2009年8月14日 (金)

初の裁判員裁判 (2)

 
(前の記事からの続き)

 裁判員裁判では、 検事や弁護士の 法廷でのプレゼン能力によって、

 裁判員の裁決は 変わってきてしまうと思われます。

 陪審員裁判も、 劇場型になっていると言われます。

 また、 そのとき選ばれた 6人の裁判員が、

 たまたま どんな人だったかによっても、

 量刑など かなり幅が出てしまうのではないかと 懸念します。

 模擬裁判でも、 同じ事件を扱った 複数の裁判で、

 判決は当然 差が出ていました。

 裁判を受ける側からすると 不公平ですし、

 逆に裁判員は 自分の判断ひとつで、

 被告の人生を左右する 重圧がかかることになるでしょう。

 もちろん 控訴はでき、 二審以降は 専門家だけによる 裁判になりますが、

 一審の判決は 尊重しなければなりません。

 少しでも公平な 審理を導くため、 裁判員を最終的に決める 抽選の際には、

 性別や年齢が 偏らないようにしたほうが いいのではないかと思います。

 例えば、 裁判員が偶然 全員20代になった場合と、

 高齢者ばかりに なった場合では、 恐らく考え方は 異なってくるでしょうし、

 性犯罪の裁判でも 裁判員の男女比によって、

 判決に影響が 出てくるのではないでしょうか。

 それから、 守秘義務についてはどうでしょう? 

 裁判員経験者は会見で、

 自由な評議のために 必要だし、 一生守っていくと 言っていましたが。

 陪審員には 守秘義務はなく、 経験者の話が 伝えられることによって、

 制度が深まったり 検証されたりします。

 生涯 口を閉ざすのは 精神的に負担でしょうし、

 そもそも 言論の自由に 反するかもしれません。

 まぁ そんなところが、 初の裁判員裁判を見た 雑感です。

 皆さんは いかがだったでしょうか? 
 

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2009年8月13日 (木)

初の裁判員裁判 (1)

 
 日本初の 裁判員による裁判が 2件終了しました。

 僕は当初から ずっと関心を持ち続けており、

 必要な制度だと思いますが、 如何せん 準備期間が短いと 危惧していました。

 でも 実際に行なわれた結果は、

 予想以上に 順調な滑り出しだった という感想ですね。

 常識的な市民感覚が生かされ、 従来の 専門家だけによる裁判が、

 思った以上に 偏っていたかもしれないことも

 浮き彫りになったようにも思います。

 呼び出しを受けた 裁判員候補者の、 9割台という 非常に高い出席率はじめ、

 どの裁判員も 真剣で公正に 取り組んでいました。

 もっとも、 いい加減な人間や 偏った人物は、

 事前の面接で 排除されるはずですが。

 裁判員が 発言しやすくしたり、 精神的負担を減らすための、

 裁判官のきめ細かな配慮にも 感心しました。

 尋問が終わるたびに 裁判官が休憩時間を取って、

 裁判員に 考えを整理させたりしたことは、

 オープンでないという 不信感を持つ向きも あるようですが、

 僕は 非常に有効な やり方だと思います。

 全国民が注目する中、 検察側・ 弁護側とも

 周到な準備をしていたことも、 成功の理由でしょう。

 裁判員への説明を 何度もリハーサルし、

 分かりやすい言葉を 吟味するなど、 相当苦労していました。

 でも 制度が広まってくると、 監視の目も薄れるし、

 悪い意味で慣れて 粗雑な裁判も 出てくるのではないかと思います。

 それは どんな分野や制度でも、 止むを得ないことかもしれませんが。

(ある検事によると、 裁判員裁判では作業量が 従来の倍になったと言い、

 弁護士は 3~5倍になったと 言っていました。

 ちなみに、 検察は国家組織ですが、

 弁護士は 基本的に個人なので、 ことさら大変でしょう。)

(次の記事に続く)
 

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2009年7月 3日 (金)

判断基準の明確化必要

 
(前の記事からの続き)

 龍谷大学 法科大学院 教授・ 石塚伸一氏の意見です。

 日本では 世論の8割が 死刑に賛成と言われるが、

 「 現時点で 死刑を廃止することには不安 」 というだけで、

 「 絶対に死刑を 維持すべきだ 」 という意見は 少ないのではないか。

 人の命を奪う 死刑では、 決して間違いが あってはならない。

 逮捕・ 拘置から 裁判, 刑の執行まで、

 慎重の上にも 慎重を期す必要があり、 制度維持にはコストがかかる。

 日本では その保証をしているとは言えない。

 取り調べの可視化が 実現していない中で、

 被告に不利な 調書が取られている。

 弁護士とコミュニケーションが 取れないまま公判を迎え、

 充分な弁護が できているとは言えない。

 死刑事件では、 被告が上訴を望まなくても、

 最高裁までの審理を 保証する必要がある。

 終身刑の議論があるが、 死刑を廃止しないまま 終身刑を導入すれば、

 無期懲役の中で 犯情の悪い人が 終身刑になる可能性が高く、

 重罰化に 拍車をかける危険がある。

 しかし、 死刑を廃止して 終身刑を導入することは 検討に値する。

 その場合でも 恩赦などの可能性を残すべきだ。

 最近の日本の 死刑判決・執行の現実は、 明らかに 世界の潮流に反している。

 死刑選択の幅を狭めるよう、 死刑適用の基準を 明確にすることだ。

 日本の法律は、 例えば殺人罪なら

 「 死刑または無期、 もしくは5年以上の懲役 」 と刑の幅が広い。

 明確な基準なしに、

 裁判員裁判で 市民が死刑について 判断することは難しいだろう。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年7月 2日 (木)

「償いの形」 思い巡らせ -- 読者の声 (2)

 
(前の記事からの続き)

●制度の今後

 足利事件で釈放された 菅家さんのことに触れ、

「 冤罪にもかかわらず 処刑された人が、 皆無だとはどうしても思えない 」

 と書いた男性もいます。

 帝銀事件で死刑が確定し 95歳で獄死した 平沢貞通元死刑囚と、

 文通を続けた 経験を持つそうです。

「 誰もが真犯人だと 納得できる判決なら、

 社会秩序を守るためにも 死刑は必要だと思うが、

 わずかでも疑問があれば 積極的に 再審を開く制度に 変える必要がある 」

 と訴えます。

 熱海市のマンション管理人は、 終身刑導入を求めます。

「 被害者の苦しみに比べて、

 死刑囚を 簡単に死なせて良いのか と疑問に思ってきた。

 一生、 被害者に 懺悔させ続ける方が、

 罪滅ぼしになるのではないか 」 と記しました。

 これに対し、 強盗事件を起こして 刑務所に服役していたという 男性は、

 こう述べます。

「 無期懲役囚の仮釈放は 30年を過ぎても 認められにくくなっており、

 無期懲役囚の多くは 受刑者の雑談の輪にも 加わらずに 無気力化していた 」

「 終身刑を導入しても、 罪を償う気持ちに なりにくいのではないか 」

●情報公開

 愛知県の指圧師は、 

 インターネットで 死刑制度について議論する 機会がありました。

 「 日本の死刑囚の処遇は 非人道的だ 」 と主張する人に対し、

 「 情報不足による 誤解がある 」 と感じました。

「 執行の詳しい様子や 教誨師の役割を知ることも、

 日本の死刑の是非について 考えるうえで大切だ 」

 埼玉県の農業の男性も、

 死刑に関する 国の情報公開が 足りないと感じてきました。

「 刑が確定したら 速やかに執行し、 それを公表しなければ、

 死刑による犯罪抑止の 効果は期待できない 」 と考えています。

 東京の大学生は 死刑制度に関心を持ち、 東京地裁の傍聴席に座りました。

 強盗殺人事件の公判で、 求刑は死刑。

「 遺族も死刑を求めていたが、

 私が裁判員だったら 死刑という決断を下せるだろうか 」

 卒業論文テーマは裁判員制度を選びました。

〔 読売新聞より 〕

(次の記事に続く)
 

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2009年7月 1日 (水)

「償いの形」 思い巡らせ -- 読者の声 (1)

 
 読売新聞の連載 「死刑」 に 読者から寄せられた反響です。

●被害者への思い

 被害者の感情を重視して 厳罰を求める声が 目立ったということです。

「 苦悩の遺族に 胸が締めつけられました 」

 茨城県の主婦のメールです。

「 被害者の家族は、 加害者を責めると同時に、

 自分をずっと 責め続けてしまうところがある。

 区切りをつけるためにも、 死刑制度は必要だと思った 」

 「愛知・闇サイト事件」 で 一人娘を殺害された 磯谷富美子さんが、

 死刑を求める 32万人の署名を集めた という記事をきっかけに、

 2週間余りで 新たに1277人の署名が 加わったそうです。

「 私も 一人娘を持つ 45才の父親ですが、

 本当にこの事件には 激しい怒りと 言いようない悲しさを覚えました。

 署名は、 親が子を愛する 心の一筆だと思います 」

 一方 さいたま市のヘルパーは、 署名活動の広がりに 懸念を示しました。

「 もし自分が 裁判員になった事件で、

 死刑を求める 何十万人もの署名を見たら、

 平常心でできるかどうか 自信がない 」

●執行する立場

 刑務官の息子を持つ 40歳代の女性は、

 息子が 刑務官試験に合格したとき、

 処刑場も見学したという 体験をつづりました。

 息子は 「 いずれ自分も 執行ボタンを押す日が 来るのかな 」

 と話したといいます。

「 死刑は必要だと思いますが、 ボタンを押す刑務官の 心の中についても、

 国民は知るべきではないでしょうか 」

 八王子の元刑務官は、

「 執行した 13人の死刑囚の顔は 今でも忘れられない 」と語った

 先輩の言葉を 思い出しました。

「 制度をどうすればいいのか、 なかなか結論が出ない 」と話します。

〔 読売新聞より 〕

(次の記事に続く)
 

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2009年6月29日 (月)

獄中からの手紙

 
 読売新聞の連載 「死刑」 に、 服役中の無期懲役囚や、

 死刑判決を受けて 上告中の被告から 手紙が送られてきたそうです。

 改めて 自分の罪と向き合う きっかけになったといいます。

「 人を殺してしまったとは どういうことなのかを、 考え直そうとしている 」

 宮城刑務所の長岡義宏受刑者 (50) からの 手紙にそうありました。

「 連載で取り上げられている死刑囚は 自分の姿でもあったのではないか 」

「 連載を読み、 改めて 『自分は殺人犯』 なのだという 自覚を新たにした 」

 梶原利行受刑者 (65) は、

「 犯人が 反省していようがいまいが、 気持ちに変化はない 」

 という 被害者の父親の心境を 記事で読み、

 事件から 30年近く経った今も 変わらぬ遺族の悲しみを 知りました。

「 被害者の悲しみや怒りは もっとものことです。

 事件について 改めて考える 時間を頂きました 」

 刑務所の運動場に咲く 桜を見て、 心を動かされたといいます。

「 春になると、 何があっても 花を咲かす草花に、

 本当に 頭が下がる思いです。

 外にいた時に、 今の気持ちが 少しでもあったらと 悔やんでいます 」

「 死刑か無期か、 究極の選択をする 裁判官の苦悩を知りました 」

 複数の命を奪った 60代の被告は、 そんな感想を寄せました。

 二審の判決日が 被害者の命日に指定され、

「 裁判官の心は 最初から被害者側にあったのではないか 」 と感じ、

 判決公判を欠席しました。

「 裁判官の顔を見たくない と思う前に、

 命日を判決日に 選んだ下さった、

 心から 遺族にお詫びできる 最後の機会を与えてくださった、

 と受け取っていたら……。

 自分の狭い心が 悲しくてなりません 」

「 大きな後悔をしている 」 とも書かれていました。

「 人様を何人も 殺した自分は、 死刑以外にないと思っています。

 でも、 生きて外に出て やりたいこともあります。

( 刑が確定していない自分は )

 まだ、 どこかで 甘えているんだと思います 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月28日 (日)

制度 行方は -- 償いの意味 (12)

 
 昨年10月、 国連欧州本部で、

 日本政府代表団は 国連の規約人権委員会と 向き合っていました。

「 わが国の世論の多数は、 極めて悪質、 凶悪な犯罪については

 死刑も止むを得ないと 考えています 」

 外務省大使が説明すると、 人権委員は答えました。

「 死刑廃止国でさえ、 世論は死刑賛成でした。

 世論を根拠に 死刑の問題に 対処すべきではないのです 」

 人権委は日本に、 「 死刑廃止を前向きに考慮し、

 国民に対して 廃止が望ましいことを 伝えるべきだ 」 と勧告しました。

 死刑を廃止・停止する国は 年々増えています。

「 人殺し! 」

 そんな叫び声が、 最高裁の法廷で 裁判官に浴びせられた 時代がありました。

 80~90年代、 死刑廃止を求める市民団体が、

 死刑判決の度に 声を上げたのです。

 しかし オウム事件が起きて、 被害者支援の世論が 高まってきました。

 法廷の被害者遺族の前では 声を上げづらくなり、

 死刑廃止運動には 厳しい時代になりました。

 ヨーロッパの人は 人権尊重のような普遍的理念を

 精神の根底に 持っているのに対し、

 日本人は その時々の社会の規範、 現在なら 

 凶悪犯罪に 厳罰を求める姿勢を 重んじるといいます。

 さらに日本人には、 究極の償いを求める 精神文化があるそうです。

 諸沢英道教授は 被害者学の立場から指摘します。

「 刑罰は、 世論と被害者感情の 両方を考慮して 社会が決めるもの。

 被害者を孤立させない 支援体制が整わない限り、

 極刑を求める 遺族の思いは変わらない」

 まず 死刑の現状を知り、 民主主義が根付いている日本で、

 死刑がなければ 治安が維持できないかを 考える必要があります。

 裁判員制度がスタートしました。

 これまで国民は、 主権者である自分が

 死刑制度を維持してきたことに 無自覚でしたが、 裁判員になれば、

 人の命を絶つ 刑罰の重さを 突きつけられることになるでしょう。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月26日 (金)

終身刑 「緩慢な極刑」 -- 償いの意味 (11)

 
「 薬物注射によって 15分で処刑される方がいいか、

 40年も50年もかかる 残酷な刑がいいか。

 終身刑は 長くてゆっくりとした 死刑のようなものだ 」

 米ロサンゼルス郡刑務所で、 ある受刑者は語りました。

 19才の時、 薬物を服用して ホームレスを殺害し、

 仮釈放のない 終身刑を受けました。

 以来29年間 獄中にいます。

 最初の8~9年は、 絶望感から 暴力的になったといいます。

 この刑務所では 終身刑囚にルールを守らせるため、

 刑務官は常に 拳銃を携帯しています。

 アメリカでは49州に 仮釈放のない終身刑があります。

 一方、 主要国で 終身刑を設けているのは、

 死刑維持国では中国、 廃止国ではオランダくらいです。

 昨年、 日本でも 終身刑を創設する 議論が起きました。

 裁判員制度を視野に、 死刑と無期懲役の中間の 刑を作るというものでした。

 法務省は、 出所の希望のない 過酷な刑で、

 受刑者の人格も 破壊されるとしています。

 同年7月には 職員5人に、 ロサンゼルス郡刑務所などを 視察させました。

「 大きな声がしたら、 すぐに伏せなさい 」

 職員の一人は、 視察先の刑務所で 案内係に言われて驚きました。

 受刑者が暴れたりすると、

 見張り役の刑務官が 即座に銃を発砲するというのです。

 見学中、 受刑者に背中を向けると、

 刑務官から 「 殺されたいのか 」 と怒鳴られました。

 刑務官が丸腰の日本で、 終身刑囚の処遇は難しいと 痛感したといいます。

 姉の元夫に 両親ら3人を殺された 宇田川さん (43) は、

 元夫の死刑が確定したとき 思いました。

「 早く死んでもらいたい という気持ちがある一方で、 終身刑にして、

 亡くなった人のことを 考えながら、

 死ぬまで何十年も 苦しんでほしいとも思います 」

 一方、 池袋通り魔事件で 娘を失った宮園さん (74) は、

 終身刑には反対だと言います。

「 終身刑では、 加害者より 私たちの方が先に 寿命が尽きてしまう。

 加害者が 私たちより先に 死んで初めて、 遺族として心が癒される 」

 終身刑の議論とは別に、 無期懲役囚の 「終身刑化」 が進んでいます。

 07年までの10年間に、 刑務所内で死亡した 無期懲役囚は120人。

 仮釈放になった104人を 上回っています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月25日 (木)

冤罪の危険、 今も -- 償いの意味 (10)

 
「 もう取り返しがつかない 」

 岩田弁護士 (63) は、 死刑執行の知らせを聞いて、 絶句しました。

 久間死刑囚 (70) は92年に、 福岡県飯塚市で

 小1女児をふたり 殺害したとして、 06年に最高裁で 死刑が確定。

 一貫して 無罪を主張しており、

 再審請求の準備をしている 最中だったのです。

 この飯塚事件では、 証拠とされたDNA鑑定は  「MCT118型検査法」。

 過日 管家利和さんが 17年ぶりに釈放された 足利事件と同じです。

「 DNA鑑定は一見 科学的に見えるからこそ、 うのみにするのは危険だ。

 特に 90年代初期の鑑定方法は 極めて杜撰だった 」

 と、 岩田弁護士は語ります。

 一方 捜査官の一人は、 状況証拠を積み重ねて、

 DNAだけに頼ったわけではない と反論しています。

 米国では、 死刑判決後に 冤罪が明らかになって

 釈放された死刑囚は、 133人。

 自白や目撃証言に 問題があったケースが多く、

 最近は DNA鑑定で有罪が覆る 例が続いています。

 イリノイ州では2000年に、 死刑囚で13人目の 冤罪が発覚しました。

 同州ではその年から 死刑執行を停止。

 DNA鑑定を受ける 権利の保障と、 鑑定資料の保管を 義務づけました。

 全米で 執行者数が激減しています。

 日本で 死刑囚が再審無罪となったのは 戦後4件で、

 事件は 48~55年に起きています。

 DNA鑑定導入後の足利事件で 無罪が確実になったことは、

 日本の冤罪の危険を 突きつけました。

 ある法務省幹部は、 慎重の上にも 慎重を期して調べ、

 問題がないと確信した 死刑囚についてのみ、 刑を執行してきた と言います。

 また別の幹部は、 科学的な証拠が 重要な位置を占める 事件では特に、

 多角的に 洗い直さなければならない、 と語っています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月24日 (水)

韓国 執行停止11年半 -- 償いの意味 (9)

 
 2007年1月、 姜 (カン) 被告 (39才) は、

 女性を拉致、 乱暴したうえ 絞殺しました。

 遺体は2年間、 河川敷に埋められたままでした。

 姜被告は 他にも7人の女性を 殺害したことを自供しました。

 朝鮮日報は、 「 いかなる方法を用いてでも、

 犯人を社会から 永久に追放すべきではないか 」と、

 死刑執行に問題提起をしました。

 今年2月の世論調査でも、 死刑執行に賛成は 64%でした。

 韓国では 刑場の中央に 椅子が置かれ、

 死刑囚は座ったまま 首にロープをかけられます。

 椅子の下の床が開き、 死刑囚は地下に向かって 落下します。

 韓国は 金大中氏が1998年に 大統領に就任して以来、

 死刑は執行されていません。

 「光州事件」 (80年) で 死刑判決を受けた金氏は、

 その経験から 死刑反対派でした。

 柳・ 前国会議員 (60) は 74年に政治犯として 死刑判決を受けました。

「 寝るときも手錠をかけられる 不自由な生活を強制された 」

 その後、 無期懲役に減刑され、 政権が変わると 釈放されました。

 でっち上げの容疑で、 死刑が確定すると すぐに執行される者もいます。

 そうした過去が、 死刑に慎重な態度に つながっているといいます。

 昨年就任した 李明博大統領は、 死刑を支持する 立場を示しており、

 いつでも執行を再開できる 状況にあります。

 元裁判官は 疑問を投げかけます。

「 今のままでは、 死刑の執行が 時の政権によって 左右されてしまう。

 死刑制度をどうするかは 社会全体に関わる問題であり、

 国民の意見を聞きながら 維持か廃止か はっきりさせる必要がある 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月23日 (火)

ギロチンなくても 治安守られる -- 償いの意味 (8)

 
 フランスはかつて ギロチンの国でした。

 斬首による死刑制度は、 1981年まで190年間 続けられていました。

( 1939年までは公開処刑でした。 )

 当時の世論では、 死刑賛成が62%、 反対が33%でした。

 それでも、 死刑廃止法案は 国民議会で可決されました。

「 世論が変わるのを 待っていたら、 死刑はいつまでも 廃止できなかった。

 政治家は、 時に先を読んで 国民を正しい方向に 導くべきだ 」

 当時の司法大臣 ロベール・ダンテール氏 (81) は 語ります。

 「国家」 が、 人の生きる権利を 奪うことは

 許されないと、 氏は強調します。

 死刑廃止後、 凶悪事件の件数には 統計上、 顕著な変化は 見られません。

 廃止から18年後の 99年、 世論調査で

 死刑反対 (48%) が 賛成 (46%) を 初めて上回り、

 以後 その差は広がっています。

 ギロチンがなくても 治安は守られると、 人々が確信を 持つに至ったのです。

「 憎しみからは 何も生まれない 」

 犯罪被害者遺族の支援団体 「 APEV 」 の

 アラン・ブーレイ代表 (62) は、 訪ねてくる遺族に 語りかけます。

 死刑廃止の88年、 9歳だった娘が 誘拐され、 命を奪われました。

 判決は無期拘禁刑。

 アラン氏は、 犯罪で子供を失った 遺族を助けたいと、

 APEVを設立しました。

 フランスでは 国などが犯罪被害者に 金銭的な補償する制度が 整備され、

 民間の支援団体も 多くあります。

 命の償いを 求めない代わりに、 社会全体で 被害者を支えるのです。

「 犯人に対する報復感情は、 苦しみを共に癒す 仲間がいることを知れば、

 時間と共に変わりうる 」

 ブーレイ氏は そう信じています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月22日 (月)

アメリカ 執行も公開 -- 償いの意味 (7)

 
 カーテンが開くと、 ガラス窓の向こうに、

 ベッドに拘束された 黒人男性の死刑囚が見えます。

 左腕に 薬物注射用の管が 挿入されています。

 処刑室に面した 部屋のひとつに、 記者や地元メディアの3人と 教誨師。

 もうひとつの部屋には、 被害者の遺族6人もいます。

「 これから死刑を執行します 」

 所長の声が スピーカーから流れました。

 死刑囚は 教誨師に向けて親指を立て、

「 大丈夫だ 」という サインを送りました。

 遺族の方を 見ることはありませんでした。

 睡眠剤の注入が 始まります。

 次いで、 全身をまひさせる薬、

 さらに 心臓を停止される薬が 注入されます。

 死亡確認は 午後6時17分でした。

 執行に立ち会った 被害者の長女は、

「 最後に 反省の言葉を期待したのに、 こちらを 見向きもしなかった 」

 と、辛そうに語りました。

 アメリカで 死刑制度がある35州では 全て、

 遺族やメディアが 執行に立ち会えます。

 獄中の死刑囚への インタビューも、 多くの州で 認められています。

 薬物注射は絞首刑よりは 楽に死ねるだろうが、

 睡眠薬が効かないと 激痛が襲うこともあるらしい、

 という証言なども 得られます。

 メディアだけでなく 市民にも、 死刑に対する情報は 公開されています。

 市民が 制度の是非を 議論できるよう、

 コストをかけて 執行状況を公開しながら、 究極の刑を 維持してきた米国。

 犯行を否定し続けていた 死刑囚が、 執行直前

「 射殺したのは私です 」と 告白したこともあります。

 市民が 最期の瞬間を見届けることは 重要だと、 ある記者は述べています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月21日 (日)

遠のく仮釈放 -- 償いの意味 (6)

 
「 一日でも早く 仮釈放になりたい。

 だけど 亡くなった人のことを 思えば、 むやみにそうは言えない 」

 刑務所に入って 25年以上の無期懲役囚、

 坊主頭には 白いものが交じっています。

 未成年の男性の 命を奪い、 無期懲役が確定しました。

 入所したとき、 頑張れば 15~16年で出られると、 職員に言われました。

 ところが、 無期懲役囚の仮釈放は 年々遠ざかりつつあります。

 仮釈放までの平均受刑期間は、 98年が 20年10ヶ月でしたが、

 07年は 31年10ヶ月と 大幅に延びました。

 有期刑の上限が 懲役20年から 30年に引き上げられ、

 犯罪被害者が 仮釈放の慎重な運用を 望んでいる背景があります。

 70歳の ある無期懲役囚は、 服役が40年になり、

 脱け殻のようになってしまいました。

 別の無期懲役囚は、 終点が全く見えず、 精神的負担が大きいと訴えます。

 一方、 無期懲役囚の間で、 刑務所で 一生を送るしかないなら、

 居心地よく過ごそうという 意識が広がってきているようです。

 このような状態では 真の反省を求めるのは 難しいと、

 教誨師の牧師は嘆きます。

 高橋義政・ 無期懲役囚 (29) は、 服役中に勉強し、

 いつか 税理士の資格を取りたいと、 担当弁護士に伝えました。

 二人を殺害して 死刑を覚悟し、 生きる気力も失いました。

 一審・二審は、 父親の虐待など 劣悪な成育環境の 影響に言及し、

 無期懲役を選択しました。

「 初めて 自分の言葉を 真剣に聞いてもらった 」

 裁判所に感謝の気持ちを述べるようになりました。

 刑務作業で得たお金を 遺族に支払っていく 決意もしました。

「 勉強したことを 社会で生かす希望を 捨てないでほしい 」 と、

 弁護士は願っています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月16日 (火)

無期  反省続くか -- 償いの意味 (5)

 
 1999年9月、

 3人の死刑囚の 刑が執行されたニュースが 報じられました。

 3人とも無期懲役囚で、

 仮釈放中に 再び殺人を犯して 死刑が確定したのです。

 桜井昌司さん (62) は そのうちの一人を 知っていました。

 冤罪で服役中、 刑務所で一緒だったのです。

 その男は 刑務官には模範囚ぶりを 示していましたが、

 仲間がミスをすると すぐ刑務官に言いつけるような 嫌がらせをしていました。

 刑務所から出して大丈夫なのか と思う人間が、 刑務官に媚びへつらい、

 仮釈放されるのを 桜井さんは見てきました。

                   *

 千葉刑務所の教誨室では 毎月1回、

 受刑者が その月に命日を迎える被害者の 冥福を祈ります。

 定員が約30人の教誨室は 常に埋まり、

 2回に分けて 行なうこともあります。

 償いの気持ちを 持続するのは簡単ではありません。

 多くの受刑者は まじめに教誨を受けていますが、

 早く仮釈放になりたいため、 反省を装う人もいるようです。

 仮釈放を判断する 地方更生保護委員会の元委員は、

 無期懲役囚は 特に慎重に 反省の度合いを 確認すると言います。

 しかし その判断は難しく、

 自信を持って 許可を出せたことは 一度もなかったと明かしました。

                   *

 仮釈放された人は、 社会に順応するため、

 一定期間を 更生保護施設で過ごします。

 60を過ぎた ある無期懲役囚は 毎朝6時前に起きて、

 自分が殺害した被害者に 線香を上げます。

「 もう見せかけの償いなど 必要ないのだから、

 本当に反省しているのだろう 」

 施設長は そう語りました。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月15日 (月)

真の謝罪とは -- 償いの意味 (4)

 
 88年、 共謀して 会社経営者ら二人を殺害し、

 現金1億円を奪った 河村啓三被告 (50)。

 拘置所で 僧侶の教誨を受け、

 独房では毎日読経して 被害者の冥福を祈っています。

 遺族には 謝罪の手紙を送り続けました。

 そして 98年の初夏、 被害者の父親から 初めての返事が届き、

 河村被告は 体の震えが止まらなくなりました。

 謝罪の気持ちが 遺族に伝わって、 一層、

 自分の犯した 罪の重大さに 向き合わざる得なくなりました。

「 一日でも早く 刑死されるべきだと思います。

 しかし 生かされているのも 仏のおぼしめしだと考え、

 一生懸命生きていこうと思う 自分がいます 」

                   *

 06年、 仙台高裁は 一審の無期懲役を破棄し、

 高塩正裕被告に 死刑を言い渡しました。

「 死刑判決という結果に対し、

 素直に頭を下げられた 自分の気持ちを大事にしたい 」

 高塩被告は04年、 民家に押し入って 女性とその次女を刺殺し、

 約5万円を奪いました。

「 二人を殺した自分は、 他人の手で 殺されるのが当然 」

 内田正之弁護士 (52) は、 高塩被告に上告するよう 説得を重ねました。

「 本当の後悔や謝罪は、

 自分の心の闇を 見つめ続けた果てに 得られるのではないか 」

 死刑に処せられること自体が 目的になると、 そこで思考が 停止してしまい、

 真の意味での 反省に到達できないように 思えたのです。

 高塩被告は 自ら上告を取り下げ、 08年の10月に 死刑が執行されました。

 遺族に 謝罪の気持ちを示すことは ありませんでした。

「 今さら謝っても、 口先だけの謝罪になってしまう。

 死刑になることが、 まっとうな落ち着きどころだ 」

 遺族の女性は、

 法廷の被告から 反省の気持ちが 伝わってきたことはありません。

「 ただ死ぬだけでなく、 一言でいいから、 心から謝ってほしかった 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月14日 (日)

母を殺した父 -- 償いの意味 (3)

 
「 死刑になるのは 仕方ないと思います 」

 大山清隆被告 (47) は 1998年、

 養父の頭を 鉄アレイで何度も殴ったうえ、

 車の助手席に乗せて ブロック壁に激突させ殺害。

 2000年には、 妻を 自宅の浴槽に沈めて 溺死させた後、

 岸壁から海中に捨てました。

 不慮の事故を装い、 保険金約7300万円を だまし取ったのです。

 一審・ 二審とも 死刑を言い渡しました。

 大山被告の長男は (21) は、 小学校6年のとき、

 母親が 誤って海に落ちたと 聞かされていました。

 中学2年のとき 父親が逮捕され、 母が殺されたことを知ります。

 学校では、 人殺しの子供という 話し声が耳に入り、 友人も離れていきました。

 次第に生活は乱れて、 家族や友人を奪った 父を憎み、

 早く死んでくれとさえ 思いました。

 ところが、 一審の死刑判決を知って 動揺したのです。

 久しぶりに 拘置所を訪ねました。

 ひどくやせた父は、 「 ごめんな、 ごめんな 」

 とひたすら 頭を下げ続けました。

 それから、 拘置所通いが始まります。

 父親も毎週のように 謝罪の手紙をつづりました。

 母を殺した父を 許したわけではありません。

 ただ、 父が死刑になっても 母親は戻らない。

「 心から反省して 生き続けることこそ、 償いではないのか 」

 そんな考えに 辿り着きました。

 母は被害者、 父は加害者。

 命や家族の大切さを 考えるようになった長男は、

 父の刑が執行されたら 受け止められないだろうと語ります。

 大山被告は、 独房の廊下の鉄の扉が 開く音がするたびに、

 息子の面会を 刑務官が知らせに来たのかと 思います。

 しかし 死刑が確定すると、 執行のお迎えかという 恐怖に変わります。

「 それに耐えられるかどうかは、 自分でも分かりません 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月12日 (金)

社会守る …… 「やむなし」 -- 償いの意味 (2)

 
(前の記事からの続き)

 「闇サイト事件」 で、 犯人の死刑を求める 署名をした人の中には、

 地下鉄サリン事件の実行犯の 弁護を勤める、

 田瀬英敏弁護士 (52) もいました。

< 今回の凶行は 悪質極まりなく、 社会防衛の観点からも

 遺族の応報感情の点からも、 死刑は 止むを得ないと思います >

 オウム真理教元幹部の 広瀬健一被告 (44) は、

 一貫して罪を悔いる 姿勢を示しており、

 田瀬弁護士は 死刑は重すぎると感じて 弁護を引き受けました。

 しかし、 闇サイト事件で 死刑が下されなければ、

 女性が夜道を歩くことが 命がけになってしまうと 思ったのです。

 仮釈放者らを支援する 保護司・ 米堂征男さん (65) も、

 闇サイト事件の署名に 加わりました。

「 一人娘を奪われた 磯谷さんの悔しさを思うと、

 居ても立っても いられませんでした 」

 米堂さんは 更生を手助けすることに やりがいを感じてきました。

「 加害者の更生は大切だが、 もっと大事なのは、

 まじめに生活している人が 人生を奪われないこと 」

 都内の40代の主婦は、 署名を集めるため 近所を回っていたとき、

 裁判員候補に選ばれた 通知を受けました。

 単純に署名を送ればいい という心境ではなくなったといいます。

「 裁判員として 死刑を選択することを 想像したら、

 死刑が とても重い意味を持つものとして 自分に迫ってきた 」

 命が大切だからこそ、 感情論ではなく、

 社会のために 危険の芽を摘む意味で、

 私が死刑を求めても いいのではないか……。

 主婦は自分も含め、 50人を超える署名を 郵送しました。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月11日 (木)

「極刑を」  32万人署名 -- 償いの意味 (1)

 
 読売新聞の連載 「死刑」 の 第4部が始まりました。

 今回の特集は  「償いの意味」 というテーマです。

 海外の実情も報告しながら、 死刑の意味を考えるということです。

 引き続き 紹介していきたいと思います。

--------------------------------------

 「 愛知・ 闇サイト事件 」で

 一人娘を失った 磯谷 (いそがい) 富美子さん (57) は、

 この日届いた 3万5000人分の 署名を受け取りました。

 加害者3人の 死刑を求める署名です。

 2007年8月、 娘の利恵さん (当時31才) は

 帰宅中に 車で連れ去られ、

 ハンマーで殴打されたうえ ロープで絞殺されました。

 3人の男は 闇サイトで知り合い、 金目当てで、

 通りがかりの利恵さんを 襲ったのです。

 磯谷さんはHPで、 死刑を求める 署名活動を始めました。

 目標は3万人でしたが、 2ヶ月で20万人を超え、

 今年3月の判決公判までに 32万人に達しました。

< 「 誰でもよかった 」という言葉は ショックでした。

 ひょっとしたら 自分が殺されていたかもしれない >

< 大学生の娘を 育てております。

 娘が毎日 帰宅するまで、 気がかりでなりません >

 ネットを通じた犯罪者集団が、 見ず知らずの市民を 殺害した犯行に対する、

 切迫した不安感が にじんでいます。

 名古屋地裁は 極刑を選択した理由を こう述べました。

「 この主の犯罪は 凶悪化・ 巧妙化しやすく、 模倣される恐れも高い。

 社会の安全にとって 脅威というほかなく、

 厳罰をもって臨む必要性が 誠に高い 」

(次の記事に続く)

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 7日 (日)

陪審員12人、 議論21時間 -- 選択の重さ (9)

 
 米国の陪審制では 量刑は裁判官が決めますが、

 死刑が求刑された 事件だけは、 陪審員が刑を決める 州が多く、

 死刑の判断を 市民に委ねています。

 昨年2月6日、 米サウスカロライナ州の評議室、

 12人の陪審員たちの 採決は大きく割れました。

 被告の男は2006年に 妻を銃殺した罪で 起訴され、

 無罪を主張しましたが、 陪審員は有罪と判断。

 何度か採決を 重ねた末、

 10人が死刑、 残る2人は 終身刑を支持しました。

 午後6時半、 評議初日が終わりました。

 2月7日、 評議2日目。

「 死刑より終身刑で、 一生罪を償わせるべきよ 」

 元刑務所職員の 60歳代の女性が言いました。

「 終身刑にしたら、 この被告は反省することもなく、

 雑居房で 無罪だと言い続けるだろう 」 と 別の陪審員が反論します。

 女性はほどなく、 終身刑から 死刑支持に回りました。

 終身刑を主張するのは、 40歳代の黒人男性 一人になりました。

 男性は 死刑の刑罰そのものを 否定して譲りません。

 2月8日、 評議3日目。

「 そもそも死刑制度に反対なら、 この事件の陪審員に なる資格はない 」

 黒人男性は、 「 皆がそれほど強く 死刑を主張するなら、

 やむを得ない 」 とつぶやきました。

 3日間で 計21時間に及んだ 評議は終わり、

 全員一致で 死刑の結論になったのです。

 日本の裁判官は、 過去の量刑例を 緻密に比較しながら、

 極刑を選択するかどうか 判断してきました。

 しかし 東京高裁の裁判長を務めた 村上光鵄 (こうし) 氏 (69) は、

 死刑に関して 職業裁判官が培ってきた感覚と、

 一般社会の処罰感情の間に 差が生じているような 気がしてなりません。

「 自分たちの結論は、 国民が考える刑より 軽いのか 」

 5月から 裁判員制度が始まりました。

 国民が選択の重みを、 裁判官とともに 噛みしめる日が来たのです。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 6日 (土)

被告の人生 変えた責任 -- 選択の重さ (8)

 
 熊本県で 87年に起きた、

 大学生誘拐殺人事件の 田本竜也被告 (当時21才)。

 小学校の同級生の男子学生を 山中に誘い出し殺害、 身代金を要求しました。

 荒木勝己氏 (81) は 熊本地裁の裁判長として、 一審を担当しました。

 被告は 反省の言葉を口にし、 写経をして 被害者の冥福を祈っています。

 荒木裁判長は 「 無期懲役でいいのでは 」と 何度も考えました。

 身代金目的の誘拐殺人を 重く見て 極刑を選択しましたが、

 言い渡し後、 「 更生の可能性は あったかもしれない 」と

 気にかかっていたのです。

 息をのむような気持ちで待った 控訴審の結果は、 一審と同じ死刑。

 ほっとする反面、

 「 死刑を回避することはできなかったか 」 と やるせなさも感じました。

 79年12月、 「 松山事件 」で 死刑が確定していた

 斎藤幸夫さんの 再審開始が決まりました。

 「 誤判ということになれば、 自分はこれから、

 どのように 身を処していけばいいのだろうか 」

 萩原金美氏 (77) は26歳の時、

 仙台地裁の陪席裁判官として、 斎藤さんの死刑判決を 出していました。

 被告が使ったとされる 布団の血痕の 鑑定が焦点となり、

 結果は 血液型は被害者と一致。

 「 本当に大丈夫だったのか 」

 萩原氏は 事件の記憶が 不意によみがえるたびに、

 鑑定結果を 自分に言い聞かせました。

 そして84年、 再審判決は 無罪を言い渡したのです。

「 一人の人生を 大きく変えてしまった責任を どうとればいいのか 」

 萩原氏は 誤判にかかわった元裁判官として、 新聞社に寄稿しました。

 その後も萩原氏は 自身の体験を講演し、

 論文で 自らの誤判に触れ、 事実認定の難しさを 訴えています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 5日 (金)

三審、 それぞれの苦悩 -- 選択の重さ (7)

 
 91年、 広島地裁の田川雄三裁判長 (74) は、

 「 明日の判決は、 最後まで自分で読み上げたい 」 と語りました。

 喉頭がんを患い、 結審後に入院。

 明日の判決言い渡しが 終われば、 また病院に戻ります。

 初公判から被告と相対してきた 自分が言い渡すことが、

 被告に判決を 納得させることにつながると 信じたのです。

 飲食店経営者ら 一家3人を殺害した 禹 (う) 起宗被告に、

 田川裁判長は 判決理由から朗読を始めました。

 最後に  「被告人を死刑に処する」 と 主文を告げた後、 語りかけました。

「 控訴できますから、 弁護人とよく相談しなさい 」

 名古屋市内で 姉妹が拉致され、

 ドラム缶の中で 生きたまま焼き殺された事件。

 名古屋高裁の川原誠裁判長 (68) は、

「 『事実認定は高裁が最終審』 という 責任を持たなくてはならない 」

 と肝に銘じてきました。

 犯人グループは6人。

 川原裁判長は 主犯格の野村哲也, 準主犯格の川村幸也両被告に、

 一審と同じ 死刑判決を言い渡しました。

 04年秋、 最高裁の滝井繁男判事 (72) は、

 持田孝被告の上告を棄却する 判決文に署名しながら、

 背筋が伸びる思いがしました。

「 もう後戻りできない。

 これで本当に 死刑が確定する 」

 婦女暴行事件の被害者が 警察に届けたことを恨み、

 出所後に 被害者を刺殺した事件。

 一審は無期懲役、 二審は死刑でした。

「 死刑以外の選択肢はないのか 」と 考え始めると、

 いくら時間があっても 足りません。

「 被告はこれ以上、 上訴できない。

 われわれには 最終審としての苦しさがあった 」

 病が癒えて 退官した田川氏は 明かしました。

「 あの時、 控訴の手続きを説明したのは、

 高裁の判断を仰いでほしいと 本気で思ったからです。

 審理を尽くしたという 自信はあった。

 それでも、 自分たちの判断だけで

 被告の命が 絶たれてしまうというのは、 あまりに重圧が大きかった 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 4日 (木)

極刑抑制の流れ 変わる -- 選択の重さ (6)

 
 97~98年、 検察は5つの事件で、

 無期懲役の判決を量刑不当として 異例の連続上告を行ないました。

 83年に 永山基準で示された 9つの判断基準のうち、

 「被害者の数」 を 特に重く捉える傾向が、 当時の下級審にありましたが、

 検察はそれに 一石を投じようとしたのです。

 92年に起きた 主婦殺害事件もそのひとつです。

 岡敏明被告 (52) は、 主婦を強姦したうえ 千枚通しや牛刀で刺殺。

 10歳と6歳の姉弟が、 血の海に倒れている 母親を最初に発見しました。

 一審 東京地裁の判決は死刑。

 けれども 二審の東京高裁は、 永山基準を根拠に 無期懲役に減刑しました。

 上告を受けた最高裁は 合議を重ね、 上告を棄却します。

 ただし判決には、 「 殺害された被害者が1人でも、

 極刑がやむを得ない場合が あることはいうまでもない 」

 という文言が 盛り込まれました。

 検察が連続上告した もうひとつの事件があります。

 強盗殺人罪で 無期懲役の判決を受け、

 仮釈放中だった 西山省三被告 (56) が、

 一人暮らしの女性を殺害し、 現金を奪った事件。

 一審, 二審とも 無期懲役でした。

 合議に当たった 最高裁のある判事は、 こう明かします。

「 無期懲役を破棄するのは、 断崖絶壁を跳び越えるようなもの。

 判断に悩む、 本当にしんどい事件だった 」

 けれども 被告の反社会性は軽視できず、

 99年最高裁は 高裁に差し戻して、

 07年に 西山被告の死刑が確定しました。

 検察が連続上告した 事件のうち、

 結論が死刑に変わったのは この事件だけでした。

 しかしこれ以降、 極刑に慎重な流れが 変わります。

 永山基準以後、 死刑判決は 年間4~15人。

 2000年以降は 8年連続で20人を超えています。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 3日 (水)

「永山基準」 最高裁の答え -- 選択の重さ (5)

 
 1983年、 最高裁は 二審の無期懲役判決を破棄し、

 東京高裁に差し戻しました。

 被告の名は 永山則夫。

 19歳だった68年秋、 東京,京都などで 警備員や運転手ら 4人を射殺し、

 強盗殺人などの 罪に問われました。

 83年7月の最高裁判決は、

 のちに 「永山基準」 と呼ばれる、 死刑適用の基準を示します。

 犯行の罪質, 動機, 殺害方法, 被害者の数, 遺族感情,

 社会的影響, 被告の年齢, 前科, 犯行後の情状。

 これらを総合的に考慮し、 やむを得ない場合は、 死刑の選択も許される。

 (死刑適用は) いかなる裁判所でも 死刑を選択したであろう程度の、

 情状がある時に 限られるべきだと。

 背景には、 死刑存廃論議の高まりがありました。

 イギリスやフランスで 死刑が廃止され、

 財田川事件, 免田事件, 松山事件で 再審が決定が出され、

 冤罪問題も クローズアップされていました。

 9項目のうち ことに重視されたのは、

 殺害方法の執拗性・ 残虐性と、 被害者の数だと言われます。

 そして 被害者が1人の場合、

 よほどの事情がなければ 死刑に出来ないという 傾向が生まれます。

 無学だった永山被告は、 拘置所で 哲学書を読むまでに成長し、

 獄中記 「無知の涙」 はベストセラーに。

 東京地裁の陪席裁判官は、

「 何度も 『極刑で 責任を取らせるべきなのか』 と悩んだ 」

 と振り返ります。

 それから14年後、 永山死刑囚の刑が 執行されました。

 奇しくも この年から、

 検察は 無期懲役とされた5つの事件で 上告を続けました。

 「 永山基準とは何か 」を 改めて問うことになります。

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年6月 2日 (火)

主文を後回し 「無期」 -- 選択の重さ (4)

 
 1995年1月、 鶴田小夜子検事 (57) は

 宮川豊被告 (54) に 死刑を求刑しました。

 三浦力裁判長 (74) は、 身の引き締まる思いがしたといいます。

 93年8月に起きた 甲府信用金庫OL誘拐殺人事件。

 借金に追われていた 宮川被告は、 雑誌記者を装って

 行員の内田友紀さん (当時19歳) を おびき出して殺害、

 信金に身代金を要求しました。

 事件は 全国的な注目を集めており、 三浦裁判長は

 「 死刑判決の方が 理解を得られるかもしれない 」とも 感じていました。

 しかし 宮川被告に前科はなく、 犯行前は 普通に勤務していました。

 自ら警察に出頭し、 犯行内容を 詳細に供述しています。

 無期懲役の判決文を 書き上げたのは、 判決公判の約1週間前でした。

 三浦裁判長は、 主文の言い渡しを 後回しにしました。

 「 冒頭で 『無期懲役に処する』 と告げると、

 被告は 死刑を逃れられたと思って ほっとしてしまい、

 判決理由をきちんと 聞いてくれないかもしれない。 」

 それは避けたかったのです。

 翌年4月、 東京高裁は無期懲役を維持。

 検察側は上告を断念して、 刑は確定しました。

 1審判決から14年。

 宮川受刑者は服役中ですが、 友紀さんの父親・ 邦彦さんは言います。

「 無期懲役は 仮釈放で社会に出てくる 可能性がある。

 それだけは絶対に許せない。 」

 鶴田検事は 遺族の思いに応えられなかった 無力感を忘れたことはありません。

「 被告が更生するかどうかは、 誰にもわからない。

 刑罰というのは、 被告がどんな犯行をしたかで 決めるべきではないか。 」

 退官した三浦裁判長は こう語ります。

「 少しでも被告に  『立ち直ってほしい』 という思いが伝われば

 と念じながら、 言い渡しを終えました。

 私は 法廷の力を信じています。 」

〔 読売新聞より 〕
 

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2009年5月29日 (金)

検察審査会

 
(前の記事からの続き)

 市民が司法に 参加する制度が、 裁判員制度の他に もうひとつあります。

 それが検察審査会。

 検察が不起訴にした事件で、 不起訴が妥当かどうかを、

 国民からくじで選ばれた 11人の検察審査員が 審査するものです。

 昭和23年に設置され、 これまで54万人が 審査員を経験してきたそうです。

 任期は6ヶ月です。

 02年、 斎藤猛さんは 

 自分が店長を勤める 焼肉店の 売上を横領したとして、

 業務上横領で 逮捕・起訴されました。

 状況証拠の積み重ねで、 一審は 1年6ヶ月の有罪判決。

 1年3ヶ月の 勾留生活の後、 売上金と共に なくなっていた書類が、

 店員の女の 家から見つかり、 斎藤さんは控訴審で 逆転無罪になりました。

 その間に 斎藤さんの母親は亡くなり、 釈放直後に 父親も亡くなりました。

 斎藤さんは 店員の女を告発しましたが、 検察は不起訴処分に。

 そこで斎藤さんは、 検察審査会に不 服申し立てをしました。

 そして審査会は、 女を起訴するべきだと  「起訴相当」 の議決をしたのです。

 これに基づき、 検察は女を起訴しました。

 その斎藤さんに、 裁判所から 封書が届きました。

 それは何と、 斎藤さん自身が 検察審査員に選ばれたという 通知でした。

 斎藤さんは、 検察の判断を覆す 市民の目の重要性を 強く感じています。

 国の機関である検察を 裁判官が否定するのは 難しいが、

 市民ならば それが期待できると思うのです。

 市民の常識があれば、 自分のような冤罪を 生み出すことはなかったと。

〔 「報道特集NEXT」 より 〕

 これまで、 検察審査会は 検察に対して 法的拘束力は持ちませんでした。

 しかし 裁判員制度を含む 司法改革により、

 検察審査会が 不起訴不当 (または起訴相当) と

 2度 決議した案件は、 検察は起訴する義務があると 改められました。

 つまり、 検察が不起訴にした事件を 検察審査会が不当とすると、

 検察は捜査をしなおし、 再び 起訴か不起訴かを決めます。

 それに対して、 検察審査会がもう一度 不当と判断すれば、

 検察は無条件に 起訴しなければなりまん。

 検察官の上に、 国民の良識を 反映させるものなのです。
 

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2009年5月28日 (木)

ウソの自白

(前の記事からの続き)

 そもそも冤罪は、 警察による 洗脳のような取り調べによって 起こります。

 1993年、 ゴーガーさんは 両親を殺害した疑いで、

 18時間連続の執拗な 取り調べを受けました。

 ゴーガーさんは、 大変なことをして その記憶をなくしたのかもしれない

 と思い、身に覚えのない 自白してしまいます。

 両親が亡くなって 混乱している最中で、 誘導に乗ってしまったのです。

 陪審員は 最初の自白を下に 有罪の判定をしました。

 密室での取り調べが 冤罪の温床になっているとして、

 全過程の録画・ 可視化が アメリカでは進んでいます。

 全録画がなければ 自白を証拠として認めません。

 警察も、 供述が裁判で 覆されにくくなると、 おおむね肯定的です。

 因みにイリノイ州で、 全米に先がけて 録画の立法化に 尽力したのは、

 州選出の上院議員だった バラク・オバマ氏です。

 ノースウェスタン大学の ドリズィン教授は、

 死刑があり得る 重大犯罪こそ 取り調べの圧力が強まり、

 ウソの自白が 起きやすいと指摘します。

 記録に残る ウソの自白の大半が、 殺人関連だそうです。

 教授は 日本の 「名張毒ぶどう酒事件」 についても、

 最高裁に 意見書を提出しています。

 捜査段階で自白し、 後に無罪を主張した 奥西勝死刑囚。

 裁判所は 再審を拒んでおり、 その理由は、

 自分に不利な自白など するはずがないというものです。

 しかし、 5月14日の記事でも 分かるように、

 虚偽自白が無理矢理 引き出されているのが現実です。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/58779610.html

 奥村被告は、 事件で 自分の愛する妻と 愛人を失って、 動揺していました。

 そういう人は ウソの自白をしやすいといいます。

 日本の裁判員にも、 調書を鵜呑みにしないようにと 忠告しています。

(次の記事に続く)

〔 「報道特集NEXT」 より 〕
 

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2009年5月27日 (水)

無実プロジェクト

 
(前の記事からの続き)

 ウィスコンシン州のロースクールで、

 無実の囚人を 救おうという活動があります。

 弁護士資格を持つ教授と 学生たちのこの活動は、

「 無実プロジェクト 」と言われます。

 23年前、 ピザ店の店員を 強姦殺人したとして、

 クリストファー・オチョアさんは 終身刑に処せられました。

 警察の強引な取り調べで、 当時二十歳そこそこの オチョアさんは恐くなり、

 自白してしまったのです。

 オチョアさんは 刑務所から無実プロジェクトに 手紙を送りました。

 学生たちは 被害者の体に付いた DNAから、

 別の事件で逮捕されている 真犯人を割り出したのです。

 防犯カメラの映像を より高度に解析できるようになったため、

 真犯人が分かった ケースもあります。

 それを導く NASAの技術を 見つけてきたのも学生でした。

 学生は 教育の一環として 活動をしています。

 つまり 刑務所の受刑者は、 無実プロジェクトに 無料で依頼できます。

 受刑者の多くはお金がなく、 優秀な弁護士を雇えないのです。

 この無実プロジェクトは 11年間で10人の 冤罪者を救い出しました。

 同様の活動をしている大学は、 全米で152に上るそうです。

(次の記事に続く)

〔 「報道特集NEXT」 より 〕
 

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2009年5月26日 (火)

陪審員による冤罪死刑

 
 TBSの 「報道特集NEXT」 で、

 アメリカの陪審員制度での 冤罪について放送していました。

 この25年間に、130人が 冤罪で死刑判決を 下されているというのです。

( 5月14日の記事には、

 「71~02年に125件 (31年間)」 と書きましたが、

 近年のほうが 増えていることになります。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/58779610.html

 23年前、 二人組の強盗が 住人二人を 射殺した事件。

 被告の一人 ウィリアムズの衣服に、

 被害者の血痕が  付いていたという証拠を 検察は提出していました。

 陪審員のグナイエフさんは  これを殺人の証拠と確信し、

  反対する他の陪審員を説得し、 有罪に導きました。

 ところが17年後、 最新のDNA鑑定によって、

 血痕は被害者のものではない ということが判明しました。

 ウィリアムズは 強盗と発砲の 事実はあるものの、

 殺害の証拠はなくなりました。

 グナイエフさんは一転して、 死刑執行の停止運動に 奔走します。

 州知事によって 死刑停止が実現したのは、 執行のわずか数日前でした。

( もっとも、 被害者の血痕が付いていても 殺害の証拠にはなりませんし、

 付いていなくても 殺していないという証拠にも ならないでしょう。

 これだけでは 事実は分かりませんが、

 疑わしきは被告人の利益に ということです。

 まして 死刑の場合には。)

 また、 被害者の証言が 冤罪を生む場合もあります。

 レイプ事件の被害者・ バーンツェンさんは、

 警察から 9人の男の 写真を見せられ、

 そのうちの一人を 犯人だと証言しました。

 ところが17年後、 やはりDNA鑑定で この男性の無実が判明します。

 バーンツェンさんは 写真の中に 犯人がいると思い込み、

 男性を選んでしまったのです。

 捕まった真犯人の顔は、 この男性とは 全く別人でした。

 この間に真犯人は、 10件のレイプ事件を起こし、

 被害者の人生を 狂わせています。

 刑の執行前に 助かった人はまだしも、

 真証拠が見つかったときには 既に処刑されてしまった 人もいるのです。

 そして今も 真実が分からないままの冤罪が、

 一体どれほどあるのか 分かりません。

(次の記事に続く)

〔 「報道特集NEXT」 より 〕
 

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2009年5月25日 (月)

被告の行為 見合う責任を -- 選択の重さ (4)

 
 07年 東京高裁。

 高橋裁判長は 書き終えた判決文を 机の引き出しにしまい、 鍵をかけました。

 言い渡しは 2週間後。

 時間を置き、 判決直前に冷めた頭で 最終確認をします。

 通常の事件は 1週間ほど。

 重大事件は それより長めに 寝かすことにしています。

 過去に7回服役した 熊谷被告は 出所翌月に、

 横浜の料理店主の顔面に 銃を押しつけて射殺し、 現金40万円を強奪。

 さらに 地下鉄渋谷駅で、売上金を奪うため 駅員を銃撃し、

 右足が動けなくなる 後遺症を負わせました。

「 刑事事件というのは、 被告の行為に見合う責任を 判断することに尽きる 」

 高橋裁判長は そう思っています。

 2件の犯行とも、 至近距離から発砲しています。

「 死者は一人でも、 限りなく 二人殺害に近い。

 拳銃を使った残虐性も 見逃せなかった 」

 一審の無期懲役を破棄し、 死刑判決を出したのでした。

「 いったん 無期とされた被告に、 死刑を言い渡すのは 重かった。

 だが、 死刑を選択せざるを得ない 事件はある 」

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月24日 (日)

被害者の言い分 くみ取る -- 選択の重さ (3)

 
 死刑判決に至るまでの 裁判官の心の動き、 その記事の続きです。

「 (被害者の女性とは) お互いに愛し合っていた 」

 2000年浦和地裁で、 中国人のセッショウ被告は そう述べました。

「 夫のいる被害者に 求婚したが断られ、

 被告は絶望のあまり 激しい興奮状態に陥り、 判断能力が著しく減退していた 」

 弁護士は 犯行時の責任能力を 争点に据えました。

 中国人夫妻が 殺害された事件。

 二人ともサバイバルナイフで 首を大きく切り裂かれていました。

「 命を奪われた被害者は、 生きている被告の言うことに 何も反論できない。

 客観的な証拠から 被害者の言い分を できるだけくみ取っていく 」

 川上裁判長は そう心に決めました。

 被害者は 被告から好意を持たれて 困っていたという、

 知人の証言がありました。

「 被告と女性が交際関係にあったことを 示す証拠は何もない 」

 被告は犯行前、 サバイバルナイフを2本購入。

 女性と夫を 車ではねてから 刺すという計画を立て、 実行しました。

 冷静な判断力を持ち、 目的を果たす 強い意思が感じられます。

「 被害者には 何の落ち度もない。

 計画的犯行で 被告に責任能力もある。

 ひとつひとつ 証拠を判断した積み重ねが、 極刑という結論になった 」

 川上裁判長は、裁判長として 初めて言い渡した 死刑判決を、

 そう振り返りました。

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月17日 (日)

反省見極め 無期に -- 選択の重さ (2)

 
 「 自分は…… 死刑になった方が いいと思ってます 」

 2003年 札幌高裁。

 及川被告の言葉に、 仲宗根裁判長は 身を乗り出しました。

 及川被告は前年、 盗み目的で 家宅に侵入し、 二人の幼児を 包丁で刺殺。

 一審で死刑を 言い渡されました。

 控訴審で弁護士は、 死刑回避のため

 被告の更生意欲を 示す方針を決めました。

 1ヶ月前の公判で、 口数の少ない被告から

 「 一生償っていきたい 」という言葉を 引き出していました。

 裁判長が、 前回と今回の 言葉の関連を訪ねると、 被告は答えます。

 昨日弁護士から 被害者が刺されている写真を 見せてもらい、

 自分がやったことは 死刑だと思うと。

 裁判官は 量刑を判断する際、

 被告の 反省の態度を見極めるのは 非常に難しいと言います。

 法廷では 被告の表情や雰囲気、 言動の全てに 注意を払います。

 反省を装う 可能性もありますが、

 最初から演技と 決めつけないようにします。

 及川被告の姿は、 自責の念の 自然な流れに見えました。

 及川被告は遺族に 謝罪の手紙を送っていました。

 2000万円の損害賠償も 60年かけて分割払いすることに。

 仲宗根裁判長は、 及川被告が 反省の念を抱き、 矯正の余地も あると考え、

 一審判決を破棄して 無期懲役を言い渡しました。

 検察が 上告を断念したため 確定。

 及川受刑者は現在、 関東の刑務所にいます。

 無期懲役確定を堺に 遺族への手紙は途絶え、

 損害賠償の分割払いも 3年前から止まっています。

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月16日 (土)

裁判長 「自分が遺族なら……」 -- 選択の重さ (1)

 
 読売新聞の 死刑の連載第3部です。

 裁判官が 死刑という究極の結論に 達するまでの道筋をたどります。

 静岡県三島市で02年に起きた 女子短大生焼殺事件。

 当時19才だった被害者は、 見ず知らずの男に 車で拉致され、

 乱暴されたあげく、 山中の路上で 体を縛られて、

 灯油をかけられ 火をつけられました。

 一審では 死刑求刑に対し、 無期懲役が選択されていましたが、

 高裁の田尾裁判長は、 「あまりにひどい」 と思いました。

 まじめに生きてきた人の命が こんな形で奪われる 不条理さ、やりきれなさ。

 遺族感情は峻烈でした。

「 同じように火をつけて (被告を) 殺してやりたい。

 どれだけ熱いか、 どれだけ怖いか、

 どれだけ苦しかったか 思い知らせてやりたい。 」

 田尾裁判長は 一審での死刑回避の理由を、 ひとつずつ検討していきました。

 「 周到な計画に基づく 犯行ではない 」

 「 被告の前科に 殺人などの犯罪は見当たらない 」

 しかし被告は 少年院や刑務所に入り、 仮出所中に犯行に及んでいます。

 一審が悩んだことは 分かりましたが、

 それでも 犯行の残虐さは余りあります。

 3人の裁判官の合議で、

 被害者が一人でも 極刑しかないという 結論に到達しました。

 死刑は 最も強烈な 権力の執行です。

 判決はあくまでも 客観的な根拠に 基づかなければなりません。

 今は退官した田尾氏も、 遺族感情はそれほど 重視しなかったと明かします。

 判決文も 感情的な言い回しを 極力避けました。

 ただ一言だけ、 自身の心情を入れました。

「 苦悶のうちに 命を失うこととなった被害者の 短い一生を思うとき、

 深い哀れみを 覚えざるを得ない 」

 読み上げ中、 胸に込み上げるものがあり、

 悟られまいと 必死でこらえました。

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月15日 (金)

裁判員制度での 死刑判断

 
 自供の信用性, 責任能力の有無など、 判断が難しい問題を 抱えながら、

 裁判員が 死刑を選択するかもしれない 事態に直面します。

 裁判員制度では、 裁判員と裁判官 計9人の意見が 一致しないときは、

 多数決で判決を決めます。

 制度設計の段階では、 日本弁護士連合会は

 「 死刑は全員一致 」と 求めていましたが、

 制度実施の延期を 懸念され、 議論は広がりませんでした。

 プロの裁判官でも、 死刑を選択するときだけは

 「 3人のうち一人でも 疑問を持てば、 死刑は回避してきた 」

 という人が多くいます。

 陪審員制度は 全員一致がルールですが、 裁判員制度では死刑であっても、

 まとまらなければ 多数決を採らざるを得ないだろう、 とも予想されています。

 裁判員の精神的負担も 重大になるでしょう。

 「 絶対死刑を選ばない 」と 決めている裁判員候補は、

 面接の段階で 排除される可能性があります。

 法律に従わないことになり、 不公正な裁判をする 恐れがあるからです。

 「 死刑に反対 」というだけでは 裁判員辞退は認められませんが、

 死刑を適用すべきか 議論することすら 精神的な苦痛に 感じる人については、

 認めることもありそうです。

 ただし 裁判員になりたくない人が、

 「 死刑を選ばない 」と 口実に使うことも考えられます。

 裁判長が面接で 質問を重ねることにより、

 ウソを見破っていくしか ないようです。

 なぜ市民が、 死刑に関わるかもしれない 重大な裁判に

 参加しなければならないのか、 という疑問も呈されます。

 法務省は、 「 重大事件ほど 社会正義が大きく損なわれ、

 社会の主人公である国民に 正義を回復してもらうことに 意義がある 」

 と説明しています。

 裁判員制度が始まっても、 幅広く議論していくことが 欠かせないでしょう。

〔朝日新聞・読売新聞より〕 
 

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2009年5月14日 (木)

虚偽の自白

 
 やってもいない殺人を、 「私がやりました」 などと 言うはずがない。

 そう思うでしょうか? 

 アメリカでは 罪を自白した人が、 後にDNA鑑定や 真犯人の登場などで

 無実となった例が、 71~02年に 125件ありました。

 81%が殺人で、 有罪となった事件では 43%が死刑か終身刑でした。

 捜査官は まず 「犯行現場から お前の指紋が出た」 などと、

 見せかけの証拠で 動揺を誘います。

 次に 「家族に食べさせるために やったんだろう」 と、

 罪を認めやすくする シナリオを展開するのです。

 疑われた人は、

 「 この場から 一刻も早く逃れたい 」という 気持ちに駆られ、

 「 捜査官のシナリオを 受け入れるのが唯一の道 」と

 考えるようになります。

 身も心も 疲れ果てた末、

 「 覚えていないが 自分がやった 」と 思い込んでしまうこともあります。

 虚偽自白の62%は 24才以下の若者です。

 精神障害や知的障害の人も 陥りやすく、

 取り調べ時間が延び、 睡眠時間が短くなると 誰でも確率は高まります。

 自白した人は、 「 本当はやっていないのだから、

 陪審員は分かってくれるだろう 」と 法廷に希望を託します。

 ところが 虚偽自白が判明した 事件の8割で、

 陪審員が全員一致で 有罪判決を下しています。

 だからこそ 自白に至る 全過程を録画し、 法廷で見せることが大切です。

 また心理学者が、 被告の 誘導されやすい性格などの リスクを、

 陪審員に説明する州もあります。

 日本では こうした仕組みがない中で、 裁判員制度が始まります。

 自白は 捜査のきっかけに過ぎない ということを、

 かみしめておく必要があるでしょう。

〔朝日新聞より〕
 

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2009年5月 5日 (火)

自ら望む執行 反省なく (その2) -- かえらぬ命 (11)

 
(前の記事からの続き)

 最近5年間で 79人の死刑が確定しました。

 その中で12人は、 自ら 控訴や上告を取り下げ、

 うち3人の刑が すでに執行されました。

「 死刑になりたかった 」

 昨年3月、 JR荒川沖駅で起きた 8人殺傷事件の

 金川真大 (かながわ まさひろ) 被告 (25) は、

 動機を供述しました。

 反省なく 自ら死を望む 死刑囚の存在は、

 究極の刑の意味を 問いかけています。

〔読売新聞より〕

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 大阪池田小学校事件の 宅間守, 秋葉原無差別殺傷事件の 加藤智大も、

 死ぬために できるだけ多くの人を 殺そうとしました。

 死刑になりたいという 動機の犯罪は、

 死刑制度の存続に 大きな命題を突きつけます。

 なお、 昨日の記事の 山地死刑囚のような人間は、

 もしかすると 反社会的人格障害の可能性があります。

 仮にそうだとした場合、 死刑が 苦痛にも償いにもならない 人間に対して、

 死刑はどういう意味があるのか 考える必要があるでしょう。

 反社会的人格障害は 治療が極めて困難だということも、 難しい問題です。

 ただ 重症でなければ、 「反社会的パーソナリティ・スタイル」 として

 落ち着いていく可能性が あるかもしれません。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/43890362.html

 「パーソナリティ・スタイル」 は、

 「パーソナリティ障害」 が その特徴を持ちながらも、

 バランスの取れた人格に 成熟していく考え方です。
 

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2009年5月 4日 (月)

自ら望む執行 反省なく (その1) -- かえらぬ命 (11)

 
< 今回の事件について 反省しているかと言えば、 答はNOです。

 後悔しているかと言えば、 その答もNOです >

 山地悠紀夫 (ゆきお) 死刑囚の供述調書には そんな言葉が並んでいます。

 2005年、 山地死刑囚は マンションに押し入り、

 上原明日香さん (当時27才),

 妹の千妃路 (ちひろ) さん (同19才) に 性的暴行を加え、

 ナイフで胸などを刺し 殺害したうえ、 部屋に火を放ちました。

 公判では、

「 当然、 死刑になると思います 」

「 死に対する恐怖はない 」

 などと、 表情を変えずに 語りました。

 明日香さん, 千妃路さんの父・ 和男さんは、

 意見陳述で 涙声を振り絞りました。

「 ナイフを刺される恐さ、 痛さ、

 意識がなくなっていくつらさを 分かってほしい 」

 しかし、 何を言っても 被告には届かない とも感じていました。

 山地の弁護士は、 こう考えます。

「 生きることに執着がなく、 他人の命にも 思いが至らない。

 心底反省するのは 無理だろう 」

 死刑判決が言い渡され、 弁護士は控訴しましたが、

 山地死刑囚は 自らそれを取り下げました。

 05年、 ネットの自殺サイトを使って 3人の男女を誘い出し、

 口や鼻をふさいで 窒息死させた 前上 (まえうえ) 博死刑囚。

 人が窒息するときの 表情を見て、 性的快感を得ようとした 犯行でした。

「 社会に戻っても、 再び人を襲うのではないかという 不安を抱えている 」

 自らそう明かし、 死刑判決を受けて 弁護士が控訴しても、

 それを取り下げました。

 被害者の母は、 次のように感じ始めています。

「 彼の場合、 死刑になることは 現実からの逃げでしかない。

 遺族だけが 苦しみを抱えて 生きていくことになる。

 死へ逃避するくらいなら、

 一生 悔やんでもらった方が いいのかもしれない 」

(次の記事に続く)
 

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2009年5月 3日 (日)

確定21年 …… 「長すぎる」 -- かえらぬ命 (10)

 
 1975年、 日本連合赤軍は クアラルンプールの米国大使館を占拠し、

 50人以上の人質を取って、 日本政府に 要求を突きつけました。

 政府は超法規的措置で、 過激派5人を釈放します。

 1年前の三菱重工ビル爆破事件の 犯人の一人、

 佐々木規夫被告も 含まれていました。

 松田將希 (まさき) さんは、

 そのテレビ画面を 複雑な思いで見つめていました。

 松田さんは 妹のとし子さん (当時23才) を、

 爆破事件で亡くしています。

「 妹の無念を思うと 悔しかった。

 でも、 死んでしまった人より、 人質になった人の 命が大切だから……」

 爆破事件の主犯格・ 大道寺将司, 益永利明は、

 87年に最高裁で 死刑が確定しました。

 しかし、 それから 21年たった現在も、 刑は執行されていません。

 共犯が 海外に逃亡しているのが、 執行できない理由の ひとつだといいます。

 大道寺死刑囚は述べています。

「 死刑とは 人間の生命と人権を 奪うものであり、

 廃止すべきだと 考えるようになった 」

 いま両死刑囚は 第3次再審請求を行なっています。

 76年の北海道庁爆破事件の 被害者・ 内山武三さんは この32年間、

 仲間の被害者が 次々と亡くなっていくのを 見てきました。

「 事件が風化し、 知らない世代からは

 『死刑囚がかわいそうだ』 という声が あがるかもしれない。

 人の命を奪う刑だから 執行に慎重になるのは分かるが、

 このままでは 被害者だけが苦しむことになる 」

 死刑執行まで長すぎる …… 被害者はそう呟きます。

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月 2日 (土)

冤罪主張 苦悩の遺族 -- かえらぬ命 (9)

 
 高橋和利死刑囚 (74) は、 法廷で一貫して 無実を訴えています。

 老いた妻が テレビに出演し、 「夫を信じている」 と話していました。

 それを見て、 高松節子さん (61) の心は揺れました。

「 刑が執行されれば、 私の悲しい気持ちは 変わるんだろうか。

 逆に、 事件に何の責任もない あの奥さんは、

 すごく苦しむんじゃないか…… 」

 節子さんの 父・ユン=インヒョンさんと 母・小林ハツさんは、

 事務所で 遺体となって発見されました。

 バールのような凶器で めった打ちにされ、

 1200万円が 盗まれていました。

 高橋死刑囚は事件当日、 事務所から 1200万円を持ち去り、

 別の借金を返済していました。

 警察で 殺害を自供しましたが、 物証や目撃者はありません。

 公判では転じて 無罪を主張。

「 事務所に入ったとき、 二人は すでに殺されていた。

 その場にあった 札束を欲しくなり、 取って逃げた。

 自白は強要された 」

 節子さんは、 冤罪ではないかと疑ったことは 一度もありません。

 ただ、 犯行を否認したままの 死刑囚を憎もうとして、

 憎みきれない思いも残ります。

 死刑を望んだ気持ちが 薄れつつあるようにも感じます。

「 両親、 中でも父は 凶悪犯罪を絶対に 許さない人でした。

 遺族である私が ためらいを見せるのは、 やはり社会にとってよくない。

 『 悪いことをしたら 報いを受ける 』

 というルールは きちんと守ってほしい。

 そう求めることが 遺族の責任だと思っています 」

〔読売新聞より〕
 

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2009年5月 1日 (金)

謝罪への一歩 老親に重く -- かえらぬ命 (8)

 
 拘置所にいる 一人息子の死刑囚に、 80才代の両親は、

 2ヶ月に一度 3万円を送り続けます。

 わずかな年金収入を 切り詰めて工面しています。

 事件後、 父は 検察官に訴えました。

「 すぐにでも死刑にして、 殺してください 」

 謝っても 謝りきれないことをした。

「 生かしてほしいとは 絶対に言えない 」

 今も そう思っています。

「 毎日毎日、 自分たちの体は 弱っていく。

 こっちが死ぬのが先か、 息子が執行されるのが先か 」

 別の死刑囚の母は 70才を超えても、

 毎月1回 2時間かけて 拘置所に足を運びます。

 息子が起こした事件で いかに多くの人が 苦しんだか、

 痛いほど分かります。

 本心は 再審請求をしてでも、 生き延びてほしい。

 でも そんなことを願う自分は ずるい、 とも感じます。

< 食べるものも 着るものもあるところで、 あなたが今、

 生かしてもらっていることに、 私は感謝しています。 >

 先日、 息子に そんな手紙を書きました。

 息子にとっても 死刑はつらいと思う。

 でも、 それが起こした事件の 責任を取ることなのだ。

 母は自分に そう言い聞かせています。

〔読売新聞より〕
 

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2009年4月30日 (木)

命の償い 望まぬ遺族 -- かえらぬ命 (7)

 
 ひつぎの中の顔は、 かすかに 微笑んでいるようにも見えました。

 2001年12月27日、 長谷川敏彦死刑囚 (当時51) の刑が執行され、

 2日後 教会で葬儀が営まれました。

 長谷川死刑囚に 弟の命を奪われた、 原田正治さんの姿もありました。

 弟の明男さん (当時30才) は、

 長谷川死刑囚に 保険金をかけられたうえ 殺されました。

 長谷川は 他にも二人を殺害しています。

 極刑を望む原田さんに、 長谷川死刑囚から手紙が送られるようになりましたが、

 1通以外は ごみ箱に捨てました。

 心に余裕ができたころ、 ふと 返事を書いてみると、

 手紙の数が 格段に増えました。

 原田さんは思い切って 拘置所を訪ねます。

 怒鳴りつけるかもしれないと 思っていましたが、

 全身に喜びをにじませて 訪問への感謝を 口にする姿を見て、

 怒る気が 失せていきました。

 その後も 3回ほど面会しました。

 長谷川が悔い改め、

 遺族のことを気にかけているのが 実感として伝わってきます。

「 彼のことを 許したわけではない。

 でも、 もっと生きて、 償いの気持ちを 伝え続けてもらいたかった。

 死刑からは何も生まれないと 思うようになった 」

 原田さんは一昨年、 被害者と加害者の対話を 進める団体を設立。

 加害者が 被害者に心から謝罪するよう 助言しています。

 オウム事件の被害者・ 河野義行さんも、

 自らの冤罪体験から 死刑を望みません。

 一歩間違えたら 自分も死刑になっていた。

「 遺族が犯人に 死刑を求める気持ちは 充分、 理解できる。

 だが、 憎しみに縛られていては 幸せになれない 」

〔読売新聞より〕

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 上記の原田さんは、 以前 ブログに書いたH氏です。

 被害者遺族自ら死刑に反対する H氏のことを、 下記から連載しています。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29733348.html
 

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2009年4月29日 (水)

謝罪の手紙 読み返し -- かえらぬ命 (6)

 
 江崎恭平さん (64) は 拘置所から届く手紙を、

 手許に置いて 何回も読み直しています。

 その数は 60通を超えました。

 うまい文章ではありませんが、

 一生懸命 書いているのだろうことは 分かります。

 1994年、 長男の正史さん (当時19才) と友人は、

 3人の少年に 因縁をつけられ、 金属パイプでめった打ちにされて、

 二人とも亡くなりました。

 少年らは 他にも二人の命を 奪っていました。

 公判中、 死刑判決を受けた 二人の少年から 手紙が届くようになりました。

( 現在上告中 )

 恭平さんには 手紙の言葉が きれいごとに見えましたが、

 手紙は送り続けられました。

 受け取りを拒否していますが、

 拘置所の作業で 溜めた現金も 年に一度届けられます。

< 読経や写経を させて頂く事と 請願作業をして頂ける賞与金を

 御遺族に送らせて貰うのが せめてもの気持ちですから (中略)

 今後も送らせて頂きたいと 強く想っています。 >

 二人の少年は述べました。

「 人の命を奪った人間が 言うのは許されないと思うが、

 できることなら 生きて償いたい 」

「生きて 何かできることを やっていければ。

 でも、 自分の立場を考えると、 死刑も やむを得ないと思う 」

「 今、 僕が生きているのは ありがたいことだから、

 ご遺族に恥ずかしくないように、 手紙をずっと書きたい 」

 恭平さんが 3人に死刑を望む気持ちは 変わりません。

「 反省の気持ちが伝わっても、 刑は 残忍な犯行に対する 結論。

 謝罪とは別なんです 」

 ただ、 今は手紙から

 彼らがどう変わろうとしているのか 読み取ろうとしています。

 妻のテルミさんは 手紙を前に 目を伏せます。

「 この子たちも 苦しんでいるんでしょう。

 でもそれ以上に 私たちは重いものを背負った。

 正史の声を もう一度聞きたい…… 」

〔読売新聞より〕
 

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2009年4月28日 (火)

市民が量刑判断での 心の負担重く

 
 今日のニュース 「スーパーJチャンネル」 (TV朝日) で、

 裁判員制度検証の 特集をやっていました。

 裁判員が判決を下すときの 心理的な負担についてです。

 冤罪の疑いのある 有名な袴田事件で、

 審理に当たった 熊本典道・ 元裁判官は、

 3人の裁判官のうち一人だけ 無罪だと確信しましたが、 合議で死刑が決定。

 しかも判決文は、 熊本氏本人が 書かなければなりませんでした。

 熊本氏は7ヶ月後に 裁判官を辞職、 自殺を図ったが 失敗したといいます。

 職業裁判官でさえ、 これほどまでの重責と 重圧に苛まれるわけです。

 裁判員に精神的負担を 与えることに備えて 最高裁は、

 24時間体制の 心理カウンセリングを準備しています。

 しかし これには、

「救急体制を用意したから 崖から飛び下りてくれ」 と

 言うようなものだとの 批判もあります。

 裁判員制度では 多数決で有罪無罪が決められますが、

 そのあとの量刑判断には、 無罪を主張した人も 加わらなければなりません。

 その結果、 死刑判決になる場合も あり得ますが、

 裁判員には 守秘義務があるため、

 自分は無罪に手を挙げた ということを、 生涯 口にすることができません。

 にも拘らず、 今まで600回行なわれたという 模擬裁判では、

 死刑判決相当の模擬裁判を 一件も行なわれていないというのです。

 模擬裁判で死刑を選択させても 何の検証にもならないと言うのですが、

 裁判員の精神的負担が 表面に出る前に、

 制度を始めてしまおうというのではないかと 思われても仕方ありません。

 最近、 裁判員制度にも 大きな影響を与えそうな、

 注目の判決が 相次いでいます。

 被告の解離性健忘を認めた 一審を破棄して、

 完全責任能力を示した 秋田連続児童殺害事件,

 状況証拠だけで死刑が確定した 和歌山毒物カレー事件,

 本日高裁で一審を破棄し 懲役7年から12年になった

 渋谷妹殺害 (バラバラ) 事件。

 状況証拠しかない事件や、

 犯人の責任能力という 目に見えない問題を

( 裁判所でさえ 一審と二審で 判断が異なるような )、

 一般人が ごく短時間で 正しく見極められるのか、 大きな危惧が残ります。

 僕は 国民の司法参加は必要だし、

 裁判員制度に積極的に 参加したいと思っていますが、

 如何せん準備不足で 拙速だと、 当初から述べています。

 裁判員制度開始まで もう一ヶ月ですが、

 どのような問題が起きるのか、 期待よりも 心配が多い気がします。
 

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2009年4月27日 (月)

遺族に終わりはない -- かえらぬ命 (5)

 
 森田泰元 (たいげん) さんの

 長男・ 泰州 (やすくに) ちゃん (当時9才) は、

 やっちゃんと呼ばれていました。

 星空の好きなやっちゃんを 誘拐・殺害したのは、

 泰元さんの知り合い・ 津田暎 (あきら) でした。

 遺体を遺棄した後、 身代金要求の 電話を重ねました。

 ギャンブルで借金を背負った 短絡的犯行です。

 泰元さん夫妻は、 法廷にもほとんど 足を運んでいません。

 津田被告と 同じ空気を吸うことすら、 嫌だったといいます。

 最高裁で死刑が確定し、

 弁護士は再審を勧めましたが、 津田死刑囚は断りました。

「 遺族は 『あいつはまだ生きとるんか』 と 怒っとるじゃろう。

 執行にならんと、 許してもらえんだろうな 」

 拘置所では聖書を読み、 泰州ちゃんの命日には 冥福を祈りました。

「 『あいつを殺すのは惜しい』 と 言われるような人間になってから

 執行されなければ、 泰州ちゃんの命との バランスが取れない。

 心の豊かな 人間になりたい。」

 死刑執行の時は 刑務官に礼を述べて 逝きましたが、

 遺族に 謝罪の手紙を 書くことはありませんでした。

 泰元さんは 死刑を当然と思っています。

 悲しみに耐えることに 精一杯で、

 それ以外なにも 感じることができませんでした。

 年月を重ね、 悲しみがかさぶたのように 固まっていく気もしますが、

 犯人を許せないという思いが 風化することはありません。

「 犯人は死刑になったら、 それで終わりかもしれない。

 でも、 私たちは死ぬまで 事件を引きずって生きていく。

 無期懲役にされたようなものです。」

〔読売新聞より〕
 

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2009年4月26日 (日)

執行 …… 迫る刑の重み -- かえらぬ命 (4)

 
 1994年、 平野勇は 牧場に押し入って 50万円を奪い、

 犯行を隠すため 放火。

 渡辺夫妻が焼死しました。

 娘の早月 (さつき) さん (当時45才) は、

「 平野被告に 両親と同じ苦しみを 味わわせたい」 と思い続け、

「 自分の手で 八つ裂きにしてやりたい」 と 本気で思いました。

 平野被告の両親の 住所を調べ、 訪ねて行ったこともあるそうです。

「 どんな育て方をした」 と問い詰めるつもりで、 玄関のベルを鳴らしました。

 幸か不幸か 留守でした。

 約12年後、 最高裁で 死刑判決を聞いたとき、

 早月さんは とても満足な気持ちだった ということです。

 弟の滋彦さんたちと、

「 執行されるまで5年、 10年もかかるんだろうね」 と会話を交わしました。

 その2年後、 刑が執行されました。

 滋彦さんは思います。

「 両親は 私たちがいつまでも 事件を引きずって、

 犯人への恨みの中で 生きていくことを 望んでいない気がする。

 これからはできるだけ、 そういう感情から離れたい 」

 早月さんが 刑の執行を知った時に 感じたのは、

「 何とも言えない 生理的な拒否感」 だったといいます。

「 まるで手の中で 生きた虫を 握りつぶしてしまったような、

 ざらっとした 嫌な気持ちだった 」

「 今回の事件で、 父と母が 平野死刑囚に殺され、

 平野死刑囚もまた、 国家の手によって 人為的に殺された 」

 という気がしてなりません。

 早月さんは、 死刑は必要だと思っています。

 ただ、 刑が執行されて 初めて知りました。

 死刑というものが、 あんなにまで生々しく、

 自分に迫ってくる ということを。

〔読売新聞より〕
 

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2009年4月25日 (土)

犯人の命ください -- かえらぬ命 (3)

 
 2004年12月、 一人暮らしの奈々さん (当時18才) は

 帰宅途中、 公園に引きずり込まれて 絞殺されました。

 3ヶ月後、 土木作業員の鈴木泰徳 (39) が逮捕され、

 1ヶ月余りの間に 奈々さんら3人の女性を 殺害したと自供しました。

 幼い二人の子供がいながら、 パチンコや酒で 借金を重ね、

 ストレスを溜めた末、 乱暴目的で 一人歩きの女性を探していたのです。

 父・ 寿 (ひさし) さんは、 死刑は当然と 考えていました。

 が、 母・ 博子さんは そう思えなかったのです。

 奈々さんは 難病である膠原病を抱え、 養護学校に通っていました。

 博子さんが見舞いに 養護学校を訪ねると、

 懸命に車椅子を動かす 筋ジストロフィーや 心臓病の子供に出会います。

「 長く生きられないことが分かっていても、 懸命に生きている。

 そんな子供たちを見て、

 生きていける命を ほかからの力で奪うことに 抵抗を感じていました 」

 第8回公判で 博子さんは意見陳述に立ちました。

 死刑でなく 終身刑を求める気持ちで 話し始めましたが、

 途中から 感情が溢れだしてきました。

「 私たちは 成長した奈々に会えないのに、

 犯人は 大きくなった我が子に会える。

 それだけは許さない……。

 私の心は どこまで醜くなるのでしょう。

 やっぱり 犯人の命をください……」

 地裁、 高裁とも 死刑判決が下り、 鈴木被告は上告しています。

 博子さんは 声を震わせます。

「 罪のない(犯人の)子供が 親に会えないことを願うなんて、

 おかしいと自分でも思う。

 でも、 もし被告が 無期懲役になることを考えると…… 」

 寿さんは語りました。

「 命の大切さを 分かっている妻は、 犯人の死を望む 自分を責めてきました。

 こんな思いをする家族を もう出さないためにも、

 落ち度のない人を殺せば 死刑だということを 示すしかないと思います 」

〔読売新聞より〕
 

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2009年4月24日 (金)

娘 奪われたつらさ 伝えたい -- かえらぬ命 (2)

 
 2000年、 宇都宮市の宝石店で 貴金属を奪い、

 女性従業員6人の 手足を縛って、

 生きたままガソリンをまいて 火を点けた篠沢死刑囚。

 被害者の一人・ 正恵さんの遺体は 損傷が激しく、

 父親は 死に顔を見ることも 抱き締めてやることもできませんでした。

「 熱かったね……、 苦しかったね…… 」

 そう声をかけるのが 精一杯でした。

 事件から8年半、 事件のことばかり 考えてはいけないと思いつつ、

 心から笑うことができません。

「 自分たちだけが 楽しんでいいのか? 」

「 犯人を憎むことが 生きがいになってしまった 」

 父は 証言台ではっきり  「極刑を望みます」 と言った。

「 悔しさと怒りで、 相手の死を願うことへの 抵抗感は全くなかった 」

 父親は 篠沢死刑囚が何を考え、

 事件を反省しているのか 知りたいと思うようになりました。

 直接会って、 親の辛い気持ちを 伝えたいと。

 しかし 死刑囚に面会できるのは 親族や弁護士, 数人の知人の他は、

 拘置所が特別に 必要と認めた人だけです。

 死刑囚本人が望まない限り、

 被害者の遺族が 面会できる可能性は ほとんどありません。

 それでも父親は 強く思っています。

「 罪の重さを知り、 心から反省してから 刑を執行されてほしい 」

〔読売新聞より〕
  

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2009年4月23日 (木)

遺族になって 考え変わった -- かえらぬ命 (1)

 
 裁判員制度も 目前に迫ってきました。

 少し前の 記事になりますが、

 読売新聞に連載されていた 死刑シリーズを紹介します。

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 オウム真理教の犠牲になった 阪本堤弁護士,

 妻の都子(さとこ) さん, 長男龍彦ちゃん (当時1歳)。

 都子さんの父・ 友之さんは、 次のような言葉を 残しています。

「 (犯人たちは) 死刑になるでしょうが、

 1回には殺したくない という気持ちです。

 死刑台に 載せては下ろし、 載せては下ろし、

 何日もやってもらいたいです。

 都子の分、 堤の分、 そして龍彦の分を やってやりたいです。」

 友之さんは 死刑制度にずっと疑問を感じ、

 死刑のない社会が 理想だと思っていました。

 都子さんにも  「人の命は地球より重い」 と言い聞かせ、

 都子さんは 人の痛みを感じられる 娘に育ちました。

 都子さんは 死刑制度を良いと 思っていなかったでしょう。

 阪本弁護士も 国が人を殺すことに 疑問を持ち、 死刑に反対の立場でした。

 しかし友之さんは、 当事者になって 考えが変わりました。

 死刑制度があって良かったと。

 一方、 死刑が確定した教団幹部の、 延命を望む遺族がいます。

 信者になった家族の 脱会活動をしている  「家族の会」は、

 阪本弁護士一家殺害の 実行犯・岡崎死刑囚の 執行停止を求め、

 4000人分の署名を集めました。

 「家族の会」 会長で、

 自らも教団に襲撃され 生死の堺をさまよった 永岡さんは、

 岡崎死刑囚に面会して 伝えました。

「 少しでも生き延びて、 教団に残る信者に、

 教団の誤りを 気付かせてほしい。」

 永岡さんは語ります。

「 教団に子供を奪われた 親たちにとって、

 (幹部の存在は) わずかな希望でもある。

 ただ、 犠牲者の遺族の方々には

 納得していただけないことも 理解している。」

〔読売新聞より〕 

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2009年1月15日 (木)

裁判員 悩む宗教界

 
 1月11日・ 読売新聞の記事からです。

 死刑判決もあり得る 裁判員制度を前に、

 人々の心の救済を 求める宗教の、 社会への関わり方が 問われています。

 裁判員制度では、 「人を裁きたくない」 という理由だけでは、

 裁判員を辞退できません。

 しかし、 宗教上の理由で 裁けない人もいるため、

 「裁判参加で 精神上の重大な 不利益が生じる」 と

 裁判官が判断した 場合に限り、 辞退が認められることになりました。

 浄土真宗では、

 「人間は誰でも 罪を犯す可能性を持つ 弱い存在」 と 説いています。

 「そんな自分が 他人を裁いていいのか」 と、

 抵抗感を持つ 僧侶や信者も多いといいます。

 浄土真宗の中で 死刑制度に反対している 真宗大谷派は、

 「裁判員に選ばれたら、 真宗門徒として

 死刑という判断はしない 態度が大切だ」 と述べました。

 禅宗の曹洞宗では、 「人を裁くことはできないと 思う一方、

 宗教者としての意見を しっかり述べることが大切」 と 悩む僧侶もいます。

 新約聖書で 「人を裁いてはならない」 とする キリスト教の、

 カトリック中央協議会。

 「私的な裁きは 認められないが、

 法治国家の 正式な裁判制度まで 否定はしていない。

 ただ、 被告の人権への配慮や 国民の充分な理解が必要だ」 としています。

 プロテスタントの神召教会・ 山城晴夫牧師 〔*注〕 は、

 「様々な考え方があり得るが、 非常に重い問題で、

 すぐには答が出ない」 と 話しました。

〔*注: 奇遇にも、 心子が通っていた教会の 牧師先生です。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/57390375.html

 神社本庁は、 「国民の義務として、

 裁判員に選ばれたら 原則参加する」 という立場です。

 裁判員制度や死刑と 教義との関わりを どう説明するか、

 どの宗教にも 降りかかってきます。

 裁判官もまた、 裁判員の選任手続きで 個々の内面を どこまで考慮するか、

 難しい問題に直面するでしょう。
 

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2008年11月20日 (木)

法相 サインの重責 -- 死刑執行の現実 (10)

 
(前の日記からの続き)

「 裁判記録は熟読したが、 目を通す前から、

 死刑執行命令書に 判を押さないと決めていた」

 91年、 佐藤恵元法相は、 真宗大谷派の住職でした。

「 仏教の教えからも、

 生まれてきた人の命を 勝手に絶つことは許されない 」

 一方、 同じ浄土真宗の 陣内孝雄元法相は、

 99年、 3人の死刑囚の 執行命令書にサインしました。

 3人とも 殺人を犯して服役し、 仮出所中に再び 人の命を奪ったのです。

「 被害者は どんなに怖かっただろう。 法秩序を守るためだ 」

 執行の数日後、 陣内法相は妻と共に 築地本願寺を訪ね、

 被害者と死刑囚の 供養をしたといいます。

 戦後、 死刑の執行は、76年まで 年間10人を超えていました。

 しかしその後 92年までは、 年平均1.4人という 時期が続きました。

 70年代末、 死刑囚の再審開始が相次ぎ、

 死刑制度を疑問視する 声が強まったのです。

 特に 佐藤元法相を含む 89~92年は、

 死刑執行のない 空白期間となりました。

 93年、 後藤田元法相は、

「 法相が責任を回避したら 国の秩序が揺らぐ 」として、 執行を再開しました。

 ただし、 反対論もあるため、 法相が国会で 説明に追われずに済むよう、

 国会開催中の執行は 避けられました。

 前任の鳩山元法相は、 国会の状況を問わず、

 ほぼ2ヶ月に1度のペースで 計13人の執行を命令しました。

 その都度、 執行対象者の氏名を公表し、 記者会見を開くようになりました。

 7ヶ月後には 裁判員制度の施行が迫っています。

「 死刑について 裁判員に 的確に判断してもらうには、

 刑の執行を 透明化しなければならない 」

 保岡前法相は そう指摘しています。

〔読売新聞より〕

(以上)
 

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2008年11月19日 (水)

ボタン押す重圧 -- 死刑執行の現実 (9)

 
(前の記事からの続き)

 退官した ある刑務官は、

 自分が関わった死刑執行を 鮮明に記憶しているといいます。

 薄暗い 3畳ほどの狭い部屋、

 コンクリートの壁に 赤いボタンが5つ並んでいます。

 壁の向こうは刑場です。

 5つのボタンのうちどれかが、 刑場の踏み板に連動しています。

 頭上の赤いランプが 点灯し、 「押せ」 と 看守部長の声とともに、

 親指で思い切り ボタンを押し込みました。

「 使命を果たせた という思いとともに、 緊張が解け、 力が抜けた 」

 執行命令書にサインする 法務大臣以上に、 刑務官はつらいでしょう。

 執行に伴う 刑務官の特殊勤務手当は 2万円だそうです。

 事前に幹部が、

 ひとつのボタンの回線を 踏み板につなげる 作業をしておきます。

 どのボタンなのかは 墓場までの秘密です。

( ボタンの数は 拘置所によって異なります。 )

 執行当日は 10人ほどの刑務官が 選ばれます。

 ボタンを押す役のほか、 死刑囚を 独房から刑場に 連れてくる役、

 踏み台の上に 立たせる役などに分かれます。

 一人の刑務官は、

 死刑囚が落下した反動で 揺れるロープを 両手で握りしめる役でした。

「 さっきまで生きていた人が 目の前で亡くなる。

 ショックでした」

 執行に関わったことを、

 同僚や家族にさえ 話せないという刑務官は 多くいます。

「 妻に話したら、妻はどんなに ショックを受けるだろうと思うと、

 とてもその勇気はない。

 今の小さな幸福を 守るために、 絶対 妻に秘密にしておきたい 」

 元所長を務めた 刑務官は、

 刑場に入ってきた 死刑囚に、 自ら 「今から執行します」 と 告げました。

「 刑務官として働いた 40年間で、 あれほど 重圧がかかったことはない 」

 その死刑囚の命日には、 自宅の仏壇に向かって 手を合わせます。

 刑務官の苦悩は大きいが、 誰かが やらなくてはいけない仕事だと、

 今も信じている といいます。

〔読売新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2008年11月18日 (火)

教誨 物心両面に負担 -- 死刑執行の現実 (8)

 
(前の記事からの続き)

 教誨師を30年以上務めた 僧侶は、

 執行直前の教誨をして 死刑囚と別れたあと、

 閉じられたカーテンの奥から  「ガタン!」 という音を 聞きました。

 その日の夜は、 動揺を抑えられなかったそうです。

「 被害者の不幸は悲しい。

 しかし、そのために何故、 加害者が死ななければならないのか 」

 宗教家として 命の尊さを説いているのに、

 死刑執行の一端を担う ジレンマを感じる 教誨師は少なくありません。

「 執行の日は 心が重すぎて 一人でいられず、

 拘置所から帰ると、 教会の人たちに 一緒にお祈りをしてもらう。

 本当は 教誨師をやめたい 」

 真言宗大谷派は 1998年、

 死刑は 宗派の教義に反するという 見解を発表しました。

 しかし 仏教系のある教誨師は、

「 死刑となる人に向き合い、 罪を自覚できる 内面を育てるのが 我々の仕事。

 死刑への疑問を 口にするべきではない 」と 自戒します。

 教誨師に負わされるのは 精神的負担だけではありません。

 経済的負担も のしかかります。

 犯罪被害者の気持ちを知るためなどの 研修会を開くと、

 何百万円もの持ち出しに なるといいます。

 刑場に置かれている 仏像の修理費100万円は、

 教誨師たちが出し合いました。

 国が活動費を支給している 保護司とは対照的です。

 教誨師に対する 国の支出は 交通費のみで、 年間約6600万円。

 一方保護司は 年間58億円です。

 しかし国には 政教分離の原則があるため、

 国が関与することは 難しいといいます。

 最近の拘置所職員は、 国は宗教を 押しつけられないとして、

 死刑囚に教誨を 熱心に勧めないそうです。

 死刑囚が急増しているわりに、

 教誨を受けるケースは 増えていないということです。

 後継者難も深刻化しています。

 国が真剣に考える時期に 来ているのではないでしょうか。

〔読売新聞より〕

(次の日記に続く)
 

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2008年11月17日 (月)

刑場まで付き添う 教誨師 -- 死刑執行の現実 (7)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/56587880.html からの続き)

 恨みに駆られて、 複数の命を奪った 凶悪犯。

 聖書を片手に 年老いた教誨師 (きょうかいし) は、

「 復讐はいけない 」と 語りかけました。

「 それが分かっていれば、 ここにいないはずだけど…… 」

 悔いを見せる死刑囚。

「 犯行の前に、 キリスト教に出会っていたら 」

 教誨師は 残念でなりませんでした。

 執行直前、 ある死刑囚は いきなり教誨師に抱きついてきました。

 体の震えが伝わってきます。

 教誨師は、 暗記してきた最後の言葉を かける余裕はなかったといいます。

 拘置所の死刑囚は、 希望すれば 月1回ほどの 個人教誨を受け、

 穏やかな心境で 死を迎えようとすることができます。

 ある教誨師は 明かしました。

「 刑務所の受刑者は 更生という希望がある。

 でも 拘置所に向かうときは、

 その希望がない 死刑囚のことを考えて 気が重くなる 」

 死刑確定者の 心の平穏を保ちつつ、 罪の重さを省みさせるのは、

 刑務官だけでは難しく、 宗教の助けが 必要なこともあります。

 教誨師の役割は 大きいといいます。

 豊島区の 霊園の片隅に、 ひっそりと立つ 東京拘置所の納骨堂。

 遺族が引き取りを拒んだ 死刑囚の遺骨が 納められています。

「 許されない罪を 犯した人であっても、

 せめて執行のあとは 他の霊と同じように 弔ってあげたかった 」

 引き取り手のない 遺骨を持ち帰り、

 自身の寺や教会の墓地に 葬る教誨師もいるそうです。

〔読売新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2008年11月 7日 (金)

拘置 最長37年 -- 死刑執行の現実 (6)

 
(前の記事からの続き)

 帝銀事件の平沢貞通死刑囚 (当時95才) が 1987年に獄死して以降、

 執行されないまま 死亡した死刑囚は7人。

 このうち4人は 70才以上で、 10年以上の拘置ののち 病死しています。

 2006年には、 拘置中にリウマチを患って 両足が不自由だった死刑囚が、

 車椅子で 刑場に連れて行かれ、 刑務官に両脇を抱えられて 受刑したといいます。

 一貫して無実を訴えている 袴田死刑囚 (72) は、

 80年に死刑が確定した 数年後から、

 意味不明な発言を 繰り返すようになりました。

 拘禁反応という 精神の障害が指摘されました。

 死刑確定から 20年以上拘置されている 死刑囚は9人おり、

 最長は 37年10ヶ月になります。

 法務大臣によって 執行数に差があったことや、

 再審や恩赦を請求している 死刑囚の執行が 控えられてきたためでもあります。

 再審の請求は 執行停止理由ではありませんが、

 万が一にも 冤罪の人の命 を奪ってはならないとして 対象から外されます。

 長期間拘置の間に、 病気や精神的な 問題が生じて、

 死を待たざるを得ない 死刑囚もいます。

 再審請求で 執行が先延ばしになる 弊害はありますが、

 執行されないよりは いいのかもしれません。

 それとは反対に、 早期に執行される ケースも出始めています。

 裁判員制度を念頭に 争点が絞られて、 わずか2ヶ月で 判決が出され、

 被告が控訴を 取り下げたため、

 2年8ヶ月という 異例の早さで執行された 死刑囚もいました。

 長期拘置の矛盾を 見つめなおすべきなのかもしれません。

〔読売新聞より〕

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/56719246.html

 

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2008年11月 6日 (木)

告知は1時間前 -- 死刑執行の現実 (5)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/56517461.html からの続き)

 「近づいてくる刑務官の足音が、 どの房の前で止まるか。

 奥歯をかみしめ、 耳を澄ませる。

 自分ではないと分かるまで、 体が固まって 動かなかった」

 死刑囚として再審無罪になった 免田栄さんは、 獄中生活をそう振り返ります。

 30年以上も 死の恐怖と隣り合わせでした。

 死刑の執行は 当日の朝、 死刑囚に告げられます。

 独房から呼び出され、 執行されるまでの時間は 約1時間。

 遺書を書いたり、 たばこを1本 吸ったりすることはできますが、

 スケジュールは 分単位で決められています。

 1970年代までは、 執行の数日前に 告げるケースもあったそうです。

 ある死刑囚は 執行の前3日間に、

 親族や弁護士と懇談して 別れを惜しみ、 好物の寿司を食べたり、

 他の死刑囚が 送別のお茶会を 開いてくれたりしたといいます。

 しかし 70年代中頃、 数日前に告知された死刑囚が 自殺する事件が起き、

 それ以来 告知は当日の朝になりました。

 「死刑囚が 常に精神的緊張を 強いられていることは遺憾だ」

 国連拷問禁止委員会は 日本政府にそう勧告しました。

 政府は 「当日より前に 告知すると、 死刑囚が不安定になり、

 深刻な精神的苦痛を 被る恐れがある」 と 反論しています。

 心情が安定している 死刑囚には、

 事前告知があってもいい という指摘があります。

 個々の事情を見極めて、

 事前告知と当日告知を 使い分けるべきではないでしょうか。

〔読売新聞より〕

(次の日記に続く)
 

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2008年11月 2日 (日)

独房で待つ日々 -- 死刑執行の現実 (4)

 
(前の記事からの続き)

 大阪池田小学校事件の 宅間守死刑囚は、

 大阪地裁の死刑判決後、 控訴を自ら取り消して 死刑が確定しました。

 自殺を試みたことがあるため、

 カメラで24時間監視される 自殺防止房があてがわれて、

 そのカメラに苛立っていました。

 拘置所の死刑囚の独房は、

 4畳ほどで 便器と洗面台だけが付いており、 冷暖房はありません。

 宅間は、 「執行を待つ苦しみは 刑に入っていない。 不当だ」

 とも 言っていたそうです。

 刑事訴訟法は、 死刑確定から6ヶ月以内に

 刑を執行しなければならないと 定めています。

 しかし実際は 早くても2~3年かかります。

 宅間は弁護士に、 「6ヶ月以内に執行しないなら、 法務大臣を訴える」

 という手紙も 書いていました。

 死刑囚は 他の服役者と異なって、

 心情を安定させるために ビデオや将棋,碁を 一人で楽しんだり、

 自費で菓子や果物などを 食べることができます。

 宅間は 控訴を取り下げた 理由のひとつに、

 死刑が確定すれば 待遇が良くなるからと 明かしていたそうです。

 かつては、 死刑囚たちが 一緒に野球をしたり、

 短歌や書道を習っていた 時代もありました。

 しかし近年は 死刑囚同士のトラブルを防ぐため、

 集団処遇は途絶え、 他の死刑囚と 顔を合わせないようにされています。

 運動も入浴も すべて単独で、狭い居室に ぽつんと放置されています。

 4分の1の死刑囚は 面会も全くなく、 外部から隔絶されているのが 実態です。

 死刑囚は 「死ぬ」 という 将来しかありません。

 心情を安定させて、 犯した罪と向き合わせることは 非常に難しいといいます。

〔読売新聞より〕

(続く)
 

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2008年10月31日 (金)

絞首 130年続く -- 死刑執行の現実 (3)

 
(前の記事からの続き)

 死刑は 「絞首して執行する」 と、 刑法で定められています。

 死刑囚は 踏み台の上に立ち、 クビにロープがかけられます。

 別室の刑務官3人が 同時にボタンを押し、

 そのうちの1つが 踏み板と連動しています。

 落下の衝撃で 回転するロープを、 押さえる役目の 刑務官もいます。

 死刑囚は 自分の体重で 首の骨が折れ、 呼吸が止まりますが、

 心臓が止まるまでは 15分くらいかかります。

 瞬時に意識を失うので、 本人は苦痛を感じないはずだ といいます。

 踏み板の下で、 医師が脚立を使って 死刑囚の胸に 聴診器を当て、

 心停止を告げると 刑の執行は終了です。

 遺体は清拭され、 白装束に着替えます。

 首に索条痕 (さくじょうこん) は残りますが、 出血などはないそうです。

 現行の絞首は 明治6年に始まり、 当時は 斬首も併存していました。

 絞首は斬首と違って 体と首がバラバラにならず、

 親族が遺体を引き取る時の 悲哀感情が軽いとされます。

 1955年 最高裁は、

 「絞首刑は、 斬殺,銃殺,電気殺,ガス殺などと比較して、

 特に人道上 残虐とは言えない」 と判断し、

 これが絞首を維持する 法的根拠となっています。

 一方アメリカでは、 電気椅子やガス室から、

 苦痛が少なく人道的とされる 薬物注射が主流になっています。

 しかし、 法務省は 執行方法を見直す 検討はしていません。

 死刑を執行する 国の責任として、 できるだけ苦痛が 少ない方法を、

 外部の専門家も入れて 検討するべきだと指摘されています。

〔読売新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2008年10月30日 (木)

順番早まった 宮崎死刑囚 -- 死刑執行の現実 (2)

 
(前の記事からの続き)

 鳩山法相のときから 法務省は、

 死刑を積極的に 執行する方向へ かじを切りました。

 宮崎死刑囚のT弁護士は、 宮崎の処刑が 遠くないと感じます。

 執行の順番は 判決確定順が原則ですが、

 再審や恩赦を 請求している死刑囚は 通常あと回しになります。

 宮崎は 確定順で中間でしたが、

 T弁護士は 犯行時の責任能力を問うため 鑑定依頼をしました。

 他の死刑囚も 焦りを感じ、 再審や恩赦の請求を 相次いで出します。

 新証拠もなかったり、 棄却された前回の再審請求と 全く同じ理由で請求する、

 “執行逃れ” が大半でした。

 この請求ラッシュによって、 鑑定順が早い死刑囚が 執行対象からはずれ、

 宮崎の順番は 繰り上がっていきました。

 鳩山法相は法務省幹部から、 そのことを耳打ちされたといいます。

 刑事訴訟法では、 精神疾患で 刑罰の意味を理解できない 死刑囚には、

 刑の執行を 停止すると定めています。

 しかし宮崎は 死刑廃止論者の安田弁護士に、

 即刻 自分の再審弁護士になってほしいと 手紙を出したため、

 法務省は 宮崎が死刑の意味を 理解していると分析しました。

 T弁護士は法務省に、 再審請求の新証拠を準備していると 伝えましたが、

 効果はなく、 宮崎の死刑は 執行されました。

 形式的な再審請求によって 執行が回避できる現状を、

 考え直すべき 時期かもしれません。

〔読売新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2008年10月29日 (水)

「心を鬼に」 法相サイン -- 死刑執行の現実 (1)

 
 読売新聞 10月4日から17日までの 社会欄に、

 「死刑・ 執行の現実」 と題した 記事が連載されました。

 その要約を 書いていきたいと思います。

 来年5月に 裁判員制度が始まり、

 誰もが死刑の判決を 下さなければならない可能性があります。

 世論では 死刑容認が多数を占めますが、

 厚いベールに覆われてきた 死刑の実態を、記事は明らかにしていきます。

 今年6月、鳩山法相 (当時) は 3通の死刑執行命令書を 差し出しました。

 そのうちの1通は、 4人の女児を殺害した 宮崎勤でした。

 鳩山氏は 裁判記録すべてに目を通して、

 事件の残虐性を 頭に叩き込み、 心を鬼にして サインをしたといいます。

 宮崎死刑囚の独房の 斜め向かいには、

 オウム真理教元幹部の 新実智光が収監されていました。

 法相のサインの4日後、 新美被告は

 宮崎死刑囚が 刑場に連れて行かれることに 気付きました。

 職員が 宮崎死刑囚の部屋の荷物を、 台車に乗せ始めたからです。

 執行の日は、 普段の担当ではない刑務官が 独房の扉を開け、

 死刑囚に 外に出るよう命じます。

 その瞬間、 死刑囚は 刑の執行を悟るといいます。

 刑場に向かう途中、 控室で処遇部長から 執行を告げられます。

 和菓子や果物, 熱いお茶が用意され、

 教誨師の話を 聞くこともできますが、宮崎死刑囚は 頼むことはなかったそうです。

 刑場の 手前の壁の祭壇には 阿弥陀如来像と十字架、

 奥には 太さ3センチのロープが 天井から吊り下がっています。

 床は、ボ タン操作で開く 110センチ四方の踏み板。

 宮崎死刑囚はそこに立ち、 白い布で 目隠しをされて、

 静かに刑を 執行されたということです。

〔読売新聞より〕

(次の記事に続く)
 

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2008年6月13日 (金)

体感治安悪化

 
 秋葉原で無差別殺人事件が 起きてしまいましたが、

 治安は本当に悪くなっているのか、6月10日の朝日新聞からの記事です。

 殺人,強盗,放火,強姦で逮捕された 「凶悪犯」 は、

 2000年は7488人でしたが、06年は6459人に減っています。

 ところが 04年の調査では、61%の人が 「治安が悪い」 と感じ、

 75.5%が 「過去より治安が悪くなった」 と 答えています。

 実際は 悪くなったとは言えないのに、

 体感治安が悪化しているのは 何故でしょうか? 

 通り魔的な事件が 頻発していることが、ひとつの要因と 指摘されています。

 犯罪と無関係だった人間が 突然、

 面識のない 不特定多数の人たちに 狂気の刃を向ける。

 自分もいつどこで 被害に遭うか分からない、という恐れでしょう。

 共同体の崩壊と 人間関係の希薄化が、漠然とした不安を 招くとも言います。

 犯行動機が明らかでない 事件が増えていることも、

 社会に不安を与える という意見もあります。

 動機不詳の凶悪犯は、00年の103人から、03年には140人に 急増しました。

 また、凶悪事件を大々的に取り上げる、ワイドショーやネットなど

 メディアの影響力などもあるだろうと、個人的には思います。

 しかし それでもまだ、他の国に比べれば 日本は安全だといいます。

 殺人事件の認知件数自体は、戦後混乱期を頂点にして 現在まで減り続けており、

 約3分の1になっているのです。

 ところで 12日の記事にも書いたように、終身刑を設けている 多くの国は、

 仮釈放を認めており、実質的に 日本の無期懲役と同じです。

 一方、昨日の記事のように、

 日本の無期懲役は 仮釈放のない絶対的終身刑に 近寄っています。

 死刑,終身刑,無期懲役刑を 考えるに当たって、

 このような事実を きちんと踏まえておく 必要があるでしょう。

 国民が量刑も決める 裁判員制度では、

 感情やムードに流されない 理知的な判断が 求められると思います。
 

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2008年6月12日 (木)

無期懲役の重罰傾向

 
 読売新聞にも、無期懲役囚に関する 記事が出ていました。
(6月1日)

 昨年は無期懲役囚が、新たに89人 入所して、

 戦後最多の1670人に なったということです。

 それに対して、仮釈放はわずか3人のみ。

 厳罰を求める世論や、仮釈放者の再犯を恐れる 社会不安が背景にあると見られ、

 終身刑創設の議論にも 影響を与えそうだといいます。

 無期懲役囚は 1998年に968人でしたが、昨年はそれが 7割以上の増加です。

 戦後混乱期に 1279人まで増えた後、

 84年に713人まで 減少していたのに比べ、急増しているのが分かります。

 新たに入所する 無期懲役囚の数も、90年代は 年間20~40人でしたが、

 03年には100人を超え、昨年は89人。

 一方、仮釈放は 98年に18人だったのに、その後は平均して 年9.5人、

 昨年は3人にまで 落ち込みました。

 仮釈放までの平均期間も、20年ほど前は 15年程度でしたが、’98年は約20年、

 その後 次第に長くなり、昨年は 31年10ヶ月まで延びました。

 今年4月時点での 入所期間を見ると、

 40年以上の受刑者が24人、55年以上も1人います。

 ’06年、仮釈放中に 事件を起こした元受刑者 (有期刑・無期刑を含む) は、

 殺人4人,強盗13人,傷害25人に上りました。

 厳罰化や再犯防止のために 仮釈放が認められにくくなり、

 事実上の終身刑化が 進んでいるといいます。

 死刑と無期懲役の間の ギャップが大きすぎるという批判が 常にありますが、

 現実にはその溝は 埋められきているようです。

 9日の日記に書いた 坂本敏夫氏の、

 運営面の改善は すでに行なわれているということですね。
 

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2008年6月11日 (水)

終身刑 是か非か (3) (終身刑反対,死刑廃止)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54654240.html からの続き)

 3人目は、死刑廃止の番組などを 手がけてきた、映画監督・坂上香氏です。

 坂上氏の TV番組や映画,著作は 僕もいくつか見ており、影響も受けました。

 坂上氏は、米国の終身刑囚を取材した 映画 「ライファーズ」 で、

 更生の可能性がないという 烙印を押された受刑者でも、

 変わることができるという 事実を伝えました。

 また、「アミティ」 という 受刑者更生プログラムで、

 受刑者を自分の罪に 徹底的に向き合わせることを 紹介しています。

(参考記事 http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/30977301.html

 アミティを体験した 受刑者の言葉があります。

「 釈放されるかどうかが 問題なのではない。

 たとえ 刑務所から出られなくても、自らの牢獄から 自分を解放することはできる」

 刑務所の 中でも外でも、変わるチャンスがあれば 人は変われると、

 坂上氏は訴えます。

 だが、だからこそ、社会に戻れる可能性を 絶つ刑罰には、

 死刑であれ終身刑であれ、賛成できないのだと。

 僕は 終身刑を死刑の代替刑として 考えていましたが、

 この主唱には インパクトがありました。

 終身刑があれば 死刑は減るのではないか という人の気持ちに 共感しながらも、

 期待はできないと 語ります。

 アメリカの幾つかの州で 終身刑が導入されましたが、

 死刑も終身刑も ともに増えただけで、死刑廃止には向かわなかったそうです。

(ただ、死刑を廃止して 終身刑を導入すれば、

 どういう結果になるか 分からないのではないでしょうか。)

 なお、欧米の終身刑の多くは、仮釈放の可能性があるということです。

 翻って 日本の仮釈放は、例えば ’07年では、

 1670人の無期受刑者のうち 3人だけで、

 日本の無期懲役が 軽いと思われるのは 誤解だと指摘しています。

 日本の刑務所は 労役が中心で、受刑者に 「なぜ罪を犯したのか」 という

 問題に向き合わせる機会は ほとんどありません。

 人間として 変わる機会がないまま 刑務所を出所した人は、

 罰せられたことへの 復讐心に満たされ、暴力の連鎖が 繰り返されるのだと言います。

 いま議論すべきは、罪を犯した人が いずれ社会に戻ってくる 前提で、

 彼らが変わるために 刑務所の中と外で、何をしたらいいか ということだと、

 坂上氏は強調しています。

〔 朝日新聞 (6月8日) より 〕
 

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2008年6月10日 (火)

終身刑 是か非か (2) (終身刑賛成,死刑廃止)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54638823.html からの続き)

 今日は、死刑廃止の運動をしてきた 大学教授・菊田幸一氏の意見です。

 菊田氏は、死刑に替わる 受け皿として、終身刑導入を主張してきました。

 当初は、仮釈放のない終身刑は 死刑と同じく残虐であり、

 重罰化に加担するもので 死刑廃止に逆行すると批判され、

 終身刑を口にするのも 難しい雰囲気だったそうです。

 今も 死刑廃止論者の間では、終身刑反対意見が 根強いといいます。

 ところが、被害者感情を重視して 重罰化傾向が高まり、死刑執行数も増えてきました。

 また、裁判で無期懲役を 言い渡す際に、「仮釈放には慎重に」 と注文をつけ、

 死刑と無期の落差を 埋めようとする判決も 出てきました。

 裁判員制度を前にして、終身刑導入を求める声も 聞くようになりました。

 死刑存廃を考える 橋渡しの意味で、具体的に議論が されるようになったことを

 菊田氏は評価しています。

 死刑制度を支持する 8割の世論があるので、終身刑には仮釈放をもうけず、

 厳しい刑として 理解を得るべきと言っています。

 
 終身刑が残酷な刑か ということに対して、ある死刑囚の言葉を 紹介しています。

「死刑囚が 精神を病むのは、いつ処刑されるか 分からない状況に 置かれるためだ。

 3畳一間に 死ぬまで閉じ込められていても、死刑執行がないと分かっていれば、

 その中の生活も また人生だ。」

 終身刑は受刑者の処遇を困難にする という意見に対しては、

 米国での調査の結果を 伝えています。

 長期より短期の 受刑者の方が、出所の可能性があるだけに むしろ、

 強い不満を抱いたり 激しく権利を主張したりし、処遇が難しい 傾向があったと。

 また、過去の死刑確定囚 100人以上を調べたところ、

 終身刑があれば死 刑判決にならなかったと 推定される事例が、

 2割あったといいます。

 少なくとも死刑判決が 減るのは確かだと、菊田氏は述べます。

 昨日の記事の坂本氏は、従来なら 無期懲役になっていた人に

 終身刑が言い渡されるだけで、死刑判決は減らず、重罰化になると 予想しています。

 しかし 菊田氏の見解のほうが、若干 実証的かもしれせん。

 ニュージャージー州では、死刑と終身刑が 併存していましたが、

 死刑が長年 執行されず、ついに死刑が 廃止されたそうです。

 菊田氏は、そういう段階を 踏んでいくためにも、

 受け皿としての終身刑を 訴えています。

(続く)

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54670087.html

〔 朝日新聞 (6月8日) より 〕
 

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2008年6月 9日 (月)

終身刑 是か非か (1) (終身刑反対,死刑存置)

終身刑 是か非か  (1) (終身刑反対,死刑存置)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54576590.html からの続き)

 朝日新聞で 終身刑法案の記事を受けて、終身刑是非の 特集が載りました。
(6月8日)

 3人の論者が 意見を述べており、それぞれの立場は、

 「終身刑反対,死刑存置」 「終身刑賛成,死刑廃止」 「終身刑反対,死刑廃止」

 と3様です。

 まずは、作家で元刑務官の 坂本敏夫氏、「終身刑反対,死刑存置」 の立場です。

 坂本氏は27年間、刑務官として 受刑者の処遇に当たってきました。

 その経験から 坂本氏は、終身刑の受刑者は 処遇が困難になるだろうと主張します。

 ただし、氏自身は 終身刑の受刑者に 接したことがないので、

 終身刑に対しては 想像による考えになります。

 死刑囚は 拘置所の独房に収容されますが、

 刑務官は 「殺さず、狂わさず」 を心がけ、

 刑の執行までに 贖罪の気持ちを抱かせようとします。

 その労力や精神的負担は、一般受刑者の 50人分以上になるだろうと言います。

 無期懲役の受刑者は、法的には10年で 仮釈放の申請ができるので

(実際に仮釈放されるまでの 平均期間は約30年)、

 「10年後」 を信じて 真面目に過ごします。

 しかし終身刑受刑者は その希望がなく、これ以上悪くならないのだから

 懲罰は恐れず、他の受刑者を 喧嘩に巻き込んだりするかもしれない と言います。

 けれども、「これ以上悪くならない」 というのは、

 死刑囚も 同じではないでしょうか?

 上記の理屈だと、死刑囚も 他の受刑者を巻き込む ということになります。

 実際の死刑囚の多くは、死に直面することで 命や罪の重さを認識し、

 改心の道を 歩み始めます。

 終身刑では その立ち直りの機会が失われると、坂本氏は述べています。

 しかし 終身刑囚も、死ぬまで何十年もの間、

 苦しんだり恨んだりしたまま 生きていくのは、耐えられないのではないでしょうか。

 死刑囚が 死の恐怖を克服するため 改悛していくように、

 終身刑囚も 自分の心の平安を求めて、罰を受け入れようと、

 自分の罪を見つめる努力を し始めるのではないかと、僕には思えます。

 
 死刑と無期懲役の 中間の刑罰として 終身刑を求める意見に対して、

 坂本氏は、仮釈放を認める条件を 厳しくするという 運用面の改善で、

 対応できると言っています。

 死刑廃止のステップとしての 終身刑創設意見に対しても、

 国民の多数が 死刑を支持しているなかで 死刑は減らず、むしろ、

 今までなら無期懲役になっていた人に 終身刑が言い渡されるだけだろう と言います。

 また 経済面から言っても、受刑者一人には 年間50万ほどの費用がかかり、

 高齢になれば医療費も増える と指摘しています。

 そこまでの 労力や税金を投じて、新たな刑を設けるべきなのかと。

 坂本氏は、死刑制度は存続しつつ、

 心底改悛した者には 恩赦で刑の執行を停止する などしながら、

 現状の改善をする方が先だと 提唱しています。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54654240.html

 

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2008年6月 5日 (木)

「終身刑」 法案

 
 裁判員制度を前にして、超党派で

 「終身刑」 を創設する 法案が進められているようです。

(本日付け朝日新聞)

 一般市民である裁判員に 死刑の判断をさせられるのか、

 ということが 議論のスタートだったそうです。

 しかし、終身刑賛成・反対,死刑賛成・反対という 様々な立場の議員がおり、

 考えはそれぞれ かなり異なっています。

 「市民が苦しまない制度を」 という 考えもあれば、

 「市民が一時の感情から 死刑を科してはならない」 という 意見もあります。

 もともと 終身刑の議員立法は、死刑執行停止などと合わせて 目指していたもので、

 死刑賛成派にとっては タブー視されがちだった といいます。

 しかし 死刑執行数の増加、光市母子殺害事件の死刑判決など、

 死刑の傾向が強まって、動きが変わったそうです。

 裁判員制度が始まって 死刑判決が増えることを危惧し、

 死刑存廃は議論は 置いておいて、とにかく 終身刑だけを検討しようと、

 超党派の会合が 開かれました。

 死刑論議が出てきたら辞める という議員もいるし、

 死刑廃止に向けて 何もできないよりは、少しでも前に進みたい

 という思惑の議員もいます。

 死刑廃止運動に 関わってきた人は、終身刑によって 死刑判決を減らし、

 死刑存廃の議論そのものに 繋げたいと考えています。

 しかし、終身刑が創設されて 死刑が存続されれば、

 ただ 重い刑罰を増やすだけの 結果になりかねない 危険性もはらんでいます。

 現在の日本では、無期懲役と死刑のギャップが 余りにも大きすぎることが、

 常に指摘されています。

 無期懲役は、10年を過ぎれば 仮釈放の申請ができますが、

 実際に仮釈放が認められる 平均の期間は、30年以上だといいます。

 それに対し終身刑は 仮釈放の希望がなく、生涯 牢獄に閉じ込められるわけで、

 死刑よりも残酷ではないか という意見もあります。

 でも 収入や住居などのない人が、捕まるために 犯罪を繰り返すケースも

 あるわけですから、刑務所は それほど居心地が悪いのだろうか という気もします。

 どちらにしても 議論をする人間は、

 自分で終身刑を 経験することはできないわけですから、

 海外の終身刑受刑者を 対象にした研究は できないものかと思います。

 僕としては、終身刑の導入は 急務だと思っています。

 それを契機にして、死刑存廃についても 議論が高まっていくことを

 願う次第ではあります。
 

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2008年5月11日 (日)

文化放送 「死刑執行」 (6) (裁判員制度)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54159247.html からの続き)

 死刑制度が 様々な問題を含んでいながら、国民的議論はなされていません。

 にも拘らず、一般人が 死刑を含む刑を下すという 裁判員制度が、

 あと1年で 開始されようとしています。

 司法への参加についても 死刑制度についても、

 国民の意識や考えは まだまだ高まっていないでしょう。

 そんな現段階で、裁判員制度の始動は 拙速ではないかと感じています。

 20年程度で仮釈放される 無期懲役の次は 死刑しかないという、

 極端な刑罰の 狭間に立たされたとき、

 国民は確信を持って 判断することができるでしょうか。

 死刑判決は全員一致にするべき という法案が出されたり、

 最初はもっと軽微な犯罪を 裁判員制度の対象にするべきだ という意見もあります。

 例えば、死刑の実態を知らない 裁判員が多くて、多数決で死刑になったが、

 放送を聴いて 死刑の悲惨さを感じた自分は 反対だった、

 という裁判員の苦痛は 如何ばかりのものでしょう。

 ところで、死刑制度反対を理由に 裁判員を辞退することはできない

 とされていましたが、心理的に 非常に支障をきたす場合は 免除される、

 という方向へ行くようです。

 しかし逆に、裁判員をやりたくないために 死刑反対と言い張る人が

 出てくるかも知れず、事前審査で それを見抜くことができるのか 不安も残ります。

 また、僕は 精緻司法に与するものですが、

 短時間で 難しい真実を 明らかにすることが可能なのか、

 冤罪や量刑不当のことも とても危惧しています。

(光市母子殺害事件・差し戻し審の 事実認定も詳細を極め、

 非常に長い時間を かけています。)

 裁判員が急かされるように 判決を出して、

 後になって 後悔を一生引きずる ということも起こるかもしれません。

 裁判員が マスコミ報道から受ける影響や、

 守秘義務についての 理解度や実効性にも、大いに疑問が付きまといます。

 不適切な人物を 裁判員に選んでしまう危険性や、

 その他にも問題は 山積していると思いますが、

 見切り発車をしてでも 実例を重ねていくしかないのでしょうか。

 しかし、“試行” 段階で 死刑を下されたとしたら、

 容疑者はそれこそ たまったものではないですね。

 控訴はできますが、それで 一審が覆されると、

 裁判員制度の意味は何なのか という議論も出てきてしまいます。

 ちなみに、僕が 残された人生の間に 裁判員になる可能性は、1%くらいでしょう。

 僕個人は (問題は多々あれ、施行するのであれば)

 是非 やってみたいと思っています。

 一方、嫌で堪らないという人も いるでしょうが、同じ条件で 抽選で選ばれます。

 積極的な意思を 持っている人を 優先した方が、真剣な裁判ができ、

 被告のためにもなるのではないか とも思ってしまうのですが……。

 ともあれ、裁判員制度や死刑制度について、

 皆がもっと よく考える機会が 増えることを願ってやみません。
 

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2008年5月10日 (土)

文化放送 「死刑執行」 (5) (感想)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54143995.html からの続き)

 番組は主観を排して 最後を締めくくっています。

 今まで 闇の中だった死刑執行現場を 生々しく伝えたことは、

 非常に意義のあることでした。

 敬遠されがちな 難しい題材を取り上げた 文化放送には、敬意を評します。

 番組放送後、局には 評価する電話などが 沢山ありました。

 でも中には、被害者側の声がないという 批判もあったそうです。

 極めて貴重な 録音テープですが、録音と編集の 状態が良くないので、

 それを補うための 番組の構成が重要になります。

 「死刑執行」 という 番組のテーマからして、

 死刑執行の現実を 人々に知ってもらい、

 裁判員制度を控えて、死刑を自分のこととして 考えてもらうのが目的でしょう。

 ひいては、死刑是認に傾いている世論を、

 バランスある方向へ 促すスタンスになるのは 必然的なことだと思います。

 また、拘置所関係者が作った という性質上、

 刑務官の立場が 重視されていることも 致し方ないかもしれません。

 ただし、刑務官という 個人の心情のために、

 死刑存廃という国家的な制度を 論じるべきではないと思います。

 刑務官に過剰な負担がかかるから 死刑はやめるというのではなく、

 もしも死刑が 必要だと言うのなら、

 刑務官の負担を減らしたり、なくする方向で 考えていかなければなりません。

 絞首刑でなく 薬物にするとか、人の手で注射するのではなく

 自動的に注入できるようにするなど、他の方法を考案するべきでしょう。

 そして 番組でも指摘していたように、死刑囚を拘置する施設 (人間) と、

 執行する施設 (人間) を 別にすることも肝心です。

 しかし それよりも重要なのは、国家が人を殺すということが、

 近代的・文化的社会として あるべき姿なのかということです。

 殺人に対して 殺人で返す応報刑は、

 国家が殺人者と同じレベルに なってしまうことではないでしょうか。

 刑務官の苦悩が、死刑という形の刑の 残酷さを、

 物語っていることになると思います。

 番組は、その不合理さを 実感として伝えたものの、

 まだまだ多くの人は それを知りません。

 国の方針として、死刑の現状を もっと明らかにするべきだと思いますが、

 長い間 状況は逆行してきていました。

 官民で情報を 公開していくことが望まれます。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54174871.html

 

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2008年5月 9日 (金)

文化放送 「死刑執行」 (4) (死刑囚の心中)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54126666.html からの続き)

 番組では、元検察官への インタビューもしていました。

 自分が担当した死刑囚から、手紙をもらった検察官の話です。

 その死刑囚は拘置所で 文鳥を飼うことを許可され、

 文鳥を世話することを通して、人間的な感情を回復し、成長していったといいます。

 また、舎房から外を眺めていると、雀をはじめ 多くの野鳥が見えるそうですが、

 あるとき雀の雛が カラスに襲われました。

 母雀は小さな体で カラスに立ち向かっていき、我が子を救おうとしました。

 しかしそれも叶わず、雛はカラスに 噛み殺されてしまいました。

 死刑囚は、その時ほど カラスを憎いと思ったことはなく、

 そして自分が このカラスだったのかと、自分を呪いました。

 しかし 過去の大罪を呪い、苛まれることによって、

 自分も成長するのではないか と思ったということです。

 彼の執行が決まったとき、彼から検事には お礼の手紙が届きました。

 自分に死刑を 求刑したことよりも、

 取り調べのとき 自分の話をよく聴いてくれた ことに対する感謝でした。

 検事は 刑の恩赦ができないかと 思っていたほどなので、

 彼に執行をする 必要があったのかという 思いになったといいます。

 ただし、この死刑囚が このような敬虔な気持ちになったのも、

 死刑制度があったからこそ だと思っている、と。

 
 番組で放送された死刑囚は、強盗を犯したうえ、警察官を射殺しました。

 死刑が確定してから 仏教に目覚め、次第に平静な心を 取り戻していったといいます。

 そして、ついに 執行のときを迎えるのです。

 刑場で所長と 固い握手を交わしますが、所長は感極まって 言葉になりません。

 立ち会いの検察官に 自らの罪を詫び、言葉を交わします。

 読経の中、死刑囚は刑務官に抱えられて 刑壇に進み、目隠しと手錠をさせられて、

 ロープが首に掛けられる、というナレーションが続きます。

 そしてガタン! という 刑壇が外される大きな音、

 滑車(?)の音、ロープがきしむ音が 響きます。

 読経、鐘を叩く音。

 医官が聴診器を当てる作業を 説明するナレーション。

「報告します。 死刑執行、2時59分。

 刑終了、3時13分2秒。

 所要時間 14分2秒。終わり。」

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54159247.html

 

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2008年5月 8日 (木)

文化放送 「死刑執行」 (3) (刑務官の苦悩)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54108303.html からの続き)

 現在、法務大臣の執行命令が出てから 5日以内に刑が執行され、

 死刑囚本人には 執行当日の朝に言い渡されます。

 以前は 執行の数日前に 本人に伝えられ、

 死刑囚が肉親に別れを告げる 時間が与えられていました。

 放送された録音テープには、

 死刑囚が 姉と最後の面会をする場面が 収録されています。

 死刑囚は涙を堪えながら、幸福だった 子供の頃の想い出,事件の謝罪,

 年老いた母親への思慕、可愛い子供のこと などを語ります。

 姉は終始 忍び泣いていました。

 また執行直前、残される死刑囚仲間に 一人一人挨拶する声も 収められています。

 それから 保安課長に連れられて、刑場へ向かう足音が 生々しく響きます。

 刑場の中に入り、死刑囚に所長から はなむけの煙草が与えられます。

 執行間際にも拘らず、死刑囚は 笑いながら昔話をし、

 刑務官たちの笑い声も 聞こえます。

 彼らの長年の 人間的な結びつきが現れています。

 刑務官は 死刑囚が容疑者の段階から、彼らの世話を していることが多いのです。

 被告の心の葛藤も 知っており、ずっと彼らの生活指導をしたり、

 辛い気持ちを吐露されて 励ましてきたりしました。

 長年家族のように 喜怒哀楽を共にし、恨みつらみや 哀れみも含めて、

 付き合ってきた関係です。

 そんな刑務官が 自らの手で、彼らに死刑を 執行しなければならない。

 人間として こんな辛いことは ないのではないでしょうか。

 執行は 刑務官がすべきではない、別の場所ですべきだ という主張もあります。

 刑務官は 執行のときのことを、

 何十年経っても 克明に、鮮烈に 覚えているといいます。

 そして罪の意識を 持ち続けているのです。
 

 刑務官は、拘置所で 死刑囚と長い間 直接向き合っていると、

 彼らが社会的に 非難されるべき人間だという 意識は薄れ、

 目の前の一人の人間という 気持ちで接するようになります。

 被害者感情に与するよりも、裁判で有利になるよう 相談に乗ったりするそうですが、

 それは人間として 当然な感情でしょう。

 「お前なんか死刑だ」 と言う刑務官は 一人もいないということです。

 一方で、ある刑務官は、拘置所の高い塀が、

 犯罪者を社会から守っている と感じることもあるそうです。

 表に出れば 厳しい攻撃を受けますが、それは 裁判所へ行ったときだけで、

 あとは 外からシャットアウトされます。

 社会に注目されている 凶悪犯だと、逆に大事にされたりもするそうです。

 そんなときは、被害者や社会感情を 大事にしなければいけないと思う

 と言っていました。

 年間600~700人の殺人犯が 裁判にかかり、

 そのうち99.9%の人は 命が繋がって 刑務所へ行きます。

(刑務所は矯正施設であり、社会復帰のために 服役する場所ですが、

 死刑囚は 矯正不可能と判断され、死刑執行まで拘置所で 待つことになります。)

 拘置所と刑務所の双方に 務めたことのある刑務官は、

 死刑囚とそうでない殺人犯に 何千人と接して、両者に違いはないと言います。

 刑務官は矯正職員で、服役者を社会復帰させることを 使命とする仕事です。

 そんな 教育者的な立場の人間が、人を殺すことも 仕事としていることを、

 非常に悲しく 残念だと述懐していました。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54143995.html

 

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2008年5月 7日 (水)

文化放送 「死刑執行」 (2) (執行の前後)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54095758.html からの続き)

 死刑を執行する刑務官は、死刑囚を刑場に 連れて行く係,目隠しをする係,

 手錠を掛ける係,首にロープを掛ける係,膝を縛る係,執行ボタンを押す係など、

 それぞれの役割を分担します。

 ただし これらの任務を 命じられるに当たって、妻が妊娠中だったり、

 家族に重病人がいたり、喪中の刑務官は 人道的配慮から免除されます。

 ある刑務官は 9人の死刑執行をし、その後 妻をがんで亡くしましたが、

 酒を飲みながら 漏らしたといいます。

「……俺、9人も 殺してるからな……」

 それ以上は 言わなかったそうですが、

 罰が当たったんじゃないか という意味合いなのでしょう。
 

 刑務官は執行前日、刑場の準備をします。

 死刑囚の身長に応じて、首を吊るすロープの長さを 調節するのも大事なことです。

 当日は 数秒の間に、死刑囚にロープを掛けて 落とさなければいけないので、

 押さえ方など 失敗しないように練習します。

 死刑囚がおとなしく 刑を受けるとは限らず、抵抗する場合もあるため、

 あらゆるケースを想定した 訓練もするのです。

 再審請求中なのだと言って 暴れる死刑囚もいるそうですが、

 冤罪かもしれない ということを考えると、刑務官の心中を想像するに ぞっとします。
 

 死刑囚の中には、執行を告げられると、顔がこわばり、失禁したり、

 冷静な人は いないといいます。

 刑場まで歩けず、刑務官に引きずられていく 人もいるし、

 最後の食事も 喉を通らない人もいます。

 祭壇を前にして 多くの人は観念するといいますが、そうでない人もいます。

 逆らう死刑囚に対する執行は 非常に難しいようです。

 あるケースでは、首にロープを掛けて ボタンを押す 手際がうまくいかず、

 死刑囚が宙づりになったまま、ロープを締め直さなければ ならなかったそうです。

 死刑囚は 頸椎損傷の即死ではなく、窒息死になったため、

 長い時間 苦しんで死ぬことになってしまいました。

 落ちたとき、口から何か出す人もいるし、鼻血などを出したり、

 筋肉の痙攣のため 空中を泳ぐように 手足を動かしたりもするそうです。

 それを まともな気持ちで見られる人間は いないといいます。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54126666.html

 

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2008年5月 6日 (火)

文化放送 「死刑執行」 (1) (刑場の実態)

 
 本日、文化放送の 「死刑執行」 を聴きました。

 死刑囚の処遇改善などを 訴えるために、

 大阪拘置所の関係者が 秘密に録音,編集した 死刑執行現場の音声です。

 番組では55分間 CMは一切なく、

 解説やインタビューの合間に 録音を放送しました。

 読経の中、刑壇が 激しい音を立てて抜け落ち、

 首を吊るしたロープが きしむ音も収録されています。

 刑務官の立場からの 視点が多かったですが、

 街頭インタビューや 元検察官へのインタビューも 含まれていました。

 もし自分が 裁判員になった場合、死刑判決を下せるという人,

 自分は嫌だという人,嫌だが仕方がないという人の 声が取り上げられていました。

 先日 あるテレビ番組の電話アンケートでは、

 8割か9割の人が 死刑を下せるという 結果が出て、

 僕も番組出演者も 驚いたものです。

 でもそれは、死刑の実情を知らず、観念的に考えているからではないでしょうか。

 番組の街頭インタビューでは、死刑を肯定しながら、

 日本の執行方法が 絞首刑であることさえ 知らない人たちもいました。

 誰が死刑を執行するのか、死刑囚はどこにいるかなどの 質問への答もおぼつきません。
 

 死刑囚は刑務所ではなく、全国7カ所にある 拘置所に収容されています。

 拘置所に設置されている 刑場は、

 高さ5メートルほどの コンクリートの建物で、外観は倉庫のようなものです。

 死刑囚は刑執行後、失禁したり 血管が切れて 血が吹き出たりするので、

 刑場の内部は 水で洗浄しやすい 作りになっています。

 刑場に入ると、中2階くらいの 吹き抜けになっており、

 右は壁、左はビニールのカーテンが 下がっています。

 カーテンを開くと、死刑囚がロープでつり下げられる 地下室が現れます。

 刑場の奥には 中2階にのぼる 狭い階段があって、

 階段の途中の壁に 押しボタンが3つ (施設によっては5つ) あります。

 死刑囚が立つ刑壇を 落とすためのボタンで、

 どれが 実際のスイッチに繋がっているか 分からないようにしてあり、

 刑務官の心理的負担を 軽減するためのものです。

 刑場の中2階に上がると、死刑囚が 最期の祈りを捧げる 祭壇があり、

 死刑囚の宗教に合わせて 仏壇や十字架がセットされます。

 祭壇の向かいの カーテンの奥には、

 1メートル四方の刑壇と、ロープを吊るす 滑車が設置されています。

 死刑囚は 祭壇で祈りを捧げたあと、手錠を掛けて 目隠しをされます。

 それから、回れ右をして カーテンの向こうへ歩かされ、刑壇に立ちます。

 同時に ロープを首に掛けられ、膝を縛られ、ロープが金具で締められます。

 そして合図によって ボタンが押されて、地下室に落ちるのです。

 2秒前後の間の 出来事だといいます。

 死刑囚は落ちる衝撃で 頸椎を損傷して、即死状態になります。

 地下室で待機していた 刑務官は、

 ぐるぐる回る死刑囚の体を 止めたりしなければなりません。

 次に二人の医官が、脈と心音を測ります。

 脈が止まってから、心臓が1~2回 鼓動することもあり、

 全て終わるのに 14~15分かかるということです。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54108303.html

 

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2008年5月 5日 (月)

「死刑執行」ラジオ放送(再掲)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/53807632.html からの転載)

 死刑執行現場の音声を 録音したテープを、

 文化放送がラジオ番組で 放送することになりました。

 5月6日午前10時から、

「死刑執行 (仮題)」 という番組で 55分間流します。

 音源テープは、1955年の実際の死刑執行を、

 大阪拘置所が 職員教育などのために 制作したものだそうです。

 文化放送は、裁判員制度を前に、死刑の現状を 広く伝えるためとしています。

 関係者への取材も含め、死刑の現状を 掘り下げる趣旨だといいます。

 死刑執行を告げる 刑務官の声や、読経、

 死刑囚と刑務官の 最期のやり取りなどが 録音されているということです。

 遺族の了承は 取っているとのこと。

 ただし、拘置所が作成したテープだとすると 客観性を欠き、

 実態を伝えていない可能性がある という意見もあります。

 法務省は、拘置所が執行を録音した事実は 確認していないといい、

 死刑囚に隠して 録音したものかもしれません。

 しかしながら、今まで全く 闇の中に閉ざされていた 死刑執行の現場が、

 一部でも公開されることは、

 死刑というものを考える上で 非常に貴重なことだと思います。

 1年後に始まる 裁判員制度では、

 誰しもが自ら 死刑判決を下す現実に 直面するかもしれないわけです。

 日本は先進国で唯一、死刑が増加傾向にありますが、

 大半の人は 死刑現場の実感を 持っていないと思います。

 自分の考えや裁きが どういう現実に繋がるのかということは、

 ぜひ 知っておかなければなりません。

 当日の放送を 心して聞くつもりです。
 

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54095758.html
 

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2008年4月17日 (木)

「死刑執行」 ラジオ放送

 
 死刑執行現場の音声を 録音したテープを、

 文化放送がラジオ番組で 放送することになりました。

 5月6日午前10時から、

「死刑執行 (仮題)」 という番組で 55分間流します。

 音源テープは、1955年の実際の死刑執行を、

 大阪拘置所が 職員教育などのために 制作したものだそうです。

 文化放送は、裁判員制度を前に、死刑の現状を 広く伝えるためとしています。

 関係者への取材も含め、死刑の現状を 掘り下げる趣旨だといいます。

 死刑執行を告げる 刑務官の声や、読経、

 死刑囚と刑務官の 最期のやり取りなどが 録音されているということです。

 遺族の了承は 取っているとのこと。

 ただし、拘置所が作成したテープだとすると 客観性を欠き、

 実態を伝えていない可能性がある という意見もあります。

 法務省は、拘置所が執行を録音した事実は 確認していないといい、

 死刑囚に隠して 録音したものかもしれません。

 しかしながら、今まで全く 闇の中に閉ざされていた 死刑執行の現場が、

 一部でも公開されることは、

 死刑というものを考える上で 非常に貴重なことだと思います。

 1年後に始まる 裁判員制度では、

 誰しもが自ら 死刑判決を下す現実に 直面するかもしれないわけです。

 日本は先進国で唯一、死刑が増加傾向にありますが、

 大半の人は 死刑現場の実感を 持っていないと思います。

 自分の考えや裁きが どういう現実に繋がるのかということは、

 ぜひ 知っておかなければなりません。

 当日の放送を 心して聞くつもりです。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/54095758.html
 
 

〔余談〕

 法務省が 裁判員制度のPRのために 設置した、

 「裁判員 参上!」 という看板が、センスがないと 顰蹙を買っています。

 どんな言葉がいいか、鳩山法相に ネットで寄せられた意見で 一番多かったのは、

 「友だちの友だちは 裁判員」

 だったそうです。 (^○^;)
 

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2008年1月 5日 (土)

死刑存廃について (8) 残酷な刑

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/52018590.html からの続き)

(4)残酷な刑の禁止

 憲法では 残酷な刑--体の一部を切断したり、鞭打ちなどの 身体刑を禁じています。

 一方で 憲法31条にはこうあります。

「何人も、法律の定める 手続によらなければ、その生命 若しくは 自由を奪はれ、

 又は その他の刑罰を 科せられない。」

 逆に言えば、法律を整備すれば 死刑という刑罰も可能だというのが、

 最高裁の判例であり、定説的な意見だそうです。

 しかしながら アメリカでの死刑執行方法は、

 絞首刑 → 電気椅子 → ガス → 薬物注射 というように、

 より残酷でないと思われる 方法に変わってきています。

(薬物注射も 残酷ではないか審理中)

 日本ではいまだに 絞首刑が続いていますが、

 死刑執行の現場を 公開すれば、嫌悪や反対意見,批判も出てくるでしょう。

http://www.geocities.jp/aphros67/030600.htm

 近代的,文化的な社会を標榜し、残酷な犯罪を犯してはいけないと 禁じている国家が、

 公に 残酷な刑を行使するのは 矛盾だと思います。

 「目には目を」 では、現代の成熟した 国家とは言えないのです。

 死刑は究極の身体刑であり、身体刑を否定する 近代刑罰体系の中で、

 異質の刑罰と考えられます。

 なお、絶対的終身刑は 

 社会復帰の希望を 完全に閉ざしてしまうため(恩赦という道はあります)、

 死刑より残酷だという 意見もあります。

 終身刑の受刑者が、死刑にしてくれと 訴えることもあるそうです。

 他の代替刑として、受刑者の更生状況によって

 仮出獄の可能性も あり得る終身刑など、でき得る方法を 探っていくべきでしょう。
 

 死刑存廃論議は 一部では根強くなされているものの、

 一般の人は表面的なことしか 認識していないのではないでしょうか。

 ともあれ、国民を巻き込んだ議論が 始められなければならないと思います。
 

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2008年1月 4日 (金)

死刑存廃について (7) 犯罪抑止力 2

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/52002894.html からの続き)

 次に 再犯予防についてです。

 死刑は 本人による再犯を、完全に根絶する 方法だといいます。

 しかしそれならば、絶対的終身刑でも 目的は果たせます。

 死刑は 応報刑の性質しか持たず、教育刑としての理念を 放棄してしまっているので、

 他の刑罰と比較して、近代国家が選択すべきものなのか 疑問です。

 矯正不能の人間を死刑にするのだと 言うかも知れませんが、

 アメリカで有効な方法として 行なわれている 「アミティ」 という

 更生プログラムさえ、日本ではまだ ほとんど知られていません。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/30977301.html

 このような更生プログラムの 研究・普及が、

 まず何よりも 求められることだと思います。

 重犯罪者は その生育歴において、本人の責任ではない 不幸な境遇で、

 人間性を阻害されて 生きてきたケースが少なくありません。

 その結果 罪過を犯してしまった 人間に対して、

 人間性の回復ではなくて 死を与えようとする社会は、

 人間存在への信頼という理念に 背くのではないかと思います。

 それは 不幸な環境を 黙認する社会であり、

 また次の罪業を生む 温床となるのではないでしょうか。
 

 ところで、死刑廃止国の多くは キリスト教圏であり、

 イスラム教圏,仏教圏の多くでは 死刑制度が支持されていると言います。

 文化的,宗教的背景を考慮せずに、死刑存廃を論じることは できないでしょう。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/52035264.html

 

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2008年1月 3日 (木)

死刑存廃について (6) 犯罪抑止力 1

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51991773.html からの続き)

(3)犯罪抑止力

 犯罪の予防効果には、一般予防論と特別予防論 というものがあります。

 前者は 刑罰があるために 犯罪の発生が抑えられるということ、

 後者は 犯罪者の再犯予防です。

 まず 一般予防について。

 人は殺人をするときは 興奮しているので、

 理性的に 死刑を免れることを考えるのは 無理だと言われます。

 一方、計画的な犯行や 組織的犯罪に対しては、予防効果は高いとも考えられます。

 けれども、死刑制度を 廃止した国において、

 その後 凶悪犯罪が減少した というデータは、かつて存在したことがありません。

 現在日本では 死刑制度がありながら、凶悪事犯が増加しているのは、

 死刑が威嚇効果を持たない という証拠かもしれません。

 しかし犯罪傾向は 様々な要因があるので、仮に 死刑を廃止していた場合、

 凶悪事犯は 更に多く発生しているという 可能性も否定できないでしょう。

 もし 死刑に抑止力があるとしても、そのために殺人を 思い止まった人間は、

 実際に事件を 起こしていないわけだから、統計上の数値に 出てきません。

 逆に死刑があると、それを逃れるために、目撃者や、傷害で済む被害者(=目撃者)を

 殺害してしまうことも 起こり得ます。

 さらに、死刑によって死ぬことを目的とした 殺人もあります。

(大阪池田小学校事件の 宅間守など)

 結局、死刑に犯罪抑止効果が あるのかどうか、

 正確に証明できる データはないのです。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/52018590.html

 

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2008年1月 2日 (水)

死刑存廃について (5) 誤判の可能性

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51947990.html からの続き)

(2)誤判の可能性

 冤罪,誤判があったら 死刑だと取り返しが付かない というのは、

 廃止論者にとって 非常に強力な論拠です。

 この一点だけでも 死刑は廃止すべきだとも言え、

 存置論者は明確な 反論ができていません。

 死刑以外でも 誤審の可能性はありますが、

 生きていれば 何らかの形での保証が まだできます。

 しかし 死刑が執行された後では、それが完全に 不可能だという点で、

 死刑は他の刑罰と 決定的に異なります。

 イギリスでは、1956年に 死刑廃止法案が出されましたが、

 内相が 近代裁判制度では 誤審はあり得ないと言って、廃案になりました。

 ところが その後に、1950年に死刑執行された事件の 真犯人が現れ、

 処刑された死刑囚が無実だった ということが判明したのです。

 そして 1965年の死刑廃止に、急速に 傾いて行ったということです。

 無実の人間が 死刑によって殺される おぞましさ、それに対する 痛みや怒りを

 リアルに想像できるかどうかは、その人の感性の 問題かも知れません。

 「取り返しが付かない」 というのは、冤罪だけはでなく、

 死刑執行後に 発覚した新事実で、極刑は重すぎたと 判明する場合もあります。

 裁判員制度でも、裁判員が 死刑の判断をした後になって、

 あれは違っていたのではないかと、後悔し 苦悩する場合もあり得ます。

 団藤氏の言う、死刑廃止なくして裁判員制度なし ということは、

 確かに言えるかもしれません。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/52002894.html

 

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2007年12月31日 (月)

死刑存廃について (4) 遺族感情 2

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51936066.html からの続き)

 さてそこで、死刑賛成者が必ず 口にする言葉があります。

「お前の家族や子供が、強姦され、目をえぐられ、残忍に殺されたら、

 それでも 犯人を死刑にするなと 言えるのか?」

 という類の 定番です。

 僕は、そういう事態になってみないと 誰にも分からないけれども、

 常に自分に 問いかけることはできる と答えています。

 廃止論者の 中山千夏は、

「もし私が 犯人を殺しに行こうとしたら、力付くで止めてください」

 と言っています。

 ただし それは半分冗談で、本当はそういう場合でも 彼女は、

 死刑はいけないと言えると思う と述べていました。

 団藤氏も語っていたように、遺族が報復感情を抱くことと、

 国家が制度として 犯人を殺すことは 別の問題です。

 「目には目を」 の復讐法典は 遠い過去のものです。

 憎しみの連鎖は 断ち切らなければなりません。

 成熟した法体系による国家は 叡智を持って、

 社会の尊厳という 理念を希求していくべきと思います。

 ヒトラーでも死刑にしないのか、という問いもあります。

 けれども そういう場合こそ、彼が何故 あのような狂気を犯してしまったのか、

 その背景に何があったのか、彼を生かして 探求していき、

 悲劇が二度と起きないように しなければならないのではないでしょうか。

 被害者遺族に対しては それとは別に、

 手厚く対応していく重要性を 重ねて述べておきます。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51991773.html

 

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2007年12月30日 (日)

死刑存廃について (3) 遺族感情 1

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51923846.html からの続き)

 死刑賛否の論点は 主に、

 遺族感情,誤判の可能性,犯罪抑止力,残酷な刑の禁止 があります。

 順に見ていきたいと思います。

(1)遺族感情

 多くの人が、被害者遺族の報復感情の 慰謝を理由に、

 死刑に賛成しているのではないでしょうか? 

 でもここが、僕が常に 一番訴えているところです。

 死刑によって 遺族の感情が 本当に慰撫されるのか? 

 それより カウンセリングやグループ療法など、心理的にケアをする プログラムが

 何よりも必須ではないか、ということです。

 経済的,法律的な 犯罪被害者支援は、ようやく一歩を 踏み出しましたが、

 心理的な手当ては 極めて遅れています。

 この分野の研究を、世界的に進めてほしいと 強く願うものです。

 受刑者の更生プログラム (後述) の 効力と共に、

 加害者が生きて 真に改悛し、心の底から謝罪して 罪を償うことこそが、

 被害者遺族の癒しに なるのではないかと思うのですが、いかがなものでしょうか。

 また、被害者遺族の全てが、犯人の死刑を 望んでいるわけではありません。

 死刑制度反対の信条を 持っている人もいるし、

 事件や犯人のことには もう触れたくない,思い出したくもないという人も

 少なくないのです。

 事実、死刑判決に強く抗議した 被害者遺族もいます。

 下記URLから始まる 一連の記事で、僕はそれについて 書いています。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29733348.html

 “被害者感情” という言葉が 一人歩きし、

 外野席だけが 「犯人を死刑にしろ」 と 声を荒らげている気がします。

 被害者遺族が 死刑を望まない場合でも、死刑判決が下されてしまうのは、

 本末転倒ではないでしょうか。

 我々は 個々人によってそれぞれ異なる、真実の 被害者遺族の感情というものを、

 理解しなければならないと思います。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51947990.html

 

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2007年12月29日 (土)

死刑存廃について (2) 団藤重光

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51911546.html からの続き)

 元最高裁判事・団藤重光氏が、判事補時代に担当した 毒殺事件をきっかけに、

 死刑廃止を確信するようになった 話は有名です。

 被告は 無罪を主張していましたが、高裁は死刑判決。

 団藤氏は、絶対に間違いがないか 悩みましたが、

 重大な事実誤認がなければ、最高裁は 高裁判決を破棄できません。

 如何ともしがたく、上告を破棄。

 退廷しようとした 裁判長と団藤氏の背中に、

 傍聴席から 鋭い声が突きつけられました。

 「人殺しーッ!」

 一抹の不安を 抱いていた団藤氏は、その言葉が 胸に突き刺さったのです。

 以来 団藤氏は、死刑廃止の意見を 発信しつづけています。

 被害者遺族が 犯人に死んでほしいと思うのは、当然だと 団藤氏は言います。

 しかし そういう自然な感情を 持つことと、

 国家が制度として 犯人の命を奪うのとは、全く別のことだと。

 世論では 死刑存置が多数ですが、

 政治は 国民の考えに従いながらも 指導しなければならない。

 川の流れを放っておけば 水害になるが、止めてもいけない。

 治水をし、正しい方へ導くのがいい と述べています。

 1年半後にも 裁判員制度が始まりますが、

 迅速で簡潔な 裁判になるため、誤判の可能性も 高くなると言います。

 被害者遺族が法廷で 意見陳述することもできるようになったので、

 裁判員が その場の感情に流され、極刑を下すこともありえます。

 ヨーロッパの参審制の国では、国民が被告に 死刑を言い渡すことはありません。

 団藤氏は、死刑廃止なくして 裁判員制度なし、と強調しています。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51936066.html

 

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2007年12月28日 (金)

改めて 死刑存廃について (1)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51895139.html からの続き)

 国連総会の 死刑執行停止を求める決議は、日本を筆頭とする 死刑存続国に対して、

 国際世論の多数派が 異議を唱えたことになります。

 現在、死刑を廃止・停止しているのは 133ヶ国、存続は64ヶ国。

 そのうち 昨年中に執行したのは 25ヶ国でした。

 日本は近年 死刑執行数が増加し (昨年9人)、

 世界の潮流に逆行して 孤立を深めている状態です。

 EUはじめ 世界の多くの国で 死刑存廃の議論を経て、

 死刑廃止・停止の流れが 急速に広がっています。

 米国も、薬物注射という執行方法が

 「残虐な刑罰」 に当たるかどうかを 審理するため、期限付きの執行停止中です。

 しかし日本は いまだに絞首刑が続けられ、是非の論議さえ されていません。

 日本では、凶悪犯罪報道の増加と 体感治安の悪化によるためか、

 死刑賛成の世論が 8割にも上っています。

 しかしそれは、国民が 死刑の実態を知らされず、

 真っ当な議論が 始まってすらいないからではないでしょうか。

(絞首刑の実際が 下記のWebページに書かれています。
http://www.geocities.jp/aphros67/030600.htm

 死刑制度に関する記事を、僕は 以下のページから続けて掲載しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29545347.html

 ここで改めて、死刑制度の是非について 再考してみたいと思います。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51923846.html

 

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2007年12月27日 (木)

死刑論議と宮崎哲弥

 
 先日、国連総会で、死刑執行を一時停止する 要請の決議案が 可決されました。

 それを受けて 「死刑廃止と死刑存置の考察」 という Webページに、

 評論家・宮崎哲弥〔*注〕と 慶大法学部教授・駒村圭吾の論考が、

 紹介されていました。

http://www.geocities.jp/aphros67/indexs.htm

 次のような主旨です。

『人間には、国家成立以前に 持っていた 「自然権」 がある。

 そのなかに 「報復権」 というものが 含まれ得る。

 しかし 国家の成立によって、報復権は 個人から取り上げられた。

 「万人の万人に対する闘争」 「暴力の連鎖」 を防ぐためだ。

 国は 個人の報復権を 代理で履行することになった。

 従って死刑は、国家が 被害者に成り代わって、

 報復権を 適正かつ安全に代行する 制度である。』

 一見 それらしいですが、どうでしょう? 

 確かにこれは、応報としての刑罰の 正当性を述べてはいますが、

 それが即、死刑制度を肯定する ことにはならないでしょう。

 死刑存廃論議は もっと広く、深く、

 伸展されていく必要が あると思います。

 僕は現在は、死刑廃止と声高に 断言はできなくなっています。

 それは 本村洋さんの影響があるでしょう。

 死刑賛成論者と死刑廃止論者は、真剣に考えていけばいくほど、

 お互いに近づいていくという 至言があります。

 しかし僕は、上記のように 世界の趨勢から言っても、

 理念として やはり死刑廃止を 求めていきたいと思っています。

 再び自分の中で よく考えてみなければいけません。

 
*注:宮崎哲弥は、心子と僕が一緒に 駅前のドラッグストアーに入ったとき、

 店内にいるのを 見かけました。

「今、評論家の宮崎哲弥がいた」

 と僕が言うと、心子はミーハーっぽく、

 わざわざ戻って 見にいったのでした。 (^^;)
 

(続く)

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/51911546.html

 

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2006年6月23日 (金)

自立更正促進センター

 
 今日の朝日新聞に、「自立更正促進センター」という記事が載っていました。

 刑務所を満期出所した人や、仮釈放中の人の更正,社会復帰を支援するため、

 法務省が 主要都市に設立するという構想です。

 現在、殺人や放火など 凶悪事件を起こした人は、出所後も受け皿がなく、

 定住も就職も できないケースが多いそうです。

 そのため収入もおぼつかず、生活保護も受けられず、

 再び犯罪に手を染めてしまう 傾向が高いといいます。

 「刑務所に戻りたい」という動機で、

 出所後ふたたび 重大犯罪を犯してしまう場合もあります。

 仮釈放されずに満期出所した人の 5年後の再犯・逮捕率は、

 何と62%だということです。

 
 刑務所の受刑者への「矯正」分野と、社会での指導監督をする「保護」分野とが

 分断されて、連携は不充分なのが現状です。

 それが 受刑者なスムーズな社会復帰と、再犯率の減少を妨げています。

 刑務所と社会をつなぐ、新しい試みが「自立更正促進センター」です。

 ハローワークと連携し、仕事のあっせんや 雇用の掘り起こしをするそうです。

 しかし課題も多く、各人に応じた きめ細かい処遇プログラムなど、

 ソフト面の開発が不可欠でしょう。

 刑務所内での矯正機能も不備で、

 受刑者の心の更生をはかるプログラムを 充実させていくことも望まれます。
 

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2006年6月18日 (日)

死刑と無期の「境界」

 
 今日の朝日新聞の記事からです。

 光市母子殺害事件に対する 最高裁の上告審判決が、20日に言い渡されるそうです。

 高裁の無期判決が破棄され差し戻し、または、死刑判決が出される可能性が言われていますが、

 死刑になるか無期になるか、過去の「境界事例」を挙げて 解説していました。

 死刑と無期の一番の境目は 被害者の人数で、

 1人だと無期懲役以下、3人以上は死刑となるのが通例です。

 この事件のように、2人の場合が裁判官を悩ませるそうです。

 もちろん他の要因もあり、人数だけで決まるものではありません。
 

 加害者の犯行後の情状も そのひとつですが、

 この事件では、加害者が友人に宛てたという 手紙の内容が取り上げられています。

 被害者や遺族を愚弄する 不謹慎で身勝手な文面は、人々の感情を逆なでしました。

 被害者遺族や国民の処罰感情に、大きく響いたことは間違いありません。

 ここ10年で 死刑判決の割合は上昇しており、

 「治安情勢や国民の処罰感情など 社会全体の情勢と、

 裁判所の量刑は 無関係ではない」ということです。

 また、女性や幼児が被害者の場合に、量刑に“重み付け”がされるそうです。

 一方、加害者が未成年というのは、さほど重視されないとのこと。

 近年、少年法や刑法が厳罰化されている影響でしょうか。
 

( 国民が直接 審理に参加する「裁判員制度」が 3年後に開始されますが、

 国民の処罰感情が 量刑により強く反映されることになるでしょう。

 裁判員制度では 争点の簡略化にともない、

 上述の加害者の手紙のような、素朴な感情に訴える根拠ばかりが

 取り沙汰されはしないかと、懸念します。

 重大な判決は、総合的で精緻な観点から 熟慮されるべきと思います。)
 

 光市母子殺害事件の加害者は、これまで起訴事実は争わずにきましたが、

 上告審になってから、殺意はなかったと言いはじめました。

 被害者遺族の本村洋さんの見解では、死刑の可能性が出てきて 初めて、

 加害者はその判決を免れるため あがいているのだと言っています。
 

 本村さんには 生前の心子もともに近距離で会っていますし、

 罪悪を決して許さない心子でした。

 僕は必ずしも 死刑を期待するものではありませんが、

 2日後の最高裁判決の行方が、非常に注目されるところです。
 

(関連記事  http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29299802.html
 

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2006年4月14日 (金)

「人間関係を紡げる環境が必要」

 

 おとといの読売新聞に、少年法改正案(懲罰化)についての論点が載っていました。

(記事は下にコピー)

「警察の介入や少年院収容という手段で解決しうるのか。」

「子供の成長に最も重要なものは『自己肯定感』」

「『生きていていいんだ。自分は愛されている』という確信を得られなかった子供は、

 決して自分らしく生きる力(自律性)も、他人のことを考える力(道徳性)も持つことはできない。」

「不安や無気力や恨みのなかで、自己や他者破壊へと追いやられる。」

「『自分の思いや願いを自由に表明する権利』を子供に保障」

 などという意見が述べられており、まさに、昨日まで連載していた「アミティ」の理念と一致します。

 また、成育環境の影響で生じてしまう境界性人格障害などにも通じるものです。

(ただし、人格障害と凶悪犯罪は、反社会性人格障害を除いてあまり関連性がありません。)

 やはり子供が健全に成長するためには、親をはじめ周囲の親愛の情がどれほど不可欠なのかということを物語っていると思います。

 つまるところ、人間にとって最も大切なものは愛情なのですね。

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*読売新聞より

[論点]少年法改正案 人間関係紡げる環境必要
 福田雅章(山梨学院大法科大学院教授)

 再び少年法が改正されようとしている。今の国会に提出された改正案は、〈1〉刑罰を問えない14歳未満の子供(触法少年)に対する警察の調査捜索権限を認め、少年院への収容を可能にする〈2〉将来犯罪を犯すおそれのある子供(ぐ犯少年)にも警察の調査権限を認める〈3〉保護観察中で順守事項を守らない子供の少年院への収容を可能にする――といった内容である。

 長崎県で2003年7月に起きた12歳の少年による幼児誘拐殺害事件など凶悪事件の低年齢化をきっかけに、現行の少年法では福祉の対象となっている触法少年やぐ犯少年に対しても、警察権限の介入を認め、さらには少年院への収容を拡大することで、懲罰的かつ治安的な対応を強めようとしている。

 だがその前に、最優先して問わなければならないのは、「子どもの成長発達とは何か」「そのために家庭、学校、社会はどうあるべきか」といった根元的な課題であろう。

 なぜ子供は非行に走るのか。法改正を支持する人々は、非行少年は「独りよがりで他人のことを考える力がない」「規範意識が低い」と言う。その通りである。しかし問題は、なぜそうした子供が次々に現れるのかという点にある。さらに言えば、それは警察の介入や少年院収容という手段で解決し得るのかということにもつながる。

 現代の心理学は、子供の成長にとって最も重要なものは「自己肯定感」だと言う。それは、自分をそのまま受け容れてくれる養育者(親、教師など身近な者)との人間関係(安全基地)を通してのみ可能になる。

 例えば、大人には到底受け入れがたい呼びかけにも、子供は誠実に応えて欲しいと思っている。それが非行のような問題行動であったとしても、説教や叱責(しっせき)、大人の期待の押し付けではなく、「そうだったんだ。大変だったね」と、ありのままに受け止めてくれる応答を求めているのだ。

 ところが、そのような大人との関係を持つことがなく、「生きていていいんだ。自分は愛されている」という確信を得られなかった子供は、決して自分らしく生きる力(自律性)も、他人のことを考える力(道徳性)も持つことはできない。自分は「親や先生の期待に応えられない、情けない子だ」と感じ、演技に疲れ、最後には、不安や無気力や恨みの中で、自己や他者破壊へと追いやられる。

 だからこそ、「子どもの権利条約」は、成長発達に不可欠な受容的な人間関係を実現するために、「自分の思いや願いを自由に表明する権利」を子供に保障し、誠実な応答義務を大人に課しているのだ。

 同条約や心理学の見地に立てば、触法少年やぐ犯少年は、成長発達できなかった犠牲者と言っていい。警察への調査権限の付与や少年院収容の拡大は、更生に必要な人間関係の形成を不可能にする。子供は、自分に不利益な情報を警察に提供する親や教師、保護司を信用することなどできない。また少年院は、厳しい規律の下で集団訓練を強いる閉鎖施設であり、子供にとって安全基地とはほど遠い。

 戦後日本は経済発展を最優先させ、豊かな社会を築いた。しかし同時に、子供の成長発達に不可欠な「お互いをありのままに認め合う人間関係」を忘れてしまった。今こそ、子供の成長発達、私たちの幸せ、そして社会の発展のために、人間関係を紡げる家庭や学校、社会を創造する必要がある。それが非行の芽を摘む近道と思うからだ。

(以上)
 

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2006年4月13日 (木)

憎しみの連鎖を断つ/「アミティ」(9)

 
 アミティのプログラムは受容的であるため、受刑者に対して本来の刑罰的な意味合いを持てないのではないか、という懸念があります。

 しかし受刑者たちは、今まで記憶の底に押し込めていた、虐待や迫害などの無残な体験に直面するという、この上なく辛い作業を強いられるのです。

 それは非常に厳しい刑といえるかもしれません。

 そして、その道のりを経ないことには、彼らの精神が立ち直っていくことはありません。
 

 アミティの思想を学ぶことは、暴力の連鎖を断ち切り、「憎しみの再生産」ではなく「命のつながり」を実感することです。

 「罪を犯したのはその人の一部」であると、犯罪者を全人格的に捉えていくことが求められます。

 そのとき、我々自身の価値観が問われます。

 人が変われるかどうかは、その人が希望を見つけられるかどうかにかかっています。

 それには、その人の可能性を信じ、一人の人間として受け入れていくという支えが、何よりも大切でしょう。
 

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2006年4月12日 (水)

「解毒作用」と「エモーショナル・リテラシー」/「アミティ」(8)

 アミティでは自分の体験を語ることによって、感情の発散の仕方を学び、

 体の中にたまった毒素を「解毒」していく試みを行ないます。

 体験を表現し訴えるためには、まず自分の体験に「名前」をつけることが必要になります。

 自分の感情や情緒をあるがままに受け止めて、言葉で表現する力、それが「エモーショナル・リテラシー」です。

 多くのレジデントが、この能力を身につけるのに何年もの時間を要するのです。

 その際、似たような体験をしたスタッフが、

「お腹がよじれるような感じ?」「誰かに助けてって言いたかったんじゃない?」

 と、言葉を補っていきます。

 そして、本人の口から自分自身の言葉が出てくるまで、辛抱強く待つのです。

 ときには何日も、何ヶ月もかかることさえあるといいます。

 ある女性のレジデントは言いました。

「変わることは難しい。

 でも、ここにいる仲間は私が失敗することを許してくれる。

 そのことを責めないで支えてくれた。

 私を新しい人生へと導いてくれたのは、社会ではかつて『凶悪犯』という烙印を押された人々だったんです。」

(続く)
 

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2006年4月11日 (火)

「ハビリテーション」/「アミティ」(7)

 
 レジデントたちには、「リハビリテーション」ではなく、「ハビリテーション」が必要だといいます。

 リハビリテーションとは元の状態に回復することを言いますが、彼らは元々普通の状態を獲得できなかった人たちで、

 「ハビリテーション」=「ゼロから学び直すこと」をしなければなりません。

 「矯正」や「懲罰」という前に、未熟な精神を「育ててあげる」という養育的配慮が必要なのです。

 あるレジデントは、2年間のプログラムを経ましたが、いまだに泣いたことがなく、なぜ人が泣くのか理解できないと言いました。

「哀しいという感情も愛するという感情も、まだよくわからない。

 でも、今がんばって理解しようとしているところなんだ」と微笑みました。

  幼児期のトラウマは、これほどまで人間の精神を破壊してしまいます。

 そしてアミティのプログラムは、その荒廃した砂漠に、希望という種を植えていく作業なのです。

(続く)
 

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2006年4月10日 (月)

子ども時代を剥奪された者の文化/「アミティ」(6)

 
 子ども時代に心の傷を受けた人たちは、それを放置しておくと、成長して犯罪に走ったり、

 自分自身を傷つける行為をするようになってしまいます。

 彼らには次のような特徴があります。(「アリス=ミラーのパラダイム」という)

○小さな子どものときに傷つけられたが、そのことを誰にも知られていない

○被害を受けたことに対して怒りをぶつけることができなかった

○傷つけられたことが相手の善意によるものだとして、感謝で応えようとしてしまう

○すべてを忘れてしまう

○大人になってから、内にためた怒りが他人や自分自身に向いてしまう

 彼らはそうして、「子ども時代を剥奪された者の文化」を担うことになってしまったのです。

 子供のときのトラウマのために、健全な精神の発達を阻害され、

 人間の自然な感情を理解したり、表現したりできなくなってしまうのです。

 彼らは言います。

「警察、裁判所、刑務所と行く先々で、『反省しろ』と言われ続けた。

 でも、一体何をどのように反省していいのか分からなかった」と。

(続く)
 

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2006年4月 9日 (日)

「少し先行く人々」に支えられて/「アミティ」(5)

 以前受刑者だったスタッフたちは、アミティのプログラムを受けたあと、専門的なトレーニングを受けます。

 そしてカウンセラーの資格を取り、インターンを務めてから、ようやくスタッフとして認められます。

 彼らは、今プログラムを受けて甦生しようとしているレジデント(居住している受刑者)の、「少し先行く人々」なのです。

 アミティではグループセラピーを通して、レジデントが自分の生い立ちを見つめます。

 音楽に合わせて踊りながらゲームスタイルのワークショップなどで、レジデントは少しずつ自分の過去を語り始めます。

 語るうちに彼らは、今まで押さえ込んでいた記憶のふたが突然開いてしまったように、感情があふれ出て激しく嗚咽したりします。

 また、仲間に励まされつつ必死に語りながら、爪をかじったり、足をカタカタ震わせたり、ときには吐き気をともない、トイレへ駆け込むこともあります。

 彼らが自分の悲惨な過去と向き合うのは、それほど苦しい体験なのです。

(続く)
 

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2006年4月 8日 (土)

犯罪からの卒業生たち/「アミティ」(4)

 「アミティ」の前身「シナノン」は、精神疾患や薬物依存の人々の治療として、50年代に米国で始まり、

 その後、ベトナム戦争の帰還兵や犯罪者にも適用されるようになりました。

 同じ問題を抱える人々が生活を共にしながら、問題を乗り越えるために互いに支え合うものです。
 

 アミティの創始者であるベティとナヤは、自らが薬物依存者でした。

 ナヤは父親から性的虐待と暴力を受けて育ちました。

 家出をたび重ね、薬物を濫用し、服役体験もあることを、彼女はサラリと語ります。

 ベティもまた、ポルノに囲まれた家で育てられ、売春を親父に強要されました。

 薬物に手を出し、自殺や万引きを繰り返したと言います。

 しかし「シナノン」と出会って薬物から脱却し、その後民間非営利団体「アミティ」を創設したのです。

 アミティの他のスタッフたちもすさまじい経歴の持ち主です。

 近親者からレイプされ、何度も親に殺されかけ、施設をたらい回しにされ。

 その挙げ句、罪を犯し、人を殺し……。

 ここのスタッフの多くは、かつて問題を抱えていた当事者・犯罪者であり、「アミティ」の卒業生なのです。

(続く)
 

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2006年4月 7日 (金)

砂漠の中のオアシス/「アミティ」(3)

 
 アリゾナ州ツーソンの砂漠の中。

 フェンスも塀もないオープンスペースに広がるオアシスのような緑、パステルカラーの建物。

 日当たりのよいテラスでは、人々が三々五々語り合っています。

 手をつないで歩くカップルや、元気に走り回る子どもたちもいます。

 夕方からはバーベキューを囲み、まるでリゾート地のようです。

「ここが犯罪者の甦生施設?」

 誰もが驚くに違いないでしょう。
 

 ここでは、甦生を目指す犯罪者を「レジデント(居住者)」と呼びます。

 でも誰がレジデントで誰がスタッフなのか、見分けがつきません。

 互いを「ファミリー」と呼び合い、服装は自由、食事も一緒、皆フレンドリーです。

 一般の刑務所や少年院のような、「刑務官対受刑者」の上下の関係や管理体制は感じられません。

 スタッフもレジデントも、同じコミュニティ(共同体)の一員という位置づけなのです。

(続く)
 

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2006年4月 6日 (木)

犯罪者たちの心の癒し/「アミティ」(2)

 
 加害者が正しく甦生し、罪を償ってやがて社会復帰し、人々に貢献できるようになることが、最終的に求められることではないかと思います。

 そのためにはどうすればよいのでしょう? 

 アメリカでひとつの試みがなされています。

 「アミティ」。

 ラテン語で友情,友愛の意味を示す言葉で、犯罪者などの甦生を目指す、非営利の民間団体です。

 「治療共同体」と呼ばれる心理療法的なアプローチで、犯罪者が自分の生き方を見直し、

 新しい人生に向かい合うためのプログラムを実践しています。

 彼らがなぜ犯罪を犯すようになったのかを、子ども時代にまで遡って見つめると、

 多くの犯罪者が何らかの虐待を受けていたことが浮かび上がってきます。

 彼らはその辛い記憶を無意識に抑圧してきたために、他人への共感や反省が生まれにくい精神が作り出され、

 犯罪や自傷行為に至ってしまうのです。

 犯罪者が自分の過去を直視し、自身の傷を受け止めていくという作業によって、

 彼らの病んだ心を生まれ変わらせていきます。

 それは予想以上に苦しい過程です。

 しかしその結果、アミティ経験者の再犯率は、一般受刑者の3分の1に減り、

 再び犯罪を犯したとしても罪の内容が軽くなる傾向にあるといいます。

 全米で最も効果のあるプログラムとして注目されているのです。

(続く)
 

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2006年4月 5日 (水)

加害者甦生プログラム/「アミティ」(1)

 
 死刑制度の記事に引き続いて今日から何回か、アメリカの加害者甦生プログラム「アミティ」について書こうと思います。
 

 凶悪な虐殺事件や、何の罪もない子供や市民が惨殺されるような事件では、犯人に極刑をという声が上がります。

 少年犯罪の低年齢化が進み、少年法の厳罰化も取り沙汰されます。

 しかし罰を厳しくすることによって、果たして犯罪者の甦生は期待できるのでしょうか? 

 犯罪は抑止されるのでしょうか? 

 そして、被害者の傷は癒されるでしょうか? 

 「目には目を、歯には歯を」の復讐や懲罰の思想では、怒りや憎しみの連鎖を生むだけかもしれません。

 加害者が処罰されても、被害者の傷が消えるわけでは決してありません。

 一番大切なのは、被害者の心が癒されていくことであり、加害者が二度と罪を犯さないようにしていくことでしょう。

 加害者が真に罪を悔い改めて償うことができれば、そのときこそ被害者の感情はやがて鎮まっていくのではないでしょうか。

(続く)
 

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2006年4月 1日 (土)

死刑制度を持たない社会

 
 一人の子供をその生育環境において疎外し、長じて犯罪者へと育ててしまう社会のあり方。

 また、犯罪者を甦生させようとするのではなく、死刑によって抹殺しようとする社会のあり方。

 そのふたつは、人間の尊厳というものを貴ぶことなく、その場限りの秩序を守ろうとする点で、同じだと言えはしないでしょうか。

 反対に、犯罪者に対しても甦生する可能性を見出して、努力していこうとする姿勢があるならば、

 不幸な境遇にある子供たちにも愛情を注ぎ、健全に育っていくために援助の手を差し伸べようとするはずでしょう。

 そのような社会では、愛情の欠乏や人格形成の歪みから引き起こされる、反社会的な犯罪は抑制されるだろうと思います。

 それに対して、死刑制度を正当とする社会は、人間に対する不信を助長させ、犯罪の温床になると言うこともできるのかもしれません。

 犯罪者を抹殺して決着するのでは、犯罪を生んだ社会の問題は何も解決されず、また次の犯罪者,被害者を生んでしまうでしょう。
 
 

(アメリカの犯罪者甦生プログラム「アミティ」についての記事を、引き続き数日後から掲載しますので、どうぞまたご覧になってください。)
 

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2006年3月31日 (金)

犯罪者を育てる社会

 
 もしオウム事件の松本智津夫の死刑が決定したとしたら、当然と思う遺族もいる一方、

 真実が分からないまま葬られることに、割り切れない思いを抱く遺族の人もいます。

 例え大量虐殺者やテロリストと言えども、犯罪者一人を処刑して解決することは何でしょう? 

 失われた数多くの命に対して、一個の命であがなうことができるでしょうか。

 歴史的な犯罪者を抹消するのではなく、その精神構造を研究することのほうが、将来の犯罪予防のためにも重要なことではないでしょうか。
 

 凶悪犯の幼少期は、貧困や劣悪な人間関係のなかで育ったり、色々な虐待、親の愛情のゆがみを受けてきたケースが多いものです。

 その結果、愛情というものを信じられなかったり、自分や人間の存在を肯定できなくなり、

 社会に絶望し怨みを抱いて、他人への共感や反省の感情を持ちにくくなってしまうことがあります。

 そういう人間性の根幹的な問題に対して、刑を重罰化しようとするのは場当たり的な対応に過ぎませんし、

 世代に渡った根深い問題を解決することには決してなりません。

(続く)
 

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2006年3月30日 (木)

死刑制度のマイナス面

 
 死刑存置論者の根拠のひとつに、死刑制度による犯罪の抑止効果があります。

 しかし、死刑制度があるために凶悪犯罪が減るというのは、統計学的に証明できたことがありません。

 逆に、犯人が死刑を恐れ、事件の発覚を免れるために、被害者の殺害に至ってしまうこともあるといいます。

 殺人犯は、実際には恐怖に駆られて殺人を犯してしまったという、臆病な人間も多いそうです。
 

 また、冤罪による死刑は、他の刑と違って全く取り返しがつきません。

 日本の量刑では、極刑である死刑の次は無期懲役です。

 しかし無期懲役は15年もすれば仮釈放になり、死刑との間があまりにも離れすぎています。

 誤審の恐れを逃れるためにも、仮釈放のない絶対的終身刑の設置が求められます。
 

 そもそも人を殺してはならないという社会で、“正義”として人を殺すという根本的な矛盾があります。

 死刑囚の家族の悲しみや、自らの手で人の命を絶たなければならない、死刑執行人の苦悩もあります。

 死刑制度は新たな悲劇を生んでいきます。

(続く)
 

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2006年3月29日 (水)

殺人被害者遺族の癒し

 
  アメリカでは「ジャーニー・オブ・ホープ」という試みがなされています。

 被害者遺族たちと加害者家族たちが団体で旅行をし(直接の被害者と加害者は含まれません)、互いの苦しみを理解しあうというものです。

 また「メディエーション」(仲裁,和解)という制度もあります。

 双方が希望すれば、コーディネーターが中にはいって、被害者や被害者遺族が加害者と対面する制度です。

 加害者は被害者の痛みを目の当たりにすることによって、罪の重さを知らされることになります。

 被害者団体の全国組織もいくつかあり、充実した活動をしています。
 

  加害者が死刑になっても、被害者遺族の傷は消えません。

 人間の心の傷は、人の心によってしか癒されることは決してないのです。

 本当に必要なのは加害者の処刑ではなく、遺族の傷をケアすることでしょう。

 日本でも、がんで家族を亡くした遺族をはじめ、喪失体験をした人々の「分かち合い」(ピア・カウンセリング)が各地で開かれています。

 しかし殺人事件の遺族の「分かち合い」はあまり聞きません。

 同じ体験者同士の自助グループでのサポートシステムや、カウンセリングなどの心理療法を早急に整えることが望まれます。

(続く)
 

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2006年3月27日 (月)

H氏にとっての死刑制度,殺人被害者遺族の感情

 
 加害者が犯した行為は死刑に値する罪だと、本人に認識させるのは大切です。

 でも死刑判決と死刑執行とは全く別物だとH氏は言います。

 死刑制度は国家による殺人だと。

 第三者にとっては処刑で全てが終わりますが、被害者にとっては死ぬまで苦しみが続きます。

 死刑制度存廃の議論は、被害者の救済や人権が確保されて、はじめて触れられる問題でしょう。

 被害者救済制度が充分に整えば、被害者は加害者に対する応報感情が和らぎ、必ずしも極刑を望まない場合もあります。

 被害者支援と死刑廃止は対立するものではなく、両立しうるものだと考えられます。

 H氏はこう考えています。

 何より大切なのは被害者救済なのに、わが国ではいまだに、悪い奴を吊るして一件落着と思っている向きが少なくない。

「死刑制度こそ被害者救済の道を閉ざしている元凶だ。」

(参考文献・「されど我、処刑を望まず」)
 

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「殺人被害者遺族の感情」

 
 死刑には、「被害者感情に報いる」という錦の御旗があります。

 けれども、「被害者感情」という言葉が一人歩きしてはいないでしょうか。

 被害者感情と言っても、怒りや悲しみなど決して一様なものではありません。

 確かに、被害者遺族は加害者の死刑を望むことも多いでしょう。

 しかし、事件や犯人のことにはもう触れたくないという被害者も少なくなく、

 長い間殺意を抱きつづける人はむしろ少ないとも言われます。

 一生犯人を憎んで生きる苦しさから免れるために、やがて死刑反対の活動を始める遺族も例外ではありません。

 犯人を殺せと声を高めるのは、むしろ第三者の観客です。

 当の被害者遺族が加害者を許そうとしても、世間の“被害者感情”がそれを許さないというのは奇妙な現象です。

 殺人事件の取材で、「犯人を殺してやりたい」という遺族の言葉だけをもらってくるマスコミにも責任はあるでしょう。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/30216199.html
 

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2006年3月26日 (日)

H氏と加害者

 
 加害者は獄中からH氏に、毎月2~3通ずつひたすら謝罪の手紙を書き続けました。

 H氏は最初は怒りに煮えくり返って、手紙を破り捨てていました。

 そして逮捕から6年あまり経ち、手紙の数も100通を越えたといいます。

 歳月はH氏の気持ちを次第に変えていきました。

 加害者は死刑判決を受け、どう転んでも2度と娑婆には戻れない。

 鉄格子の中で死を待つだけの存在だ。

 その安堵感がH氏に気持ちのゆとりを与えたようです。

 ただし、それは加害者が死刑判決を受けているからという前提であり、量刑の重さが被害者遺族に実に微妙な影響を与えるのです。

 加害者に心から悔いる感情が生まれるのも、死刑という前提があってこそでしょう。
 

 H氏は加害者に会ってみようという気になっていきます。

 そうして、実際に面会してみると、加害者は申し訳なさそうに身を縮こまらせている、ちっぽけな男でした。

 “殺人鬼”ではなく、自分と同じ一人の人間だと感じたということです。

 憐憫の情も感じ、H氏は複雑な思いにかられました。

「こんな男を殺せなんて、よういえん」

(現在は死刑囚は親族と弁護士以外、外部との交渉を厳しく制限されています。)

 それからH氏は、加害者に生きて償いをしてほしいと思うようになるのです。

(参考文献・「されど我、処刑を望まず」)
 

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2006年3月25日 (土)

弟を殺されたH氏

 
 H氏自身の言葉を紹介してみましょう。

「殺されたから殺す。

 第三者なら大方が、この単純な因果応報の理屈に賛成するでしょう。

 ところが、被害者の身内であった私たちにとっては、まさにここのところが納得がいかないんですよ。

 私たち家族にとってはどう考えても、非道なことをした犯人より弟の命のほうが尊い。

 その弟が殺されたから、加害者の命を奪ってハイ、おしまいというんじゃあ、なんだか、あまりに安易で、命の等価交換にかすぎないと思うんですよ。

 これでは弟と加害者と同じ価値しかないことになる。

 それでは我慢できないんですよ。」

 加害者を許したわけではない。

 いや彼の犯行を憎むからこそ、死刑執行を望まないのだ。

 生きて、とことん生きて、それこそ血を吐く思いで償ってほしい。

(「されど我、処刑を望まず」福田ますみ[現代書店]より)

(続く)
 

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2006年3月24日 (金)

死刑に反対する被害者遺族

 
 20世紀最初の年の瀬が押し迫った12月27日、小泉政権下で初めて死刑が執行されました。

 その執行に抗議の声明を提出した人がいます。

 死刑囚に殺害された被害者の実兄・H氏です。

 彼は「死刑廃止フォーラム」のメンバーと共に、ずっと死刑執行に反対し続けてきたのです。

  H氏も最初は犯人の極刑を望みました。

 しかし、死刑囚と面会と文通を重ねるうちに、「本人が生きていて初めて罪が償える」と思うようになりました。

 死刑囚も拘置所内で洗礼を受け、贖罪の日を送っていました。

 H氏は、

「怒りや悲しみは消えていない。

 でも加害者を死刑にすることによって、被害者が救われるわけではない。

 国による一方的な『終わり』は納得できない。

 私たちの中では事件は終わらない。」と語りました。
 

  死刑反対の立場に対しては、必ず「ではあなたの愛する人が殺されたらどうか?」という問いが投げかけられます。

 それに答えられるようにするためにも、真の被害者感情を知り、それが癒されるには何が必要なのかということを考えたいと思います。

(続く)
 

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2006年3月23日 (木)

死刑制度を考える

 
  凶悪犯罪は昔からありましたが、近年は無軌道化しているかのような印象もあります。

 このような極悪な犯罪者には極刑を、という意見が世論では過半数を占めています。

 それも無理からぬ気持ちだろうと思います。

 しかし、世界の趨勢は死刑制度が廃止される方向にあり、先進国のうちで現在死刑が残っているのは、アメリカのいくつかの州と日本だけです。

 それは何故なのでしょう? 

 日本で死刑を肯定する意見が多いのは、死刑や“被害者感情”の実情を知らされていないからではないでしょうか? 

  加害者の処刑によって解決されるものは果して何でしょう? 

 死刑制度の表裏を理解し、私たちはどのような社会を求めるべきなのか、ということを考えていきたいと思います。

 死刑制度を持つか持たないかは、その国の民度をはかるものだとも言われます。

 特に被害者の心の傷の癒しに重点を置いて、書いてみたいと思います。

(続く)
 

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死刑制度と被害者の癒し,加害者甦生プログラム

 
 僕はこのブログと同じ記事を、ヤフーブログ「境界に生きた心子」に書き込んでいます。

 3月19日の記事「光市母子殺害事件の本村さん」にコメントとTBをいただき、先方のブログでは随分物議をかもしています。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/29181389.html

 それを受けて、被害者の心の癒しの観点から見た死刑制度や、加害者の甦生プログラム「アミティ」についてを、このカテゴリーに少し載せていきたいと思います。

 ここでは死刑制度存廃の結論は出しませんが、死刑のない社会をめざす努力をしていく方向性を示してみたいと思います。
 

 僕は元々死刑制度廃止の立場でした。

 「憎しみからは憎しみしか生まれない」というのはその通りだと思います。

(だから近代国家は個人の仇討ちを禁止し、国家が代わって罰するという法体系を作ったわけですが。)

 でも本村さんが語った、「死刑にならないなら釈放してほしい。自分がこの手で殺す」という言葉を聞いて、胸が締めつけられるような思いがしました。

 本村さんのような成熟した人でさえ、加害者の極刑を求めるのだという痛切な声を聞かなければ、僕は被害者の本当の苦しみというものを、観念的にしか分からなかっただろうと思います。

 死刑廃止という“人権派”の考え方を強化していたかもしれません。

 死刑反対を訴えるとするなら、我々はこの本村さんの血のにじむ叫びに、正面から応えなければならないのです。
 

 心子は、悪を決して許さない純粋な人間でした。

 でも、どれほど自分を傷つけた加害者でも、相手が憂き目に陥ると、愛憐の情をいだかざるをえない心根の持ち主でした。

 ちなみに、今回の事件の加害者は、反社会性人格障害の側面があるようにも感じられますが、

 人格障害への誤解がないよう、記事「現代の心の障害(2)」(書庫「解説・境界性人格障害)もご覧になってみてください。

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/28426637.html
 

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