さんも、

 「反省の情があれば、 死刑の判決は 下らなかったと思う」 と語っています。

〔朝日新聞より〕
 

 アメリカでは 加害者の更生プログラムとして、

 「アミティ」が 非常に有効だとされています。

 加害者同士で 自分の生い立ちなどを 吐露し合い、 自分の内面と向き合うものです。

 多くの加害者は 虐待や悲惨な生育歴のなかで 育ってきました。

 「アミティ」 は 暴力の連鎖ではなく、

 「命のつながり」 を 実感していくプログラムです。

 下記のURLから 記事を連載しています。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/30977301.html
 

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2012年2月24日 (金)

大月被告の反省 (2) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (6)

 
(前の記事からの続き)

 法廷で何か述べることができたら 何を言いたいかという質問に、

 大月被告は答えています。

 「あえて最後に言うとしたら、 部分的に冤罪だと言いたいです。

 本村さんと弥生さんのお母さんに、 頭を深く下げることをしたかったです。

 地面に頭をこすりつけてでも、 地面を掘ってでも下げたかった。

 そのことだけが心残りです」

 不審なところもありますが、 事件から年月を経て、 ようやく 己の犯行を悔やみ、

 精神的な成長を始めたと 言えるのではないでしょうか。

 (短期間で行なわれる裁判員裁判では、 その時間がないのが懸念されます。)

 少年の甦生の可能性を示し、 反省の気持ちは 確かにあると思われます。

 (その深さが 充分であるかは別にして。)

 しかしながら 本村さんは、

 反省している状態で 極刑を受けてこそ、 死刑の意味があると 主張しています。

 自分の犯した 罪に向き合い、 自責の念に苦しんで、

 死の重さを背負って 死刑に処されてこそ、

 命をもって 罪を償うということになるのだと。

 一般的には、 自分を苦しめた相手が 深く懺悔すれば、

 報復感情は減ずるものだと思います。

 殺人を許すことはできなくても、

 死刑以外あり得ないという 結論にはならないのではないでしょうか。

 他の殺人事件の 被害者遺族のなかには、

 犯人の反省の態度に 接するうちに、 死刑制度に反対するようになった 人もいます。

 また、 加害者の死刑を 待ち望んでいたのに、

 実際に刑が執行されると、 虚しさしか残らなかった という被害者遺族もいます。

 死刑は決して、 遺族の感情に 応えるものになるとは限らないのです。

 ただ、 最愛の人を 残忍極まる所業で 殺められたという惨害は、

 レベルが異なるのかもしれません。

 そして、 死刑判決があるからこそ、

 被告に悔悟の念が生じる という側面があるのも否めません。

(次の記事に続く)

〔参考: TBSテレビ 「ニュース23クロス」, 朝日新聞〕
 

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2012年2月23日 (木)

大月被告の反省 (1) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (5)

 
(前の記事からの続き)

 この裁判を追い続け、 大月被告とも面会を重ねた ジャーナリスト門田氏によると、

 今の被告は 反省をしているといいます。

 最初の死刑判決が出たとき、 被告は

 「胸のつかえが降りました……。

 自分は無期懲役では 軽いと思ってました」 と 言ったそうです。

 そして、

 「殺めた命に対して、 死をもって償うのは 当たり前のこと」 と、

 正に 本村さんが言っていたのと 全く同じ言葉を 口にしたのです。

 教誨師 (きょうかいし) に出会って、

 命の尊さを教えられたことも 大きいということです。

 「自分は死んで償うべきか、 けれどもそれだけでいいのか。

 自分は 本村さんに裁いてほしかった」 とも、

 穏やかな目で、 優しく語り、 被告は変わってきたといっています。

 遺族を甚だしく愚弄した 大月被告の手紙は、 人々の猛烈な反感を招き、

 法廷での反省は 形だけだと非難されました。

 けれどもその後 被告は、

 「遺族をたびたび傷つけたことは 深く反省しないといけない」 と 話しています。

 差し戻し後の08年、 26歳になった大月被告は、

 事件当時と現在の認識を 次のように述べました。

 「当時は自分中心で、 相手がどう感じるのか 度外視していた。

 自分に向き合い、 弱さに気付いた」

 差し戻し後の控訴審で 遺族の意見陳述については、

 「胸に迫るものがあった」 と 語っています。

 1回目の死刑判決後、 新聞記者に寄せた手紙があります。

 「つらくないわけではない。

 しかし、 ぼくよりつらい御立場 (遺族) が おられる以上、

 ますます つつしみながらかんじゅし、 学ばせていただきたいとする気持ちも、

 またまぎれもない事実です」

 大月被告は、 09年には 次のように話しています。

 「支えてくれたひとから いただいたものを胸に、

 なぜ悪くなったのかを 見つめて改善する、 大きな人間になりたい。

 判決が 自分に有利でも不利でも。

 死刑でも、 そうでなくても」

 2年ほど前から 支援者に頼んで、

 母子の月命日に 犯行現場に花を 捧げてもらっているといいます。

(次の記事に続く)

〔参考: フジテレビ「知りたがり!」, 朝日新聞〕
 

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2012年2月22日 (水)

死刑回避の事情 (2) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (4)

 
(前の記事からの続き)

 事件直後の家庭裁判所で、 絵画を見てストーリーを作る 検査を行なった結果、

 被告の発達レベルは 4~5歳と評価されたといいます。

 大月被告に面会した ジャーナリストや記者たちは 異口同音に、

 被告の幼い印象を語り、 凶悪事件と全く結びつかない ギャップを感じています。

 被告が少年時代、 父親から 激しい暴力を受けていたことや、

 母親の自殺を目の当たりにし、 さらに父親が 若い外国人女性と再婚し、

 異母弟が生まれたことで、 より孤立感を 深めて言ったといいます。

 そのような生育歴によって 精神的発達に障害があったとすると、

 パーソナリティ障害や 発達障害に通じる面があります。

 心子は 犯罪は犯しませんでしたが、

 パーソナリティ障害のなかには 犯罪的な行為をしてしまう人もいます。

 パーソナリティ障害は 責任能力があるとされていますが、

 自分自身が苦しめられている 障害のために、

 死刑にまでならなければいけないのか?  という場合を考えると、

 居たたまれないものがあります。

 環境その他によって 精神的な発達に 相当程度の障害があったとすれば、

 極刑を回避する 事由になるのではないかと、 僕には思われます。

 死刑判決は、 どの裁判官が判断しても それ以外にないという場合にだけ、

 選択されるべきとされていますが、

 その意味でも 反対意見が述べられたのは異例であり、

 今回の判決が 必ずしも適切とは言えないことを 物語っています。

 無論、 加害者の確固とした甦生プログラムと、 被害者遺族への十二分なサポートが、

 喫緊の課題であるのは 言うまでもありません。

(次の記事に続く)

〔参考: 朝日新聞〕
 

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2012年2月21日 (火)

死刑回避の事情 (1) -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (3)

 
 最高裁判決で反対意見を述べた 宮川光治裁判官は、 次のように言っています。

 「精神的成熟度が、 少なくとも18歳を相当程度 下回っていることが、

 証拠上認められるような場合は、

 『死刑の選択を 回避するに足りる、 特に酌量すべき事情』 が

 存在するとみることが相当である」

 「被告は12歳当時、 母親の自殺や 父親の暴力で、

 精神レベルが止まっているというのは 説得力がある」

 「 『少年司法運営に関する 国連最低基準規則 (北京ルールズ) 』 は、

 『死刑は、 少年が行なった どのような犯罪に対しても、 科してはならない』

 としている」

 「行為規範ができていない 少年の行為については、

 刑法的に非難することは 相当でなく、

 刑罰による改善効果も 威嚇 (犯罪防止) 効果も 期待できない」

「被告の人格形成や 精神の発達に、 何がどのように影響したのかや、

 犯行時の精神的成熟度について、 審理を尽くすべきだ。

 二審判決 (差し戻し審) は破棄しなければ、 著しく正義に反する」

 一方、 金築裁判長は、

 「精神状態が 18歳を下回っているかどうか、 客観的な基準や 調査方法はない」

 と述べましたが、 少年の未熟さを どのように判断するか、

 最高裁でも 意見が別れたことを物語っています。

 司法福祉論の野田正人教授は、 今回の判決について 下記のように述べます。

 「精神的な成熟が 遅れていたことに対して、 丁寧に吟味されていないなのが残念だ。

 虐待による人格形成への影響を、

 もっと 刑事裁判や少年審判の中で、 正当に評価していくべきだ。」

(次の記事に続く)

〔参考: 朝日新聞〕
 

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神が与えた被害者 -- 光市母子殺害事件、 最高裁判決 (2)

 
(前の記事からの続き)

 第一審で無期懲役判決が出たとき、 本村さんは

 「被告を早く 社会に出してほしい。 私がこの手で殺す」

 と 公の記者会見で述べ、 人々に衝撃を与えました。

 参加していた記者たちは、 自分の家族に思いを馳せ、

 ぼろぼろ涙を流しながら メモを取っていたといいます。

 そして、 本村さんは自殺を考えたそうです。

 被害者が二人で 死刑にならないとしたら、 自分が3人目の犠牲者になれば、

 結果の重大性が 裁判官に伝わるのではないか、 そういう遺書を書いたというのです。

 (遺書を見た会社の人に、 本村さんは止められました。)

 悲憤と涙に打ち震えながら 訴えた本村さんの言葉は、 非常に強く胸を打つものです。

 「被害者だって 回復しなければいけないんです、 被害から。

 人を恨む、 憎む、 そういう気持ちを乗り越えて、 再び優しさを取り戻すためには、

 死ぬほどの努力をしなければならないんです」

 怒りに身を任せてしまうだけでなく、 その先にある 優しさのことまでを見据えた、

 深い人間性と、 その苦しみには、 計り知れないものを感じます。

 当時の小渕総理は、

 「無辜 (むこ=無実) の被害者への 法律的な救済がこのままでいいのか。

 本村さんの気持ちに 政治家として応えなければならない」 と 語りました。

 被害者の立場を見直し、 改善させてきた動きは、

 本村さんの存在なしには あり得ませんでした。

 法律の専門家でさえ、 自分自身が被害者遺族の立場になると、

 ガタガタになって まともな話ができなくなってしまうといいます。

 しかし、 素人でありながら本村さんは、 極めて冷静で論理的に、

 そして 深遠な人間的感情をたたえ、

 人の心に響く 言葉を発して、 司法を動かしてきました。

 犯罪被害者支援の黎明期にあって、 甚大な功績を担った 本村さんに対し、

 ある人が言った言葉を、 僕は忘れることができません。

 「神が与えた被害者。」

(次の記事に続く)

〔参考:フジテレビ「知りたがり!」〕
 

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2012年2月20日 (月)

光市母子殺害事件、 最高裁判決 (1)

 
 本日午後3時、 光市母子殺害事件の最高裁判決があり、

 史上最年少の死刑が確定しました。

 事件から13年、 本村洋さんの長い闘いが、 大きな区切りを迎えたのです。

 被告が少年であっても、 また 少年事件で被害者が二人でも、

 死刑の適用があると 最高裁が示したことは、 今後への影響が大きいでしょう。

 ただし、 最高裁の死刑確定判決においては異例の、

 裁判官の反対意見が添えられています。

 そして その反対意見に対して 更に、 裁判長が意見を述べたといいます。

 判決は決して 決定的なものではなく、 とことん 慎重を期すべきだということです。

 これから 裁判員裁判も世論も、 安易に 厳罰主義に陥ってはいけないでしょう。
 

 マスコミは 元少年の実名 (大月孝行/旧姓・福田) を明かし、

 写真も公開しました。

 今までは 少年法に基づき、

 元少年が社会に復帰したとき、 甦生の妨げになるため 匿名にしてきましたが、

 死刑が確定して 社会に戻る機会が失われた という理由です。

 事件の社会への影響が 重大だったこと、

 匿名のまま死刑が執行されると、

 誰に執行されたのか 国民が監視することができなくなる、

 などの理由も述べています。

 この事件, 裁判が 社会に与えた影響は、 余りにも大きいものでした。

 僕自身も 生前の心子と一緒に、

 本村さんがシンポジストとなった 犯罪被害者支援の会に参加した縁で、

 この裁判についての記事を 綴ってきました。

 僕は元々 死刑廃止論者で (同時に 犯罪被害者支援の勉強も 充分してきました)、

 あらゆる死刑存続論に 反駁できましたが、

 本村さんの痛烈な訴えにだけは、 異議を申し立てることができませんでした。

 今の僕が 絶対的に死刑反対の 立場が取れないのは、

 本村さんに感化されたものです。

 (この裁判に関しては、

 最高裁が差し戻しをした時点で 死刑判決への流れができてしまったため、

 それに反対するというより、 死刑がほぼ確実と 思ってしまっていました。)

(次の記事に続く)

〔参考: フジテレビ 「知りたがり!」, テレビ朝日 「スーパーJチャンネル」〕
 

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しずちゃん、 全日本選手権優勝 (2)

 
(前の記事からの続き)

 大会当日、 試合の相手は 鈴木佐弥子 (30才)。

 かつてライフセービング日本代表となり、 アジア大会で金メダルを獲得、

 卓越した身体能力の持ち主です。

 鈴木の試合ぶりを見た梅津を、  「強いな、 相手」 と唸らせました。

 しずちゃんのセコンドには 日本代表の監督が付き、

 梅津は 観客席の最前列で見守ります。

 しずちゃんは 相手の強打にひるむことなく 前へ出て、

 連打で 相手からスタンディングダウンを奪いました。

 以前 テレビでスパーリングを見たときは、 素人に毛が生えた 程度でしたが、

 短期間に 数段の成長を見せています。

 ガードが疎かになりがちなものの、

 攻撃の手を休めず 相手の顔面を捉えるファイトに、

 もはや芸人の余技などと 言わせるものはありません。

 客席から 声を枯らせて、 指示と声援を送る梅津。

 積極的に責め続ける山崎。

 その結果、 26 vs 11の 見事な判定勝ちでした。

 これで 5月の世界選手権への 出場が決定。

 ロンドンオリンピック出場に 一歩前進しました。

 世界との実力の差は まだまだ大きいようですが、 さらに二人で 練習を積み重ね、

 世界選手権で 好成績を修めることを期待したいです。

 しずちゃんは、  「梅津さんのために 絶対勝たないとと思ってやった」 と述べ、

 梅津コーチへの 信頼と感謝を 前面に出しています。

 過酷な試練を通して、 二人は より絆を深めたのでしょう。

 梅津は 試合の4日後に入院し、 手術も無事に終了。

 今は 治療に専念しているということです。

〔TBSテレビ「バースD」より)
 

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2012年2月19日 (日)

しずちゃん、 全日本選手権優勝 (1)

 
 南海キャンディーズの山崎しずちゃんが、

 2月8日の全日本選手権に優勝し、 ロンドン五輪代表内定を果たしましたね。

 僕の知り合いである 梅津コーチと、 二人三脚でやってきて3年半、

 ついにその努力が 花開きました。

 一時は 不協和音が聞こえたこともありましたが、
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/62163545.html

 どうやらそれも乗り越えたようで、 二人の信頼関係は 深まっているようです。

 ところが、 この全日本を前にして、 梅津コーチには 重大な危機がありました。

 昨年11月から 足に痛みがあったそうですが、 練習を優先していました。

 しかし今年1月、 激痛が限界になり受診すると、

 右大腿部の付け根に 皮膚がんの疑いのある 腫瘍が見つかったというのです。

 悪性腫瘍の場合には、 手術や検査などで 2週間以上の入院が必要となり、

 そうすると 2月8日の全日本大会に 同行できなくなります。

 梅津は、 全日本のときは 入院 (手術) は外してほしいと ドクターに言います。

 不穏な話に しずちゃんの表情が変わりますが、

 梅津は 検査結果よりしずのほうが心配だ と笑いました。

 1月末の検査結果は、  「メラノーマ」 (悪性黒色腫)。

 皮膚がんの一種で 悪性度が最も高いといいます。

 腫瘍の成長が早く、 手術が遅れれば リンパや内臓に 転移する危険があり、

 時に 命を落とす可能性もあると。

 梅津はドクターから、

 「肺がんなどよりも恐い。 下手をすると 1年持たない」 と 言われました。

 手術しなければ 手遅れになるかもしれない、

 しかし今手術すると 全日本に行けない。

 ドクターと相談し、 結局 大会が終わってから 手術をすることになりました。

 梅津は大会の直前、 しずちゃんに検査結果を告げます。

 涙を流すしずちゃんに、

 「ロンドンへ行ってくれれば治るよ。

 それが一番の抗がん剤だよな」  と梅津。

 しずちゃんは、

 「いま私ができることは、 試合に勝つこと」 と決意します。

(次の記事に続く)

〔TBSテレビ「バースD」より)
 

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2012年2月18日 (土)

保護命令 (2)

(前の記事からの続き)

 虐待者のもうひとつの特徴は、  「分離トラウマ」 です。

 皆さんなしには生きていけないと信じ込み、 絶望や怒りの引き金となります。

 また、 アルコールや薬物は 反応を鈍くさせるので禁物です。

 一時的に引きこもり状態に陥り、 パートナーにとらわれる危険があります。

 いつまでも傷つきやすいまま、

 自分自身やお子さんに 充分な配慮ができなくなってしまうでしょう。

 自分の弱さを 少しでも克服するために 一歩を踏み出してください。

 周囲の状況を 常に自覚するようにしてください。

 パートナーと暮らしていたときの 習慣を変えると、

 好ましい変化が生まれるかもしれません。

 暴行に対する用心は し過ぎるくらいの方が良いですが、

 過剰な警戒は 一種のストレスになります。

 自分自身をいたわることが 何よりも重要です。

 自分のために何かをする 時間を確保してください。

 どんな過ちをしてしまったとしても、 自分を許してあげてください。

 皆さんは前へと進んでいます。

 もはや犠牲者ではありません。

 お子さんがいる方は、 自分の前向きな姿勢に 気付く必要があります。

 そうすればお子さんも、 自分のそういう面を見つけるでしょう。

 親が強くなれば 子供も強くなります。

 親が未来を信じれば、 子供に希望を与えるのです。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月17日 (金)

保護命令 (1)

 保護命令が発令されると、

 虐待者には 自宅から出るように命じ、 子供たちから引き離します。

〔*注: 本書の記述は アメリカにおける状況です。

 日本の保護命令は、 DV防止法に基づいています。

 配偶者や恋人からの暴力によって、 生命・ 身体に 重大な危険性がある場合、

 被害者は裁判所に 保護命令を申し立てることができます。

 加害者が 被害者に近づくことを禁ずる 接近禁止命令と、

 同居している場所から 加害者が出ていく退去命令があります。

 これに背くと、 加害者には罰則が与えられます。〕

 保護命令があっても、 相手を思い止まらせることができないかもしれません。

 皆さん自身が自分の責任で 身を守らなければなりません。

 支えてくれる人たちと 親密なコミュニケーション 取ることが必要です。

 パートナーが 皆さんやお子さんを殺すと言ったり、 自殺すると脅すときは、

 深刻に受け止めなければなりません。

 彼ら自身 無意識にその計画を 進めていることもあり得ます。

 パートナーが武器を持っていたり、 以前に使用した 経歴がある場合は、

 致命的な暴行へ 発展する危険性が高まります。

 また、 パートナーがうつ状態で、 人生に希望を見いだせなくなったとしたら、

 危機的な状況です。

 自分の行動が どんな結果を招くか顧みず、 自分を危険にさらすことがあります。

 暴行のサイクルを 断ち切らない限り、 それは続いていくでしょう。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月16日 (木)

警察の関与

 
 警察への連絡はそれ自体、 虐待の証拠になりますし、

 虐待者の行動を 深刻に捉えている証拠にもなります。

 警察に連絡する際には、 まず安全な場所を見つけ、

 慎重に言葉を選び、 明瞭に話します。

 声を上げたり叫んだりすると、 かえって応答を鈍くします。

 名前, 住所, 通用口の場所なども伝えます。

 何が起こったのか、 はっきりと述べましょう。

 パートナーが 武器を使用した場合、 できるだけ詳しく 武器の説明します。

 可能なら 対応した警察官の名前を聞き、

 電話をかけた日時に添えて メモしておきましょう。

 警察が到着すると、 提出した証拠書類などについて 尋問を受けることになります。

 できれば、 状況を知っている友人に 同席を依頼してください。

 ボーダーの人は、 皆さんのせいにして 偽りの申し立てをすることがあります。

 特に 虐待者が女性の場合、 警察は彼女らの言い分を 信じるかもしれません。

 証拠を作り出すこともあります。

 そのときのために 先程の証拠書類が重要です。

 冷静さを失ってはいけません。  (深呼吸しましょう。)

 何より大切なのは、 パートナーの思惑に乗らないことです。

 自制心を失うのは 彼らの思う壺です。

 病院で治療を受けた場合は、 それを文書で証明してもらいましょう。

 拘束命令や保護命令を 要請することもあるかもしれません。

 訴訟も視野に入れ、 地域の手続きを 詳しく知っておきましょう。

 行政機関には 様々な援助があります。

 警察に連絡すると、 その後6ヶ月以内に 再び暴行される危険性が

 50%以上さがることが分かっています。

 暴れ回っていた人も、 適切な介入によって、

 自分の過剰な支配欲に 気付くようになります。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月15日 (水)

安全対策 (3)

 
(前の記事からの続き)

・ 救急箱や、 重要な書類, カード, 保険証,

  その他を入れた、  「非常用持ち出し袋」 を用意しましょう。

  着替えや子供のおもちゃを 入れておくといいかもしれません。

  それを 信頼できる人の家や職場などに 置かせてもらってください。

・ 虐待について 一部始終を記録しておくのは、 極めて重要です。

  目撃者がいれば、 その人の名前なども書き留めます。

  パートナーの障害を証明できる、

  治療請求書や入院記録なども 控えておきましょう。

  ここまでやるのは 抵抗があるかもしれません。

  皆さんがパートナーを 愛しているのは分かります。

  でも、 皆さんの大切な人と この障害を区別して考えましょう。

  パートナーの行動を 文書で証明するには、 法的な助言を得るべきでしょう。

  弁護士, 警察, 保護施設に連絡してください。

  物的証拠や目撃者がない場合、 水かけ論になりがちです。

  写真やビデオ, 録音など、 物理的な証拠を 残すことを考えましょう。

  ボーダーの人の行動を 見ていない人たちに、

  事態の深刻さや危険さを 信じてもらう助けになります。

・ 喧嘩が始まりそうになったら、 誰か大人の人を 自宅に呼んでください。

  パートナーの行動化を防げるかもしれませんし、

  目撃者になってもらえるかもしれません。

・ お子さんがいる人は、 一刻も早く 弁護士に相談するべきです。

  皆さんだけが家を出る事態や、 パートナーに逆らって お子さんを連れ出すことに

  ならないようにしなければなりません。

  法的に有利にはならないからです。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月14日 (火)

安全対策 (2)

 
(前の記事からの続き)

○ 第2のステップは、 虐待的な家族で固守されている 鉄則を破ることです。

  外部に助けを 求めるべきでしょう。

  自分の力だけで何とかしようとしても、 もはや無理なのです。

  周囲の人、 専門家、 信頼できる人、 誰でも構いません。

  虐待について 胸を張って語ってください。

○ 皆さんとお子さんを守るための 有効な計画を立てておきましょう。

・ 自宅の様々な所からの 逃げ道を確認してください。

・ 手頃で見つかりにくい場所に、 車と自宅のスペアキーを 確保しておきましょう。

  ある男性は、 スペアキーを近所の家に隠し、

  その家の人は 逆に彼の家に 自分の鍵を隠しました。

  こうすれば 鍵と家を一致させることはできません。

・ 警察に連絡するための 暗号を決めておくとよいでしょう。

  そして お子さんや周りの人に 教えておいてください。

・ 安全な逃げ場, 交通機関を 頭に入れておいてください。

  2通り 考えておくといいでしょう。

  友人やタクシー会社の 電話番号も控えておいてください。

・ 廊下など狭い場所で 言い争いを始めるのは避けてください。

  包丁など 危険な道具がある場所も 避けましょう。

・ 皆さんの個人口座を 準備したほうがよいでしょう。

  銀行からの連絡は 信頼できる人宛にしてください。

  家を出るための 資金を貯めておくのは、 非常に大切なことです。

・ 秘密の場所に 現金を用意しておくのも必要です。

  信頼できる人の 家などがいいでしょう。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月13日 (月)

安全対策 (1)

 
 皆さんが 自分の安全を守るための 対策を考えていきます。

 事前に方針を決めておくことで、

 皆さんとお子さんの危険性を 小さくすることができます。

 暴力行為が起きてしまっても、 この先の危害を防ぐこともできます。

○ 何よりも重要なのは、

 虐待や暴力行為について 自分を責めるのをやめることです。

 「もし自分が ~~していれば」 「 ~~すべきだったのに」

 という言葉は忘れましょう。

 皆さんが何をしようと、

 パートナーは理由を見つけては 皆さんを責めるに違いありません。

 罪悪感だけでなく、 犠牲者の多くは 屈辱感を感じます。

 罪悪感は 過ちを犯してしまったという感情で、

 屈辱感は 自分の存在を過ちと捉える 感情と言えるでしょう。

 虐待を受けることで、 中毒にも似た 屈辱的感情が起こるといいます。

 すると ますます身動きが取れなくなり、

 自由な選択や、 自分を守ることができなくなります。

 屈辱感により 思考は停止し、  「普通」 の関係とは何か 全く分からなくなり、

 何がまともなのかも 判断できなくなってしまうのです。

 暴力を目撃した子供は、 屈辱的な思いに駆られます。

 子供にとって、 自分の親が 暴行されるのを見ることは、

 自分が暴行されるのと 等しいのです。

 このように、 虐待によって認知が歪み、 思考力が鈍り、

 緊急事態に直面していながら、 迅速な対応が取れなくなってしまいます。

 そんなサイクルが 永遠に続き、 皆さんが 積極的な態度に出ない限り、

 事態は 悪化の一途を辿るのです。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月12日 (日)

男性に対する虐待(3)

 
(前の記事からの続き)

 男性の被害者はどうしたらいいか、 いくつか提案してみます。

・ 現実から目をそらしたり 無視してはいけません。

  暴力を軽く考えず、 信頼できる人に ぜひ相談してください。

  皆さん自身が話さなかったら、 誰も助けようがありません。

  家庭内暴力は 男女どちらか一方から始まるのではなく、 双方から始まります。

  むしろ女性が 最初に手を出す割合のほうが、 著しく高いと言っていいでしょう。

  それを認めないと、 相手を叩いてもいいというメッセージを

  子供に伝えてしまいます。

  やがて子供たちは その教えを、 自分自身の夫婦関係へ 移行させていきます。

・ ネットでは、 虐待される男性向けの情報が 多々紹介されています。

  「虐待された男性 (または女性)」 と入力すれば、

 豊富な情報が手に入るでしょう。

〔注: これはアメリカでの話ですが、 日本のサイトでも いくつか出てきます。〕

・ 暴力を 深刻に受け止めてください。

 男性は 女性が攻撃してきても 真面目に受け止めませんが、

 エスカレートする可能性があります。

 女性に叩かれたら、 最初のときに、

 再びこういうことをしたら 二度と会わないと 釘を刺すべきです。

・ 殴られたからといって、 殴り返すのは禁物です。

 お子さんを連れて 安全な場所に非難してください。

 女性を力で抑えつけようとしたら、

 皆さんの方が  「虐待者」 呼ばわりされるだけです。

 皆さんには  「清廉潔白な経歴」 が必要です。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月11日 (土)

男性に対する虐待 (2)

 
(前の記事からの続き)

 助けを求める屈辱感から、 男性は家庭内暴力にどう反応するか、

 以下に例を示します。

「自力で何とかできる」  男気の装い :

 親しい人からの攻撃は、 身体だけでなく 心までも傷つけます。

 うつ状態や物質乱用を招き、 自信を失い、 自殺に至る可能性もあります。

「男は無言」 :

 家庭内暴力を 周りの人や専門家に 口外しないというのは、 男女に共通しています。

 しかも男性は女性よりも、 強い疑いや あざけりの目で見られるため、

 ますます口を閉ざしてしまうのです。

現実逃避 :

 男性は 悲惨な家庭生活に目を背け、 そこから逃れようと 会社で残業をしたり、

 自宅でも 書斎やガレージなどにこもったり、

 車中や友人宅で 寝泊まりすることもあります。
 

 なぜ男性は 女性のもとに留まるのでしょう? 

 法的に男性のほうが、 わが子との連絡が 絶たれることを恐れています。

 また、 自分がパートナーを助けられると 思い込んでいることもあります。

 加えて、 離れることで 感情的に不安定になりたくないという 思いがあります。

 関係を失う恐怖と、 その後の未知の恐怖から、

 不健全なパターンを繰り返すのでしょう。

失敗に対する恐怖 :

 男たるもの 妻子を養えなければ 本物の男ではない、 と従来言われてきました。

 「できて当然」 のことが できないという気持ちに 駆られるのかもしれません。

子供に対する懸念 :

 男性は 自分が盾になることで、 わが子を虐待から守る という思いがあります。

 わが子が 支配的な妻の掌中にあっては、 会うこともままならないと 思っています。

男性のための拠り所が少ない :

 女性のためには 緊急電話相談や保護施設がありますが、

 男性を対象にしたものは ほとんどありません。

 それどころか 施設を運営する人々が、 「男性被害者」 は存在しない,

 いたとしても問題にするまでもない、 と考えていることもあります。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 9日 (木)

男性に対する虐待(1)

 
 男性に対する暴力は、 当初考えられていたより はるかに多いことが分かっています。

 家庭内暴力には、 女性からの、

 もしくは男女双方からの 攻撃が含まれているのです。

 アメリカのある州では、 家庭内暴力検挙者の 35%が女性というデータもあります。

 女性の場合は、 物を投げる, 叩く, 蹴る, 押しのけるといった傾向があります。

 金切り声で叫ぶ, 相手を眠らせない, 睡眠中に襲いかかる,

 男性の急所を攻撃する, 噛みつく, 武器を使用する傾向も

 女性のほうが高いものでした。

 付け狙うというストーカー行為は、 男性と同じくらい 女性にも見られます。

 男性は、 銃で脅す, 首を絞める, 散々に叩きのめす, 髪の毛を引っ張る,

 押しのける, わしづかみにする, 突き飛ばすといった行動が 多く見られます。

 男性による虐待的行動のほうが 命に関わる危険性が 高いかもしれません。

 では何故、 暴力を振るうのは男性だけだという 社会通念が根強いのでしょう? 

 下記のような理由から、 男性は虐待を報告したがりません。

・ 男性は 自分を犠牲者と考えていません。

  男として 自分が彼女を守ってやらなくてはならないと 思い込んでいます。

・ 誰に相談したらいいか 分からないこともあります。

  決まりが悪い, 相談しても信じてもらえない,

  自分のほうが逮捕されると 恐れています。

・ 緊急電話相談や避難場所がありません。

  逃げたら 子供を置いていかざるを得ない という思いもあります。

・ 虐待を受けるのを  「女々しい」 と捉えています。

  自分の力で対処しなくてはならない と考えてしまいます。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 8日 (水)

虐待のサイクル

 
 家庭内暴力に 対策を講じないでいると、

 一定のパターンで 虐待はエスカレートしていきます。

第1段階 : どんどんエスカレートしていきます。

 ボーダーの人が 犠牲者を支配しようとし、 緊張が高まっていく時期です。

第2段階 : ボーダーの人が 破壊者と化します。

 ますます威力と支配を 強めていく時期です。

第3段階 : 破壊的行動が弱まり、 比較的 落ち着きを取り戻す時期です。

 ボーダーの人が許しを請い、 深い自責の念を 示すこともあります。

 ノン・ボーダーラインの人は 必ずと言っていいほど、

 幻の希望を抱き、 よりを戻そうとするのです。

 しかし 正しい治療を受けていない限り、

 またすぐ 元のサイクルに戻ってしまいます。

 ボーダーの人のなかには 虐待の自覚さえない人もおり、

 暴力的な態度を取った直後に、 愛情を表現しようとします。

第4段階 : 虐待的な日常に 戻っていく時期です。

 孤独と混乱が深まるにつれ、 ふたりの関係を支えていた 愛情や信頼が、

 音を立てて崩れていくのです。
 

 虐待に脅えながら 過ごしているなら、 皆さん自身の人生を 取り戻すときです。

 すぐ別れるのではなくても、 境界を設定する必要があります。

 パートナーが境界を顧みなければ、

 助けを借りてでも、 虐待状況から身を潜めましょう。

 犠牲者のなかには、 何の助けも得ていない人が 多いのです。

 虐待の被害者である 認識がないからです。

 彼らは  “良い時” だけを思い出し、

 そういう時が パートナーの “本当の” 姿だと 思い込もうとしています。

 しかし 暴力を軽く考えると、 暴行に拍車をかけることになります。

 ボーダーの人も皆さんも 助けを得ないまま、 虐待のサイクルが続いてしまうのです。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 7日 (火)

度を越した 「愛情」 (2)

 
(前の記事からの続き)

 さらにフォワード博士は、 次のように述べています。

・ 警告サインに注意してください。

  不適切な嫉妬を抱いたり、

  皆さんのプライバシーを 侵害しようとすることもあります。

 「信じられないほどの良い」 感情も 警告サインです。

・ パートナーが どのような行動を取ろうと、 皆さんには責任のないことです。

・ 法的援助を求めましょう。

  避難所 (シェルター) を探し、

  警察, 友人, 家族などに 助けを求めてください。

  家を出たり、 電話の発信者通知も外しましょう。

  思いつく限りの対策を 講じることが必要です。

  パートナーの暴力が 最も危険を極めるのは、

  皆さんが 彼らのもとを離れたときです。

・ どのような連絡にも 一切応じてはいけません。

  連絡を取ろうとすることは、

  パートナーに対して 関心を示すことになってしまいます。

  構わないでほしいと 言いたい気持ちになるかもしれません。

  でも ここで連絡を取ってしまったら、

  ずるずると相手との接触を 続けることになるだけです。

 相反する感情を抱く ノン・ボーダーラインの人にとって、

 パートナーとの連絡を控え、 様子を窺うのは、 実際には非常に難しいことです。

 まだ パートナーとの関係を断ち切る準備が できていないのかもしれません。

 ボーダーの人はそれを悟り、 ますます自分の意見を 押しつけてくるでしょう。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 6日 (月)

度を越した 「愛情」 (1)

 
 相手から圧倒せんばかりの 関心を寄せられてしまう、

 それが 度を越した 「愛情」 です。

 げんこつではなく チョコレートが攻撃手段だとしても、

 受ける側の不安に 変わりはありません。

 ノン・ボーダーラインの人が離れていったとき、

 ボーダーの人は パートナーを取り戻そうとして、

 尋常でない行動を 取ることになります。

 どれほど相手を苦しめることになろうと、

 目的を果たすためなら どんなことでもしてしまいます。

 ボーダーの人の 頭の中では、

 自分の行動は 全てパートナーがそうするように  「仕向けた」 のです。

 パートナーが帰って来ようとしないから、

 このような行動に出るしかなかったと 考えています。

 スーザン・ フォワード博士は、

 暴力が起こりやすい状況として 以下のものを挙げています。

・ 攻撃される側が 警戒を緩めたとき。

  暴力に晒されながらも、

  かつて愛した人が このようなことをすると信じられないときです。

  なかには、 露骨な脅しにさえ 敢えて目をつぶる人もいます。

・ パートナーが 物や動物, 人に向かって、 かつて暴力を振るったことがある。

・ パートナーが 薬物やアルコールの問題を抱えている。

  感情が高ぶったり、 判断が鈍くなります。

・ あらゆる脅しを仕掛けてくる パートナーの場合。

  ただし、 その脅しは 真剣に受け止める必要があります。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 5日 (日)

虐待のタイプの確認

 
 皆さんのパートナーの虐待的行動には、

 少なくとも 次のふたつのレベルが 考えられます。

 自分の感情的なニーズを 満たそうとして、

 無意識にそのような行動に 出ていると思われます。

 皆さんに責任はありません。

非身体的レベル :

 怒鳴る, 金切り声をあげる, 悪態をつく, 人を脅す言葉を口にする。

 パートナーとの関係に 緊張が高まり始める時期です。

 信頼や親密さは 見る影もなくなるか、 激減するでしょう。

 感情的虐待は 身体的虐待に劣ることなく、

 二人の関係と 皆さんの自尊心にとって 危険なものです。

身体的レベル :

 押しのける, 突き飛ばす, 平手打ちなど、 相手に対する実質的攻撃。

 恐怖が増し、 信頼と親密さを見いだすことは ほとんど不可能と言えるでしょう。

 いずれのタイプでも、 虐待を受ければ、 混乱に陥ることは避けられません。

 かつて 自分が恋に落ちた人の面影と、

 今や虐待者と化した パートナーの姿を重ね合わせようとして、

 試行錯誤を繰り返すことになります。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) 〕 より
 

 「境界に生きた心子」 にも書きましたが、

 心子は 言葉による攻撃は凄まじかったものの、

 身体的な暴力を 振るったことはありませんでした。

 ただ一度の 例外を除いて。

 「あたしが死んだら あなたのせいだからね !」

 心子は 腕を存分に振るって 僕に殴りかかり、 間一髪、 僕は手でさえぎりました。

 心子は 腕を大きく 後ろから振り回した分だけ、

 故意に時間をかけて 殴りつけたようにも見え、

 端から よけられるようにしたのではないか とも思えました。
 

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2012年2月 4日 (土)

家庭内暴力と感情的虐待

 
 言葉による暴力も含め、 家庭内暴力と感情的虐待も 無視できない問題です。

 いくつかの特徴を挙げます。

・ 皆さんのパートナーは、

  皆さんが誰と会い、 誰と話をしてもいいかを 指示しようとしますか? 

  家庭外での活動や関係を 制限, 阻止しようとしますか? 

・ 皆さんのことを 嘘つき呼ばわりしたり、 人前でこき下ろしたりして、

  感情的ゆすりをすることがありますか? 

・ それぞれの役割について、 断定的にルールを決めていませんか? 

・ 性的持論を並べて、 皆さんのセックスの仕方などを 批判したりしませんか? 

・ 物を投げつけたり 壊したり、 刃物で脅したりしませんか? 

・ 自分自身や ペット、 誰かに 危害を加えると言って脅しませんか? 

  または実際に 脅しを実行することはありませんか? 

・ 皆さんを押しのけたり 突き飛ばしたりしませんか? 

  お前なんか死んでしまえ, 刑務所には入れ, そうすれば俺は幸せになれる、

  などと口にしませんか? 

・ 資産管理一切を 牛耳ろうとしませんか? 

・ 本来なら 皆さんがしそうもない行動を 強要しませんか? 

・ 皆さんが 約束を破ったと言って、

  寝ているのに 無理やり叩き起こしたりしませんか?

・ 子供を手先のように使って メッセージを伝えたり、

  親と他の兄弟たちとの間に 対立を引き起こしたりしませんか? 

・ 乱暴や虐待的行動をしておきながら、

  それを認めなかったり、 皆さんのせいにしたりしませんか? 

・ あの手この手で 皆さんのやる気をそいだりしませんか? 

  あなたの言うことなんて 誰も信じやしない、 などと言いませんか? 
 

 以上のうち、 例えひとつしか該当しなくても、

 程度によっては 危険信号であるとに変わりはありません。

 虐待的なパートナーは 何らかの介入を試みないと、 ますます拍車がかかります。

 一刻も早く 助けを求めてください。

 「今度こそ変わるから」 と 言うかもしれませんが、 躊躇する必要はありません。

 皆さんは 自分自身とお子さんの安全を 守る責任があるのです。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) 〕 より
 

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2012年2月 3日 (金)

第一段階における 他の問題

 
 ノン・ボーダーラインの人は ボーダーのパートナーを愛するうえで、

 いくつかの段階を経ていきます。

 第一段階 (混乱の段階) の問題を、 いくつか取り上げたいと思います。

 これらの多くは、  「境界設定」 によって 対処することができます。

・ パートナーの障害に 対応するなかで、 自分のアイデンティティを見失う。

・ 常に 混沌とした状況にいる。

・ パートナーの金遣い, 自殺・ 自傷の試みなど、 破壊的な行動を心配している。

・ 巧妙に操作されていると感じている。

・ 自分の責任でもなく、 取り組むこともできない障害を 持つ相手に、

  道徳的義務感を抱くことに 釈然としない。

・ パートナーのために、 法律, 仕事, 金銭 その他の問題に直面している。

・ 子供を守ることを考え、 不安, 懸念, 混乱を抱いている。

・ パートナーの愛情行為は本物なのか、

  それとも障害の一部なのかという 疑問に駆られる。

・ パートナーの行動が豹変したことに、 自分が何をしたのかという 疑問に駆られる。

・ 平穏を乱したくないために、

  どこまでパートナーの要求を 受け入れるべきかという 疑問に駆られる。

  パートナーから浮気を疑われたために、 人に会うこともやめてしまった。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) 〕 より
 

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2012年2月 2日 (木)

孤立することの悪影響 (2)

 
(前の記事からの続き)

○ ベトナム捕虜

 ベトナム戦争で捕虜となり、 帰還した人々の報告によると、

 他の捕虜と暗号で コミュニケーションを図ったことが、

 孤立と拷問に耐えられた 大きな要因だということです。

 見つかれば 拷問される恐れも省みず、 連絡を取り合ったのです。

 生き長らえることができたのは、

 他の捕虜を支えるために 自分が必要だと 知ることができたからでした。

○ 学習された無力感

 魚の実験を紹介します。

 水槽の中央に ガラスの仕切りを入れ、

 一方にバラクーダ、 一方に餌の魚を入れました。

 バラクーダは 餌を捕らえようとするたびに ガラスにぶつかります。

 そしてとうとう 餌を諦めたのです。

 その後、 仕切りガラスを外しましたが、

 バラクーダは その向こうに行こうとせず、 餓死してしまいました。

 バラクーダは、

 「学習された無力感」 と 呼ばれる状態に 陥ったと考えられます。

 学習された無力感は、 人間 (特に子供) にも 当てはまります。

 自分の感情を傷つける 人や状況から、 我が身を守ろうと 何度も試みながら、

 うまくいかなかったときなどに 起こります。

 多くのノン・ボーダーラインの人が 我が身を救えない無力感も、 その一例でしょう。

 部屋から出ていくことさえ 考えつかなくなってしまうのです。

 極限まで 打ちひしがれてしまったことが原因です。

 例え 健全な自己評価を持ち、 幸せな子供時代を 送ってきた人であっても、

 例外ではありません。

 まして、 幼少期に恵まれなかった人 (傷つきやすい人) なら、

 数ヶ月で 牢獄に捕らわれたようになってしまうでしょう。

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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2012年2月 1日 (水)

孤立することの悪影響 (1)

 
 孤立は 極めて恐ろしいものです。

 人から希望, 自己評価や 個性を奪います。

 強力なだけでなく、 即効力をも秘めているのです。

 皆さんがどれほど孤立してきたか、

 いくつか質問をしますので、 判断の目安にしてください。

・ パートナーと付き合い始めてから、 友人が減っていませんか? 

・ もしそうなら、 それはパートナーが、

  人と会うことを控えるよう 要求するからではありませんか? 

・ プライベートな生活を 人に知られたら 恥ずかしいと思いますか? 

・ 理不尽だと気付きながらも、 従わざるを得ない  “ルール” がありますか? 

・ パートナーのせいで、 友人や家族と疎遠になり、 犠牲を払っていませんか? 

・ パートナーのために 外出を避けていませんか? 

・ 新しい友人ができたとき、

  パートナーは その人に会いたがらないことは ありませんか?

・ 電話中にパートナーが帰宅したとき、 その電話について質問されたくなくて、

  電話を切ってしまうことは ありませんか? 

・ パートナーの詮索を避けるため、 異性との連絡を控えていませんか? 
 

○ 囚人研究

 ある実験が行なわれました。

 男子学生を ふたつのグループに分けて、

 一方は 「捕らわれる側」、 もう一方は 「捕らえる側」 という設定です。

 “牢屋” に両グループを入れ、

 それぞれの役割を 演じるようにとだけ指示し、 あとは何も言いませんでした。

 すると、 “看守” 側は辛辣になり、 過剰に厳しい態度を取る 学生もいました。

 “囚人” 側は 外界から孤立するにつれ、 うつ状態に陥りました。

 看守からクズ呼ばわりされると、 自分をそう考えるようになったのです。

 看守は ますます残忍になりました。

 驚いたことに、 囚人は誰も文句を言わず、 実験をやめたいとも言わなかったのです。

 関係者の精神状態が懸念され、 実験は早々に 打ち切りになりました。

 数年後、 学生たちは依然として、

 実験時の無力感, 孤立感を忘れていませんでした。

 むしろ、 あれが実験だったことを 忘れ始めていたのです。

(次の記事に続く)

〔 「愛した人が BPDだった場合のアドバイス」
   星和書店 (ランディ・クリーガー) より 〕
 

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