2009年9月24日 (木)

「ぼくはうみがみたくなりました」 (3)

 
(前の記事からの続き)http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/59716437.html

 一般の商業映画と違って、 宣伝費をほとんど かけられなかったにも拘らず、

 1ヶ月足らずの上映期間で 5000人近い 観客を集めました。

 リピーターが 非常に多いそうで、

 しかも 友だちを連れてくる人が 少なくないということです。

 他の映画では なかなか見られないことで、 宣伝によって 観に来るのではなく、

 実際に観て 良かったと思う人が 多かったということでしょうね。

 大輝君もきっと 喜んでいるに違いないと 思いましたが、

 山下さんの知り合いの 霊感の持ち主によると、

 会場に大輝君は来ておらず、 来てもすぐ どこかへ行ってしまうのだそうです。

 いつものように 勝手気ままに、

 自分の好きな所へ おさんぽに行ってるのでしょうか。 (^^;)

 ただ、 映画を 一番の楽しみにしていながら、

 上映直前に 亡くなってしまった 山下さんのお母さんは、

 いつも 会場の一番後ろの席に 来ていたそうです。

 山下さんはそういうことを 信じてるわけではありませんが、

 全然無関のない 別の霊能者にも、 それと全く同じことを 言われたそうです。

 僕も半信半疑ですが、 実のところ どうなんでしょうね?  (^^;)

 いつか 「境界に生きた心子」 も

 「ぼくはうみがみたくなりました」 に 続いていきたいものです。

 心子はきっと 観に来てくれるでしょう。  (^^)

 自閉症とボーダーでは 認知度もまだまだ 天と地の差だし、

 ボーダーは 周りの人も本当に 傷つけられ苦しんでしまうので、

 理解されることも 何十倍も難しいかもしれません。

 それでも 誰かがやらなければならないこと、

 希望を持ち続けて やっていきたいと思っています。
 

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2009年9月22日 (火)

「ぼくはうみがみたくなりました」 (1)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/folder/1107565.html 参照)

 上記URLの記事に書いた、

 山下久仁明さんの映画  「ぼくはうみがみたくなりました」 を観てきました。

 上映終了の前日・ 17日に なってしまいましたが、

 会場で 山下さんにも会ってきました。

 元々山下さんとは 10年以上前、 パソコン通信 〔*注〕 の

 「脚本家フォーラム」 というグループで、 オンライン上で 知り合いました。

〔*注: インターネットが普及する前、 ニフティが会員制で運営していた、

 メンバー同士のコミュニケーションを 楽しむシステムです。

 テーマごとに 多数のグループに別れ、

 自分の参加したい グループに登録して、 皆で書き込みをするものです。〕

 山下さんはブログで 顔写真を公開していますし、

 映画の上映に伴い 最近はあちこちの新聞などにも 紹介されているので、

 僕のほうは すっかり会ったような気分に なっていました。

 でもパソコン通信の頃から、

 確か実際には 顔を合わせていないだろうと 記憶していました。

 当日 山下さんを見つけ、 名乗って挨拶をすると、

 山下さんは 僕の顔に 記憶がある気がすると 言われました。

 お互いに 物覚えがすっかり 頼りなくなってしまっていた次第です。  (^^;)

 この日は 視覚障害者のために、 映像を音声で説明する サービスが行なわれ、

 大勢の視覚障害者が 訪れていました。

 山下さんも この音声サービスを 試してみましたが、

 彼はもう 映像が全て 頭に入っているので、

 セリフや音を聞いただけで 映像がありありと 浮かんでしまったそうです。

 よく分かる気がします。 (^^;)

(次の記事に続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/59716437.html

 

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2009年8月 8日 (土)

ていしょくび (2)

 
(前の記事からの続き)

 先日、 業務が変更して 初めて出勤し、

 ちょうど主任さんがいたので 何をすればいいのか聞きました。

 するとやはり、 前記の 専門知識を要する 業務はしないと、

 きっぱり言っていました。

 しかし 今までの業務から 外されるものが幾つかあり、

 そうすると時間が余って 手持ち無沙汰になってしまいます。

 その業務は 「してはいけないのか」 と 主任さんに聞くと、

 「それは大人の判断で」 という答でした。( ^_^;)

 そして結局、 実質的に 今までと仕事内容は ほとんど全く変わりませんでした。

 これでは 派遣法の期間制限に 抵触してしまうわけですが、

 抵触日はお題目だけで、 現場ではこんなもんなんでしょうか? (・_・;)

 今の派遣先も、 最高級の倫理が 要求される職場です。

 ところが、 ネットで調べてみたら、 さらに次のようなことが 分かりました。

「派遣の期間制限は、

 派遣先の同一の場所、 同一の業務について 行われるものです。

 派遣される人材を 入れ替えたり、 別の派遣元から 派遣労働者を受け入れても、

 派遣可能期間は 更新されることはなく、

 抵触日以降は 派遣労働者を受け入れることができません」

 そして、 抵触を免れるための 「脱法行為、

 もしくは それに相当する行為」 の例のひとつとして、

 次のことが書かれています。

「部署・ 業務内容・ 指揮命令者を変更することで、

 同一場所・ 同一業務そのものをなくす。

(ラインの組替・ 業務内容の変更は 実質不可能) 」

http://www.addparts.co.jp/2009.html より)

 つまり、 そもそも派遣先の やろうとしていたこと自体が、

 脱法行為に当たるわけです。

 そして その脱法行為さえも、

 現場では全く 実施されていないという あり様です。 (- -;)

(主任さんも詳しいことは 全く理解していません。)

 派遣会社の人に、 どこでもこんなものなのか と聞くと、

 自分の立場では 何とも言えないと……。

 大企業の得手勝手が横行し、 弱い労働者の安定は 全く守られない。

 こんな無法状態が 野放しにされてて、

 日本はいいのでしょうか? (`ε´)
 

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2009年8月 7日 (金)

ていしょくび (1)

 
 派遣法の 「ていしょくび」 をご存じでしょうか? 

 定職日?  定食日? 

 いえ、 「抵触日」 です。

 これは、 派遣元企業と派遣先企業が 契約をしてから3年以上経ったら、

 派遣契約を終わらせるか、 派遣ではなく 直接雇用にしなければいけない、

 という取り決めに 関わるものです。

(労働者個人個人の契約期間が 3年ということではありません。)

 この取り決めは、 3年も継続して 働かせてるということは、

 労働力として 必要としているのだから、

 労働者の身分安定のために 直接雇いなさい、 という趣旨です。

 派遣開始後 3年経った次の日が、

 派遣期間の制限規定に 抵触する日だということです。

 でも僕は 前の派遣先では 3年半働いてましたが、

 この間に 抵触日の話は 聞いたことがありませんでした。

 これは違法行為になり、

 派遣先企業の担当者が 直接処罰の対象になるということです。

 日本を代表するマンモス企業ですが、 どうなってるんでしょう? 

 今の派遣先では この度、 仕事の内容が変わると 聞かされていました。

 業務内容を変更することによって 契約を新たにし、

 期間制限に 抵触しないようにするのだそうです。

(企業の都合で 労働者無視ですが。)

 業務がどう変わるのか、 予め電話で 派遣会社に尋ねたところ、

 その業務は 医学的な専門知識がなければ できないと思われるものでした。

 でも派遣先は 我々でもできるという判断で、

 最初はマンツーマンで 指導してくれるというのですが、

 どうなるのか心配していました。

 他の派遣社員の人に 聞くと、

 派遣会社の担当の人は 現場のことを 知らないと言うし。

 派遣先の人に聞いても、 新しい業務のことは 分からないと言うし、

 教えてもらえるのかと。

(次の記事に続く)
 

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2009年7月25日 (土)

派遣切りで 育てられなくなったワニ

 
 しばらく前の 読売新聞に、 とても心をそそられる 記事がありました。

 千葉県の 動物研究施設の前に、

 袋に入れられたワニが 捨てられていたという出来事です。

 ワニは 口を縛られ、 手紙が添えられていました。

 飼い主の男性は、 派遣切りに遭って 何ヶ月も仕事が見つからず、

 ワニを どうしてもそれ以上 飼育できなくなり、

 泣く泣く 手放さざるを得なかったというのです。

 ワニは 餌代はさほどしないものの、

 温度を一定に保つための 電気代が、 月に 1万5千円ほどかかるそうです。

 男性は初め ワニをペット店に 持っていきましたが、

 店が ワニを飼う許可を 持っていないため 断られました。

 この研究施設なら 世話をしてくれるだろうと思って、

 持ってきたのだといいます。

 記事には 男性の手紙の 全文が掲載され、

 男性が どんなにワニを可愛がっていたか、

 どんなに止むに止まれず 置いていかざるを得なかったか、

 切々と伝わってきます。

 手紙は次の文章で 終わっていました。

「 こいつの名前は ゲンです。

 こいつの幸せを お願いします 」

 この時節に 僕は胸が痛むものがあり、

 何度も記事を 読み返してしまいました。

 この記事のことを 思い出して、 ブログで紹介したいと思い、

 読売新聞の記事を検索しました。

 すると、 データが更新されている というメッセージが出ました。

 検索し直して 見てみると、

 記事は 全く違う内容に 書き変えられていました。

 それが 次の文面です。

(次の記事に続く)
 

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2009年7月24日 (金)

餃子の王将 やりすぎサービス

 
(前の記事からの続き)

 餃子の王将は チェーン店でありながら、

 各店で独自の メニューやサービスを 提供しています。

 例えば、 京都出町店では 学生限定で、 食事後30分間 皿洗いをすると

 代金がタダになり、 貧乏学生に好評となっています。

 兵庫県須磨店は 女子大生限定で、

 90分1200円で 20種類の料理が 食べ放題。

 でも中には やりすぎのサービスもあるようです。

 兵庫県宝塚インター店の ギガントメニューもそのひとつ。

 普通のチャーハン (367円) の 4.5倍ある

 ギガントチャーハン (861円) は、

 グループで注文してもいいため、

 4人で頼めば 一人頭215円で 済んでしまいます。

 通常の4倍ある ギガント天津飯 (892円) や、

 ギガントラーメン (924円) も同様で、

 売れば売るほど 確実に損だと。  (^^;)

 また 奈良県橿原神宮店では、

 麺類を注文すると 天津飯一杯が 100円で食べられる というサービスです。

(7月の金曜夜限定)

 二人で行くと、 ラーメン472円と 天津飯で572円 (一人286円)。

 完璧な赤字だそうです。

 そして 京都府祇園八坂店は、 浴衣や着物で 来店すると、

 一品料理が 一人分 無料になります。

(7月限定。グループで一品のみ)

 例えば、 小ライス136円を 注文すれば、

 一番高い エビチリ609円が タダで食べられてしまうのです。

 これらのサービスは、 各店長が エリアマネージャーに申請するのですが、

 許可を出した マネージャー自身、

 やりすぎだと 後悔しているみたいです。  (^^;)
 

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2009年7月23日 (木)

餃子の王将

 
 先日、 友だちに  「餃子の王将って知ってる?」 と聞かれました。

 これは σ (^^;) には愚問です。

 大学の時、 王将は京都の 「学生の味」 で、

 いつも行ってました。 σ( ^^;)

 エンザーキ (鳥の唐揚げ) はボリュームがあって、 よく頼んだもんです。

 その後 (今から数年前)、 TVで王将が取り上げられ、

 大阪が発祥の地だ ということを言っていました。

( 京都にいたときは、 王将は京都のものだと 思っていましたが。 )

 ところが、 きのうまた TVで王将をやっていて、

 「餃子の王将」 第1号店は、

 1967年にできた 京都四条大宮店だというのです。 (@_@)

 どういうことかと思っていたら、

 ネットで 「大阪王将」 という 餃子の店が見つかりました。

 調べてみると 「大阪王将」 は、

 「餃子の王将」 の創業者 「王将フードサービス」 の 一族が独立して、

 69年に 大阪で 「餃子の王将」 として始め、

 その後 チェーン店を展開したとあります。

 しかし、 名称を巡って 王将フードサービスと訴訟となり、

 のちに和解して  「大阪王将」 となったのだそうです。

 ちなみに 鹿児島, タイ, シンガポールにも

 「餃子の王将」 があるようです。

 鹿児島の王将は 本家の承諾を得ていますが、

 タイとシンガポールは “偽物” だとか。

 でも 「餃子の王将」 は 海外で商標登録していないため、

 どうしようもないのだそうです。

 それから 「大阪王将」 も、

 親族が新たに 大阪で 「大阪王将」 を名乗って出店し、

 のちに 「大阪王」 になったとのこと。

 紛らわしいですね。  (^^;)

 ところで 王将の餃子は 今231円ですが、

 京都では最初 100円だったような記憶があります。

 だから 餃子というのは そういう値段だと思っていて、

 東京に出てきたら 何百円もするので、 びっくりしたものです。  (^^;)

(次の記事に続く)
 

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2009年7月13日 (月)

洗濯機乾燥機、 壊れて買った

 
 先日、 洗濯中に突然 乾燥機が壊れてしまいました。

 音がおかしくなって、 乾燥が効かなくなってしまったのです。

 心子と同じ年に 親が亡くなったとき、 実家から貰った 洗濯機と乾燥機。

 購入してから 15年くらい経っていて、

 洗濯機のほうも ちょっとおかしかったので、

 一緒に 買い換えることにしました。

 ドラム式や 縦型洗濯乾燥機,

 日立が独自に開発している ビートウォッシュなどがあり、

 何がいいのか、 電気屋巡りをして あれこれ聞いて回りました。

 それぞれにメリット, デメリットがあり、

 また人によって 言うことが違っていたりして、

 どれにするか 随分迷いました。

 こういう時、 σ (^^;)は何日も 電気屋に通い、

 納得がいくまで あらゆる角度から検討します。

 普通の人は 流行りでドラム式を買ったりして、

 使ってみてから 後悔することもあるそうですが。

 各洗濯機の 基本的な特徴は、

 ドラム式は 衣服には優しいが、 洗浄力が弱い。

 縦型は 洗浄力は強いが、 乾燥には向かない。

 ビートウォッシュは 限りなくドラム式に近い 縦型洗濯乾燥機。

 その他の 様々な条件

 -- 洗濯・ 乾燥できる 衣類の容量, 乾燥時間の長短,

 大きさ (設置面積), そして 大前提が値段。  (^^;)

 あれこれと考え合わせ、 結局、

 前と同じ 洗濯機と乾燥機が独立したものを 購入することにしました。

 時代の流れには 逆行するもので、 業界も この型には 力を入れておらず、

 乾燥機などは 売り場の一番隅っこに 展示されています。

 しかし、 洗濯と乾燥に 拘る人 (汚れが頑固な人 σ (^^;) )

 にとっては、 詰まる所 これが一番いいということです。

 なお、 ネットオークションも考え、 入札寸前までいきましたが、

 やはり 不良品であるリスクなどが懸念され、 店舗で新品を買いました。

 今年は DVDレコーダーと液晶テレビ, ヘルパー講座の受講など、

 大きな出費が重なって、 懐が覚束なかったのですが。

 期待していなかった 「境界に生きた心子」 の印税が 星和書店から入り、

 もっけの幸いでした。  (^^;)

 あと 冷蔵庫も20年以上 使っており、

 もう 買い換え時期かと思います。  (^^;)
 

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2009年7月 8日 (水)

「精神」 の 想田監督がマイミクに

 
 昨日とおととい、 映画 「精神」 の感想を書きました。

 すると 何と、 「精神」 の 想田監督ご自身が

 ミクシィに 足あとを付けてくださいました。  (^o ^)

 貴重なご縁ですから、 ご挨拶のメッセージを 送らせていただきました。

 すると 何と  (^^;)、 5分後に速攻で お返事をいただきました。

 折角の機会なので、 拙著 「境界に生きた心子」 を

 お送りしてよいか伺うと 、快く承知してくださいました。

 境界性パーソナリティ障害にも 注目いただけたら嬉しいですね。

 監督は マイミク(ミクシィの友だち)も 気軽に募集されていたので、

 マイミク申請を させていただきたいと思ったら、

 監督の方から お申し出をくださり、

 早速 マイミクさんになっていただきました。  (^o ^)

 気さくな方なのだろうと 想像します。

 監督は ご自分のページで、

 「精神」 や 前作 「選挙」 に関する 色々なページを紹介されています。

 関心のある方は ご覧になってください。

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=2074478
http://documentary-campaign.blogspot.com/

 「精神」 が さらに広く、 多くの人たちに 観られることを祈っています。

 そして、 心の病に対する 理解が浸透していくことを。
 

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2009年4月 1日 (水)

初めてのオークション被害 (2)

 
(前の記事からの続き)

 ヤフーのオークションマスターに メールで問い合わせると、

 そのオークションが ガイドラインに反すると 判断した場合には、

 出品者への警告や 利用制限などの対応をする、

 ただし、 対応結果については 個別に知らせない、 ということでした。

 しかし それでは、 本当に適正に 対応してくれたのかどうか 分かりません。

 さらに メールをよく見ると、 あらゆる問い合わせに 対応できる文面で、

 こちらのメールを 読んでいるのかさえ 疑われてしまいます。

 僕のメールを読んでいれば、 絶対に書かないはずの 文言もありました。

 対応結果を 個別に知らせない理由は 何なのかも含め、

 もう一度メールをすると、 返事が来ました。

 読んでいることは分かり 安心しましたが、

 結果を知らせないのは  「悪質な利用者の 助長を防ぐため」 としています。

 その意味が分からないので 質問すると、

 今度は 別の人の名前で、1通目と同じような 文面のメールが来て、

 僕の質問に対する答は 一言もありませんでした。

 そして、 再度質問されても 同じ答しかできない 場合があるというのです。

 単純な質問をしているだけだから 教えてほしいと書きましたが、

 返答がありません。

 そして ヤフーオークションの ガイドラインを読んでみると、

 ヤフーの免責事項の オンパレードで、

 ヤフーは あらゆることに対して 責任を持たないという 項目の羅列でした。

 さて 出品者には、 「非常に悪い出品者」 の 評価をしました。

 残念ながら 今までにしたことのない  「悪い評価」 です。

 出品者からの報復で、

 こちらにも不当な  「悪い評価」 をされる 懸念がありましたが、

 幸いそれは 今のところありません。

 世の中は 不本意なことがあるのが常ですが、

 オークションでは 今までほとんど気持ちよく 取引できていたので、

 残念なことでした。
 

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2009年3月31日 (火)

初めてのオークション被害 (1)

 
 ヤフーオークションで “被害” に遭いました。

 代金をだまし取られたり したわけではないんですが、

 これまで 300件近い取引をしてきて、 初めての不当なオークションでした。

 2枚出品されていた 映画のチケットを、 1枚のみ707円で落札しました。

 最高額入札者は2200円で 1枚落札し、

 次点の人は2100円で ペアでのみ落札希望でした。

 こういう場合 次点の人が 2枚入手できないため、

 3番目の僕が 落札することになります。

 ところが 出品者からは、

 2100円まで “詰めて” もらえるかと、 落札額の3倍を求められました。

 「詰める」 という言葉が 全く分かりませんが、

 確かに商品説明の欄には 次のような文言がありました。

 「 落札者間の価格は 不公平感をなくす為

 入札単位で 高い方へおつめしますので ご了承下さい」

 意味不明でしたが、 落札額が変わるなどという 非常識なことは

 想像だにできないので、 大した意味はないだろうと 思っていました。

 通常なら 事前に質問するのですが、

 この日は事情で 質問する時間がなかったのです。

 僕は707円で 正規に落札しているわけですから、

 それ以上求められる謂われは どこにもありません。

 ルール違反ではないか と尋ねると、

 出品者は それ自体は認めましたが、 もう一人の落札者との 不公平を述べます。

 でも それはヤフーの現行ルールだから 止むを得ず、

 個人が勝手に 変えてしまってはいけません。

 もし ルールに不備があるとすれば ヤフーに言うべきで、

 落札者に損失を 与えてはならないのです。

 おまけに 「詰める」 などというのは 日本語になっていません。

 また出品者は、 派遣切りに遭って 死活問題なので、

 そんな安くは 絶対に売れないと 勝手なことを言います。

 しかし それがオークションというもので、

 出品者は 落札額で取引する義務があります。

 いくらお金がなくても 泥棒してはいけないのと同じように、

 ルールを破ってはいけないのです。

 2100円払うことはできないと 僕が答えると、 出品者は取引を拒否し、

 チケットは別のオークションとして 再出品され、 他の人が落札しました。

 規則違反をしていながら 頭ごなしで、 礼儀も知らず、

 払えない方が悪いと 言わんばかりです。

 せめて 誠意ある謝罪を求めましたが、 返答がありません。

(次の記事に続く)
 

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2009年2月10日 (火)

手塚治虫命日

 
 今日2月9日は 手塚治虫さんの命日だそうですね。

 20年前の今日、 駆け出しのマンガ家だった 僕もショックでした。

 著名人の葬儀に行こうなどと 思ったこともない僕ですが、

 この時ばかりは 青山霊園に足を運びました。

 冷たい日でしたが、 長蛇の列が 霊園の外に 延々と連なっていました。

 開場整理を手伝っていた マンガ編集者の人が 僕を見つけて、

 関係者の列に 案内してくれました。

 一般参列者より もちろん短いし、

 一般向けより立派な祭壇で 大きな写真が飾られていました。

 正に巨星落つ ということを実感し、 万感の思いで 線香を上げてきました。

 僕が学生のとき 京都で 「手塚治虫展」 があって、

 手塚治虫さんご本人が 来場されたときに 挨拶させていただいたことを

 今もはっきりと覚えています。

 その後、 東京で 「手塚治虫展」 があったときも、

 挨拶させていただきました。
 

 手塚さんの 多大な影響を受けて、 今も 「プルートゥ」 を描いている

 浦沢直樹さんが、 今日のテレビで 述べていました。

 手塚さんの本質は、 夢とか希望などではなく、

 人間の暗部や 愚かさを描いた  「MW」 や 「どろろ」 だと。

 手塚さん本人も そうおっしゃっていたことがあります。

 「MW」 は当時 タブーだった同性愛や、

 残酷な暴力描写も されているものです。

 その 「MW」 が 今度映画化され、 公開されますね。

 もちろん 観に行きます。

 ところで、 浦沢さんの 「20世紀少年」、 いま大ヒットしていますが、

 この映画の 企画・脚本に携わっている人が、 何と、

 手塚さんの葬儀で 僕を案内してくれた、 あの編集者の人なのです。

 当時 小学館の編集者でしたが、 その後 独立して、

 独自の企画を立てる プロフェッショナルとして成功していったのでした。
 

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2009年2月 8日 (日)

一個 千両のみかん

 
 今回 液晶テレビを探していたとき、

 たまたまテレビでやっていた 爆笑問題の番組で、 面白い話がありました。

 ヒルズ族について 評していた番組の中で、 太田が紹介したものです。

「 江戸時代、 富豪の商家の若旦那が 病で死に瀕していました。

 看病している番頭に、 若旦那は 最後にみかんが食べたい と言います。

 しかし 季節は夏。

 江戸中を探しても 見つかりません。

 けれどもついに、 ある家でみかんを一個 探し当てました。

 ところが その家の男は、 一個 千両だと言うのです。

 若旦那の父親の主人は、 息子の最後の望みだから

 金はいくら出しても 構わないと言い、 千両で買い求めました。

 みかんは 十房あったので、 一房百両です。

 みかんを持って帰ると、 若旦那は 喜んでみかんを食べます。

 十房のうち七房を食べ、 「ああうまかった」 と 心から満足します。

 そして、 残りの三房のうち 二房を父親に食べさせたいから 届けてくれ、

 一房は番頭にあげる と言って、 みかんを番頭に託します。

 主人にみかんを 持っていきながら、

 番頭は 『これが 三百両か……』 と つくづく思います。

 自分が死ぬまで 勤めあげても、 とても届かない金額です。

 番頭はとうとう、 そのみかんを持って とんずらしてしまいました。 」

 この番頭が 三百両を得したのか、 言わなくても分かるでしょう。

 番組では 「利用価値」 と 「交換価値」

 というものを 紹介していました。

 例えば、 水は 色々なことに利用できるが、 水で 物は買えない。

 金は 色々なものと交換できるが、 金そのものは 使えない。

 番頭はそれを 混同してしまったわけです。

 ヒルズ族も それと同じだったという、 太田の意見でした。
 

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2009年2月 7日 (土)

秋葉原が “オタクの聖地” に なった理由 (わけ)

 
(前の記事からの続き)

 秋葉原は80年代まで 「家電の街」 で、

 家族連れでも にぎわっていました。

 しかし90年ごろ、 バブルが崩壊し、

 郊外大型家電店の台頭で 家族連れの姿が少なくなっていきます。

 量販店の再編にも巻き込まれて、

 大型店舗が次々と 店じまいをしていくなか、

 秋葉原の街は 立ち直りのために パソコンに力を注ぎました。

 当時はまだ Windowsもマウスもなく、

 パソコンは マニアの領域でしたが、

 秋葉原はパソコンの街として 息を吹き返します。

 これらのマニアは、 アニメやフィギュアなど、

 オタク系の文化を 合わせ持つ傾向がありました。

 そして97年、 「新世紀エヴァンゲリオン」 が大ヒットし、

 その勢いに乗って、

 マンガ同人誌やフィギュアの専門店が オタク族を求めて出店しました。

 それまで潜在していた 大きな需要に火がつき、

 他の専門店も 雪崩を打ったように 秋葉原に進出してきたのです。

 それが 大きな転機となりました。

 さらに、 2005年の 「電車男」 の大ブーム。

 秋葉原を舞台にした この話で、

 秋葉原 = オタクの街という イメージが決定づけられました。

 また、 パソコンの街としての秋葉原は、

 自作パソコンの パーツを扱っていましたが、

 一般人向けのパソコンが 進歩してきて、

 パーツ系の店は すたれていったという事情もありました。

 秋葉原は昔から 変化の激しい街なのだそうです。
 

〔参考ページ: 「秋葉原文化考」

http://r25.jp/b/report/a/report_details/id/110000006130

 

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2009年2月 6日 (金)

変わってしまった 秋葉原

 
 きのうの B-CASカードが使えなかったのは、

 電話して聞いたところ、 カードを挿入する 方向の違いでした。

 でも 矢印が書いてある面を 表にして、 矢印の方向へ入れたんですよ。

 ところが そのメーカーでは、

 カードを上下逆にして 入れるのだというのです。 (?_?;)

 普通 そんなことってありますか? 

 さて、 今回 DVDレコーダーと液晶テレビを 探すため、

 久方ぶりに 秋葉原へ行きました。

 前回に行ったのは いつだったか、

 まだオタク文化はなく、 もっぱら 秋葉原=電気街という時代です。

 でもやっぱり、 店並がすっかり 変わってしまっていましたね。

 ロケ○トやヤマ○ワなど 大手家電店が 軒並み姿を消し、

 オタク系の店が でんと構えていました。

( その代わりに ヨド○シやビ○クなどの 大型家電店が、

 新宿や渋谷などに どんどん店舗を拡大してきました。

 秋葉原の駅前にも ヨド○シができていました。 )

 駅前の ガラス張りの2棟のビルは、

 秋葉原のイメージを 一新する計画で 建てられたものです。

 およそ 以前の秋葉原とは思えない、

 シックな雰囲気の レストラン街もありました。

 メードさんたちが 道端に立って、

 メード喫茶のチラシを 一杯配ってたのでもらってきました。

 行きませんでしたが。  (^^;)

 ところで、 秋葉原が“オタクの聖地”とまで

 言われるようになってしまったのは、 一体 何故なんでしょう? 

 今ちょっと調べてみたら 出てきました。

 明日 それを書いてみようと思います。

(次の記事に続く)
 

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2009年2月 5日 (木)

DVDレコーダーと 液晶テレビ

 
 DVDレコーダーと液晶テレビを 初めて購入しました。 (^^)

 趨勢は今後 ブルーレイに行くのでしょうが、

 僕は 映画は劇場や 試写会で観るし、

 テレビには当面 高画質は求めていません。

 ブルーレイへの移行も、 この先の経済の状況や 海外の情勢によって、

 5年後にどうなっているか 分からないということです。

 僕は DVDも初めてだし、

 取り敢えず安いのを買って 5年使えればいいかなと。

( HDDや液晶の寿命も そんなところでしょう。 )

 σ (^^;) 最安値を見つけるのが 得意です。

 各大型家電店を 比較しながら探し回り、 秋葉原にも行きました。

 最初は 何の知識もありませんでしたが、

 地上デジタルW録画機能 (地デジチューナーがふたつ) は 必須条件で、

 テレビは19型にしました。

 数日検討した結果、 特売品をさらに値引きしてくれ、

 レコーダーとテレビ合わせて 9万円余り、

 獲得ポイント1万円分以上で 買い求めました。

 そして今日、 それが配達されてきました。

 ところが、 B-CASカードのことを よく知らないで、

 電源を入れた状態で 出し入れしてしまったためか、

 カードが 使えなくなってしまいました。 (・_・;)

 明日、 カスタマーセンターに電話しなければ。

 取扱説明書には、

 電源プラグを外して 出し入れするように 書いてあるものの、

 初心者は 説明書を開いて読む前に、 カード入れたりしてしまいますよね。

 カード自体に 大きく注意書きを 添付しておくべきだと思います。

 テレビとレコーダーの設定も こんな沢山あるとは思わず、

 パソコンを初めて買ったときに 似たような感じもありますね。

( レベルは違うけれど。 )

 今までのビデオも 繋いでいますが、 どうも まだ分からないことが。

 細かい設定や操作法は、 これからおいおい 覚えていくしかないですね。

 便利になる分だけ 最初のハードルが 高くなります。  (^^;)
 

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2008年12月 7日 (日)

大江戸温泉物語

 
 中学の同窓会 (忘年会) で、

 お台場の 「大江戸温泉物語」 に行ってきました。

 人気の 温泉テーマパークです。

 いくつもの内風呂や露天風呂 (天然温泉), 砂風呂や岩盤浴,

 エステその他、 色々な施設が備えられています。

 また 江戸の町並を再現した 様々な露店で、

 飲み食いや遊技, 買い物などもできます。

 宴会場もあるので、 そこで忘年会が開かれました。

 その前に ひとっ風呂。

 宴会のあとにも、 十ある湯船 すべてに浸かってきました。  (^^;)

( 足湯, 蒸し風呂を含む。

 ただし 別料金のかかる アカすりや岩盤浴などはパス。 )

 湯に浸かるのは 本当に身も心も リラックスしますね。

 猿が温泉に入るのも 理解できます。  (^^;)

 入館すると 浴衣に着替え、 館内は全員 浴衣姿です。

 外国の観光客たちもいるし、

 着物を着慣れない若者が しどけない姿で歩いていたりしました。

 外人さんも楽しめる 場所ではないかと思います。

 手裏剣投げの小屋では、 太ったメガネのおばさんが 拙い英語で、

 外人さんに大声で 投げ方を伝授していたのが 可笑しかった。

“ Not snap!  Straight!”

 てね。  (^o ^;)

 スナップを利かせると、 回転軸が ずれてしまったりするのでしょうか? 

 難しいみたいで、 外人さんはなかなか 的に刺さりませんでした。

 でもおばさんは 斜めから投げても、 きれいに刺さるんですね。 (さすが)

 時間が限られていたので、 館内を一通り 眺めて回っただけでしたが、

 もっとゆっくりと 遊んだり飲み食いして 興じることができると思います。

 年末の 心地よい一日でした。
 

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2008年9月20日 (土)

本日の病院の結果

 
 今日、病院に行ってきました。

 憩室炎のほうは幸い 血液検査の結果も良く、これで治療は終了。

 お酒も食事も 元に戻していいそうです。 (^^)

 今後はランチバイキングも、アルコールも刺激物も 構いませんが、

 ただ一般的に言って どれも過度に取ってはいけないので、ほどほどにと。 (^^;)

 それから、手のしびれ。

 今はこちらのほうが 気になっています。

 おとといから 大きく悪くはなっていませんが、

 何でもない動きでも ピリッとしたり、痛みというか 突っ張るような感じがします。

 内科の先生は 様子を見るとしか言えない ということで、

 整形外科に紹介してもらいました。

 整形外科のドクターは、撓骨神経麻痺ではなく、

 撓骨神経から枝分かれした 細い神経が 刺激を受けてしまったのではないか、

 と言っていました。

 多分 次第に治っていくだろうが、医学には100%はないので、

 ずっと続くことも あるかもしれないとも言われ、ちょっとびっくりしました。

 そういう場合は 医療ミスだと聞いたと 尋ねると、

 そのときは 内科の先生と話してほしい,でも大丈夫だろう と話していました。

 ドクターとしては  「絶対」 ということは言えないので、

 最悪の可能性も 述べているだけで、

 普通は自然に 良くなっていくということなのでしょう。

 それでも、2~3ヶ月を目処に 経過を見るということで、

 自分で思っていたよりも 長くかかりそうです。

 神経の回復を助ける ビタミン剤をもらってきました。

 ブログで、治療費は 病院にお願いするように とのアドバイスも受けましたが、

 今日のところは 診察費と薬代を支払ってきました。

 たまに かなり痺れが 走ることもることもあるし、気になります。

 とにかく、早く回復することを 祈るばかりです。
 

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2008年9月18日 (木)

撓骨 (とうこつ) 神経麻痺?

 
 14日の記事に、点滴の針を刺したとき、

 親指と人指し指との間が ビリビリッとしびれたと 書きました。
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55905894.html

 その後は 治っていましたが、きのうの晩、

 腕を伸ばして 手首を曲げると、同じ部分が しびれるようになってしまいました。

 僕のブログで、撓骨神経麻痺の可能性を 教えてくれた人がいて、

 ネットで調べてみると それに該当するかも 知れませんでした。

 外傷や 不自然な腕の圧迫で、手がしびれたり 動かなくなったりするもので、

 案外 簡単になることがあるそうです。

 酔っぱらって 腕枕で眠ってしまったり、

 新婚旅行で 発症することもあるので 

 “ハネムーン症候群” などとも言われるとか。

 手首に力が入らず ダランと垂れてしまったり、

 指が動かなくなったりする ということです。

 軽度から 重度まであります。

 自然に治ることもあるが、一日でも治療が遅れると

 非常に長引いてしまうことがあると 書いてありました。

 二日後の土曜日に また病院へ行くことに なっていますが、

 もしそれで 治療が遅れるということに なってしまわないか。

 でも しびれは軽いものなので、今日わざわざ 病院まで行かなくても、

 土曜日で済むならば そうしたい。

 病院に電話してみると、

 やはり 撓骨神経麻痺の可能性も あるかもしれないとのこと。

 主治医の先生にも 話を聞いてもらいましたが、

 きのうより痛みが 広がったりしていなければ、

 土曜日でも大丈夫だ ということになりました。

 もし症状が変わったら 連絡してほしいと。

 ブログで教えてくれた人は 医療ミスだと言っていましたが、

 治療費など どうなるのでしょう? 

 憩室炎とか 知らなかった病名を、ふたつも新しく 覚えることになってしまい、

 何だか 泣きっ面に蜂みたいな……。
 

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2008年9月16日 (火)

点滴治療 終了  (^o ^)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55905894.html からの続き)

 お陰さまで 痛みもほぼ治まり、

 血液検査でも 炎症や白血球の数値が 大分よくなっていました。

(それでもまだ かなり高いのですが。)

 一応今日で 抗生剤の点滴は終わり、

 あとは内服の抗生剤で 済むことになりました。 (^o ^)

 食事をほとんど取らなかったのが 良かったようです。

 今後は だんだん元に戻していいと 言われました。

 今日は 雑炊を作りました。

 憩室自体は 案外多くの人が 持っていて、僕も複数あったとか。

 憩室炎も珍しい病気ではない ということですが、今回 初めて知りました。

 便秘する人は なりやすいので、繊維質を摂るなどして 気を付けましょう。

 σ (^^;)は 便秘は全然ありませんが、刺激物やアルコールがよくないのでしょうか。

 憩室炎は 再発する場合も、一度で終わる場合も あるそうです。

 経過次第ですね。

 とにかく 一段落して安心しました。 (^^)

 6日間 ほとんど食べなかった “お陰で” 、

 体重が 6キロくらい減りました。 (^_^;)

(それでも まだデブってますσ(・_・;) )

 またランチバイキングを 楽しみたいですが、

 なるべく 元に戻らないようにしたいですね。

 病院のあとは、心子の墓参りに 行ってきました。
 

 ところで 今日はまた、点滴で気になることがありました。

 針を刺して 点滴を始めるとき、管の中に 空気が数センチ 入っていました。

 一瞬で血管の中に 入っていってしまいましたが、

 血液中で溶けるのだろうと思って そのままにしていました。

 昔は、血管に空気が入ると 血が固まって死ぬとか 聞いてましたけど。 (^^;)

 でも一応 気になって尋ねると、

 静脈なので 肺で排出されると ドクターから説明されました。

 動脈だと危ないが、10~20ccを 一気に注入しなければ 大丈夫だとか? 

 今回は 0コンマ数ccなので 心配ないと。

 でもやっぱり 管に空気が入っていてはいけない ということで、

 すみませんと謝罪されました。

 どうもこの病院は 点滴に難があるのだろうか? (?_?;)
 

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2008年9月14日 (日)

点滴痛い!

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55896254.html からの続き)

 今日は 痛みはだいたい治まりました。

 休日なので救急外来に 抗生剤の点滴をしにいきました。

 廊下の待合の椅子で 新聞を読んでいると、看護師さんが 僕の前で立ち止まりました。

 顔を上げると、きのう点滴をしてくれた 看護師さん (女性)。

 実はきのうは、点滴の針を刺すのを 2度も失敗されてしまったのです。

 最初に 若い看護師さん(女性) が刺してくれたのですが、

 痛みがしたため 一度針を抜きました。

 今まで刺した針を抜いたことは、僕はあまり覚えがありません。

 その看護師さんは 「すみません、代わってください」 と、

 主任の看護師さんに頼みました。

 それが今日の看護師さんです。

 主任さんが 手首の親指側の血管に 針を刺すと、

 ビリビリッ! と強いしびれが、人指し指と親指の 間に起こって、

 思わず 声を上げてしまいました。

 しばらく しびれは続き、また 針を抜くことになってしまったのです。

 そして、一番点滴がうまいという ベテランの看護師さんに バトンタッチ。

 きのうの日記に書いた 看護師さんで、

 肘の内側の血管を使い、今度は一発で すっと入った次第です。

 手首の血管のそばには 神経があって、

 それに 針が触れてしまったのだろう ということです。

 余りないことだそうですが、もちろん 僕も初めてです。

 主任さんはそのあとも 気を遣ってくれました。

 そして今日、主任さんは 心配で夜も寝られなかったと 声をかけてくれたのです。

 まぁ寝たでしょうが (^_^;)、そのくらい 職業倫理で考えてくれていたのでしょう。

 そのあと 今日の点滴は 無事終わりましたが、これから続けて通院です。

 ご心配おかけしてます。m(_  _)m 

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55933362.html
 

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2008年9月13日 (土)

今日の検査結果

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55882918.html からの続き)

 今日はきのうより また痛みが和らぎました。

 そして、再び総合病院に 血液検査をしに行きました。

 採血をしてから 待合で待っていると、年配の看護師さんが やってきました。

「 具合はどうですか? 」

「 きのうよりいいです 」

「 入院の覚悟はしてきましたか? 

 そうではなさそうね。はい分かりました 」

「 (笑) できるだけ 外来の方がいいので 」

 と、看護師さんは去っていきました。 (^^;)

 僕が元気そうだからなのか、ベテランの看護師さんには 分かるのか、

 何故かお見通しです。 (^_^;)

 でも、なんで 聞きにきたんでしょう? 

 さて、診察室で 血液検査の結果を 先生に聞きました。

 きのうより 状態は良いということで、

 ラッキーにも 外来治療で行くことになりました! (^○^)/゛゛

 いや、安心しました。 ) ^o ^(

 これで入院せず 通常の生活ができます。

 毎日 点滴のため 一週間ほど通院はしますが。

 皆さん、ご心配いただいて、どうもありがとうございました。m(_  _)m 

 お陰さまで 大事に至りませんでした。 (^- ^)

 何人もの方に労りと 養生するようとの言葉をいただき、大変感謝しています。

 ただ 憩室炎の治療は 抗生剤の点滴と、その間の食事制限で、

 安静にしなければならない ということはありませんので、ご心配なく。

 この2日間 ほとんど何も 食べていませんでしたが、それも良かったみたいです。

 食事は、もし食べなくても大丈夫なら 食べない方がいいそうですが、

 それでは倒れてしまうので、おかゆや重湯などが いいということです。

 今は 特別食欲もないというか、

 なんか 食べなくても それでいられるんですよね σ (^^;)。

 ダイエットには とても功を奏してる。 (^_^;)

 でも今日は ヨーグルトやプリン、ポタージュスープを買ってきました。

 とにかく 腸を休めながら、早く治したいと思います。

 どうもお騒がせしました。 (^o ^;)

( といって、あるいは急変の可能性が

 まだゼロとは 言えないのかも知れない?(・_・;) )

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55905894.html
 

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2008年9月12日 (金)

憩室炎で入院??

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55876117.html からの続き)

 今日は 痛み止めの薬で 抑えられているためか、

 コンディションはそれほど 悪くなかったのですが、

 きのうの血液検査の結果を 聞きに行ったところ、

 炎症の数値が 異常に高いと聞かされました。

 通常の40倍だとか。

 腸炎かもしれないが、他の症状と 合わせて考えて 原因が分からないので、

 大きな病院で 詳しく検査するように と言われました。

 腸捻転や 憩室 (けいしつ) の可能性もあり、

 急変して 手術が必要になることもあるかもしれない、

 もし何でもなかったら それで良かったということで、と。

 憩室とは、大腸にできる 小さな袋のようなもので (血管で言えば動脈瘤)、

 そこに 食物などが溜まって 炎症が起きたり、

 悪化すると化膿したり、破れたりすることも あるそうです。

 診察のあと バイトに行くところだったのですが、

 紹介状を書くから 今すぐ行くようにと促され、そのまま 総合病院に向かいました。

 そして、総合病院で 再び血液検査と、初めてのCTを撮ったのです。

 その結果、炎症の値は 今日も非常に高く、憩室炎だと 診断されてしまいました。

 食事制限をして 抗生剤の点滴を する必要があり、外来治療でもできるが、

 安全のためには 即入院 (一週間) が望ましいと。 ( ̄○ ̄;)

 あまりに急なことで 戸惑いましたが、取り敢えず 明日の午前中

 もう一度 血液検査をし、その結果で決める ということになりました。

 入院と言っても 食事制限と点滴だけで、外出も かなりできるようだし、

 堅苦しいものではなさそうです。

 外来も可能ですが、連休をはさみ主治医の内科医がいないため、

 急変した場合が恐いということです。(・_・;)

 しかし ちょうど今日、「境界に生きた心子」 の初校ゲラが

 星和書店から届いたところで、校正の作業を しなければならず、

 それは パソコンや色々な資料が なければできない。

 また 来週は、星和書店主催の BPDの講演とワークショップがある

( 「 境界性人格障害 = BPD 」 などの著者、

 ランディ・クリーガー氏が 招かれたのです)。

 う~む、何とか外来で すませられればいいのですが……。(- -;)

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55896254.html
 

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腹痛でダウン

 
 きのうは腹痛で 体調が悪く、一日中 寝たり起きたりしてました。

 3日前から痛みがあって 我慢できないほどでは なかったのですが、

 2日目の夜から 加減が悪くなって、きのうは朝から かなりの腹痛に見舞われ、

 近くの診療所へ 行ってきました。

 一時的な腹痛は よくあるものの、3日間も続いて、

 はらいたで医者へ行ったのは 子供のとき以来初めてです。

 腸に炎症があるかもしれない ということで、今日 検査結果を聞きに行きます。

 きのうは 医者から帰った後も 具合が悪く、

 1日で 小さなバナナ4本と カルピスしか 口にしなかったのに、

 食べた直後に 痛みが来たり、しんどくて起きていられず、

 (薬の副作用もあるのか) 12時間くらい眠ってました。

 でも今朝は 9時間くらい寝て 目が覚めたところ、

 多少腹痛は残っていますが ある程度調子がいいです。

 きのうは コメントも返せず、すみませんでした。m(_  _)m

 早く回復して、また 趣味のランチバイキングを 堪能したいす。 (^^;)

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/55882918.html
 

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2008年8月24日 (日)

オリンピックの国家支援

 
 この2週間、オリンピック三昧の σ (^^;)でした。

 様々な悲喜劇と 感動を与えてくれましたが、

 全競技を終えて 閉会式を残すのみとなりましたね。

 先ほど フジテレビの 「報道2001」 に、

 フェンシングで銀メダルを勝ち取った 太田雄貴選手が出ていました。

 今まで誰も知らなかった 太田選手ですが、

 メダルを獲得した瞬間に 日本中が沸き立ち、フェンシングも注目されています。

 番組には 二宮清純や竹中平蔵らが出演し、

 国によるスポーツ援助の 問題を話していました。

 太田選手自身、海外遠征や合宿など 数百万の費用を、

 最近まで自腹で (お父さんが)  まかなっていたといいます。

 公費や企業からの 寄付などがなければ、選手は育ちません。

 ただ 旧ソ連や中国のように、国威発揚のために 個人を利用してはいけない。

 才能ある人を、国だけでなく “谷町” や民間企業など

 全体で支えるのが 理想的だと。

 旧ソ連は 国が強化しなくなった途端に、メダルが取れなくなりました。

 大切なのは、「強化」 ではなく 「普及」 です。

 一過性ではなく、底辺を広げることによって、

 持続的に トップアスリートも育ってきます。

 また、スポーツは やりたい人がやるものであって、

 体育 (教育) とは別だという 指摘もありました。

 オリンピックは 文部科学省の管轄になっているが、

 スポーツ省のようなものの 必要性を述べていました。

 さらに、パラリンピックは 厚生労働省の管轄だというのです。

 同じスポーツなのに このような “差別” あると。

 このことは 僕も初めて知り、驚きました。

 
 金メダル大国ではなく、スポーツ大国になることが 必要でしょう。

 スポーツが豊かで、誰もが スポーツに親しむことができる 環境作りです。

 そしてオリンピックは 国のためではなく、選手が自分のためにやって、

 それを見て 国民が喜び、元気や希望を与えられる。

 それが 望ましい姿ですね。
 

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2008年8月12日 (火)

セミの脱皮を、 ミターーッ!? 

 
 きのうの記事に書いた ジョギングに行ったのは、

 運動不足を極度に 体に感じたからでした。

 パソコンに向かっていて トイレに立つとき、足が鉛のように 固まっているのです。

 で、ちょうど時間もできたので、久しぶりに 走ってきたわけです。

 並木のせみしぐれが 耳に響いてきました。

 ところが 少し走っただけで、荷物を引きずっているかのように

 足が重く、遅く、長続きがしません。

 無理をしないように 足を止め、結局 半分くらいは歩いていました。

 歩きながら セミの声がする木を見ると、鳴いているセミばかりでなく、

 セミの脱け殻や、地中から出てきたあとの 穴も沢山ありました。

 そして、木の幹を ゆっくり登っていく 幼虫もいました。

 脱け殻でない、動いている幼虫を 見たのは初めてです。

 また、脱皮途中で失敗したのか、殻から体が半分 出ただけのセミもいました。

 緑色がかった白い体を のけぞらせたまま、息絶えています。

 そんな中に、背中に白い筋が入った 幼虫を見つけました。

 最初は 気にも止めていませんでしたが、

 その白い筋が だんだん大きくなっていきます。

 正に今、脱皮が始まっているのでした。

 これは 滅多にお目にかかる 機会のないものだと思い、しばらく観察していました。

 白い背中が 少しずつ盛り上がってきます。

 ところが このセミが留まっている所は、アリの通り道になっていて、

 だんだんアリたちが セミにたかってきました。

「これだと 脱皮しても アリに喰われちまうな……」

 そう思いながらも、自然の摂理だし、弱肉強食で止むを得ないと 考えていました。

 そのうちセミは アリだらけになってきて、

 見るに忍びなく、セミの場所を 移してやりました。

 けれどもセミは 自分で木につかまるどころか、動くこともできません。

 初めから弱っていたのか、アリにやられてしまったのか、はたまた、

 脱皮中は動けないのか 分かりませんが、そのまま 転がってしまうだけでした。

 残念ながら セミを助けることもできず、脱皮を見ることもできず、

 その場を あとにした次第です。

 アーメン……。
 

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2008年4月 1日 (火)

靴べら、ダウン

 
 部屋の入り口の 下駄箱に掛けてた靴べらが、先日なくなりました。

 プラスチックの 50センチ足らずのやつ。

 靴べらが移動する範囲なんて 1メートルくらいなもんだろうに、

 一体どこへ いってしまったのか、不思議です。

 今日は にわかに寒くなって 風邪が強かったので、

 久しぶりに ダウンコートを羽織って 部屋を出ました。

 外に出て 数メートル歩くと、胸の辺りに違和感が。

 ダウンのファスナーを 開いてみると、

 何と内ポケットに 靴べらがぶら下がってます!

 何でこんな所に!?

 びっくりすると共に、こんなとこに あったのかと安堵。

 ダウンはいつも 入り口のハンガーに掛けてありますが、

 位置は上の方で、靴べらは下の方。

 一体どうして靴べらが、ダウンの内ポケットに 入ってしまったのでしょう(?.?;)

 つらつら考えるに、帰宅してきて 入り口でダウンを脱ぎ捨て、

 そのとき 靴べらにぶつかって、中に入ってしまったのかと……?(・_・;)

 ちょうど その翌日から暖かくなって、

 ダウンを着なくなったため 気付かなかったのではないかと……。

 何にせよ、ダウンに靴べらが ぶら下がってたのは異様でした。 (^o ^;)
 

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2008年3月12日 (水)

京大・東大剣道部 同期会

 
 僕は大学 (京大中退 (^^;)) で 剣道部に入っていました。

 京大と東大の剣道部は、日本で一番古い 伝統の定期戦があります。

(早慶戦よりも 1年古いという。)

 毎年11月に 1年の総決算として、2日間にわたり、

 約30人の 対試合と抜き試合が 行なわれます。

 また 夏には 「七帝戦」 と言って、旧帝国大学7校の 運動部の総合大会もあり、

 京大と東大は 特に因縁の戦いでした。

 そんなわけで 東大と京大の剣道部員は、試合後も飲みあったり、泊まりあったり、

 特に懇意の 付き合いがありました。

(σ (^^;) は剣道は弱かったし、試合に出たこともないし、

 ミソッカスみたいなもんでしたが。)

 最近、東京在住の京大剣道部員とは、年に2回ほど集まりますが、

 東大の剣道部とは、僕は中退後 ほとんど会う機会も ありませんでした。

 しかし昨日、本当に久方ぶりに、京大・東大剣道部の 同期の集まりがありました。

 大方30年ぶりの再会でしたが、みるみる記憶が蘇ってきて、

 色々な話で盛り上がり、3時間あまりが あっと言う間に過ぎてしまいました。

 概して東大の連中は 当時と変わらず、若かったですね。

(京大の同級生は、頭の方が 風前の灯火になっている奴も

 2~3人いるのですが。 (^^;))

 拙著 「境界に生きた心子」 の紹介もし、

 早速何人かの人が 購入すると言ってくれました。

 ボーダーの話にも 関心を持ってくれ、あれこれ話題に上りました。

 また理解が 一人でも広がればと思います。

 学生時代の繋がりというのは、全く何年経っても 変わらないものです。

 誠に 楽しいひとときでありました。
 

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2008年2月23日 (土)

火事にならなくて よかった (-。-)

 
 電気グリル鍋を使った後、次に使うまで 片付けるのが面倒で、

 ずっとテーブルの下に 置いていました。

(ガラスの蓋を 裏返しにかぶせて)

 今日 ふと見ると、スイッチのランプが 赤く点いていました。

「空焚き!?」

 知らぬ間に、足か何かで 入れてしまったのでしょうか。

 急いでスイッチを消しましたが、もちろん本体は 熱くなっています。

 そして、ガラス蓋のプラスチックの把手が 全てドロドロに溶けて、

 グリル鍋の中央に 流れ落ちています。

 一体いつから 点いてしまっていたのか? 

 数日間? 

 把手はグリルには直接 触れていないので、

 密封された空気の温度で 溶けたことになります。

 プラスチックが溶解する 温度は知りませんが、二百何十度でしょうか。

 溶けたプラスチックを ティッシュで拭き取ったところ、

 運良くこびりつかず 比較的簡単に取れました。

 グリル鍋に 水を張って冷し、幸いにも 大事には至りませんでした。

 把手は、100円ショップで買ってあった スペアで交換。

 コンセントを 付けたままにしていたのが、大きな間違いでした。

 安全のためにも、エコのためにも、コンセントは 外しておくのが基本ですね。

 反省(- -; )。

 ストーブに続いて、家電の危機話でした (^^; )。
 

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2008年2月20日 (水)

ストーブ落札

 
 ヤフーのネットオークションで、ガスストーブを落札しました。

 ディスカウントショップへ 行ってみようかとも思ったのですが、

 この時期に 置いてない可能性も大きいし、

 オークションなら 手軽にお安く手に入る と思い付いて。

 個人出品の使用品ですが、1100円で 大変お買い得でした。 (^^;)

 ネットオークションは 前から利用していますが、ほとんど信頼できます。

 明日、直接会って ストーブを受け取ることになりました。

 これで一安心です。 (^^)
 

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2008年2月18日 (月)

ストーブ危機

 
 きのう 点かなくなってしまったストーブは、

 心子が 「あったかくん」 と 呼んでいたものです。 (^^;)

 夕べは 暖房なしの夜を過ごしました。{{(>_<)}}

 コートを着て 足に布団を巻き、焼酎を熱燗で味わい、あったまりました。

 今日は、点火の仕方を工夫したら 火が点いて一安心。

 外出した帰りに、ガスストーブを 買いに行きました。

 ところが、時期的に 冬物はもう終わりなので、

 どの店に行っても ガスストーブは置いてないのです。

 ガスファンヒーターなら 少数あったのですが。

 この冬は 今のストーブを何とか 騙し騙し使って、

 次のシーズンに 購入するか。

 でも いつ点かなくなるか 分からないので、

 ガスファンヒーターを買うか。

 

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2007年12月19日 (水)

クリーニング屋さんが 店じまい

 
 長年利用していた 近くのクリーニング屋さんが、急に閉店してしまいました。

 近頃 腕を骨折したり、加齢のため 体の具合を悪くしてしまったのです。

 ここのおばさんは 太っちょで、いかにも “おばちゃん” という感じなのですが、

 超人的な記憶力の 持ち主です。

 預けた洗濯物を 全て覚えていて、

 どこに置いてあるかも ことごとく頭に入っているのです。

 クリーニングができ上がった頃に 店へ行くと、こちらの顔を見るなり、

 「コートとセーターね」 とか言いながら、ささっと出してきます。

 本当に いつも驚き、感心していました。

 伝票も書かないので、こっちの方が 忘れてしまうくらいです。

 心子も 抜群の記憶力でしたが、心子は プロ意識の強い人を 尊んでいました。

 クリーニング屋のおばさんは、意識が高いから 覚えられるのだというわけです。

 確かにそうなのでしょう。

 僕は 衣更のときくらいしか 利用しなかったのですが、

 名物おばさんが 引退してしまって とても残念です。

 これからは、くれぐれも 体を大切にしてほしいものです。
 

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2007年7月10日 (火)

扇風機断裂

 
 毎晩 σ (^^;)寝酒を飲んでます。

 カーペットの上の テーブルで、座布団に座って飲みます。

 普段は そこから1.5メートルほどの、

 パソコンデスクの 椅子に座って作業をしています。

 昨夜、寝酒を飲みながら、知らぬ間に 眠ってしまったようです。

 気が付いた瞬間、どこかに額を したたかぶつけていました。

 何故か、デスクの椅子に座っています。

 見ると、1メートル半ほど離れた ビデオの棚から、

 ビデオカセットが 多数崩落しています。

 そして、椅子と棚の間にある 扇風機が、

 台座の部分から 真っ二つに破断していました。

 羽根の前面のカバーも はずれて転がっています。

 台座から垂直に立っていた 柄の部分は、

 見るも無残に ギザギザの断裂面を 呈しています。

 ビデオの棚に 頭をぶつけたような 気もしますが、

 扇風機のほうに ぶつけたのか、定かではありません。

 体の痛みは 額にしかありませんでした。

 一体全体 何事が起こったのか、茫然自失……? 

 寝酒を飲みながら、そのままカーペットの上に 寝てしまうことはありますが、

 こんな奇妙奇天烈な 謎の事件は初めてです……(?.?;)

 額の傷だけが 知っている……??
 

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2007年6月25日 (月)

ジョギングで足が……(;_;)

 
 しばらく前から、週1くらいで ジョギングを始めました。

(今までも 何年かに一度、思い立ってジョギングを初め、

 何ヶ月かは続くのですが、その後 たち切れになってしまう ということを、

 何回か繰り返してました。 (^^;))

 久しぶりに走ってみて、最初は体が重くて 何度も休みながら、

 モタモタと走っていましたが、

 回を重ねる度に 体が軽くなり、タイムも上がっていきました。 (^^)

 この歳でも まだ適応力があるんだと 思ったもんです。 (^^;)

 しかし 何回目かのジョギングのとき、走っている最中

 急に痛みが足を襲い、止まってしまいました。

 少し休んで また走りはじめ、その時は 大事に至らなかったのですが。

 その後 また何回か走って、終わった後に 足に痛みを感じることがありました。

 1週間経っても 違和感が残り、走ると また痛みが出そうな 感じがしたため

 一回休んで、翌週にまた走りました。

 折り返し地点に近づいたころ、少し足に痛みを感じて、折り返し地点で一服。

 再び走り出し、5分ほど行ったとき、突然

 こむら返りを起こしたように 激痛が走って、飛び上がってしまいました。

 休んでも痛みは引かず、残りの道のりは 足を引きずりながら 家に帰った次第です。

 それから なかなか治らず、今も歩くとき 足を引きずっています。(;_;)

 普段は 痛みはないのですが、歩くとダメです。

 普通の筋肉痛なら 数日経てば治るのに、こういう傷め方は 初めてでした。

 準備運動,整備運動は 良くやっているし、徐々に体を慣らしていったので、

 無理なことはしていないのですが。

 先日 NHKの 「ためしてガッテン」 で、汗の話をやっていました。

 歳を取ると 足にかく汗の量が 減ってきて (二十歳すぎから差が出てくる)、

 体温調節や電解質の バランスが崩れて、こむら返りを起こしたりする というのです。

 これなのでしょうか??(・_・;)

 いずれにしても、一度 病院で診てもらったほうが いいのかも……。(- -;)

( 「歳なんだから」 って言うな!  (^o ^;))
 

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/48850888.html
 

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2007年6月17日 (日)

月命日と 父の日

 
 今日は 心子の月命日、いつものように 墓前の心子に会ってきます。 (^^)

 また、父の日でもあり、黄色いバラを 祭壇に供えます。

 親父は 心子が旅立ったのと同じ年に、がんで亡くなりました。

 自宅療養していた ある日、親父は急に 寝床から起きてきて、

 指輪を買いに行くから 一緒に来てくれと 僕に言いました。

 僕と兄貴たちに、形見を残したい というのです。

 デパートへ 指輪を買いに行き、

 現在も 僕は外出するときは 必ず指にはめています。

 他にも、親父の衣服を いくつかもらい、日頃身に付けています。

 一方 僕のお袋は、脳出血で突然倒れ、

 後遺症のため 要全介助状態で入院生活の末、肺炎を起こして 不帰の客となったため、

 自ら 遺品を残すことは できませんでした。

 お袋は生前、趣味で油絵を描いたり、ちぎり絵を作ったりしていたので、

 親戚も集めて 形見分けをしました。

 いま 僕の部屋の壁には、お袋の絵が 何枚も飾られ、

 僕の心を 癒してくれています。
 

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2007年5月15日 (火)

今年も「母の日」

 1年前の母の日に、こんな記事を書きました。(^-^;)

http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/34435654.html

 今年もカーネーションを飾りました。
 赤にイエローの入った花びらです。(^^)
 オカンと心子、時々オトンも(?)喜んでくれているかな?(^_^;) 
 

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2007年5月 4日 (金)

「みどりの日」に昭和を思う

 
 今日5月4日は、今年から「みどりの日」。
(関連記事 http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/47166172.html

 九段下にある昭和館で、「手塚治虫のマンガの原点--戦争体験と描かれた戦争」を観てきました。
 手塚治虫さんの原体験でもある「昭和戦争」(読売新聞)を解説しながら、手塚作品と戦争の関わりを紹介する展示会です。

 僕のお袋・稲本みどりは、手塚さんと同い年です。
 今年から「昭和の日」になった4月29日は昭和天皇の誕生日ですが、手塚さんの誕生日は11月3日で、明治天皇の誕生日だったということです。
 今年は手塚さんが生まれてから80年。
 80は僕の親父の享年でした。

 ちなみに、手塚さんの通った小学校は現在の大阪・池田小学校で、反社会性人格障害の宅間守が凶悪事件を起こした所です。
 何だかそんな細々とした“つながり”が色々ありました。

 昭和館のすぐ近くに靖国神社があるので行ってみると、境内の遊就館という軍事博物館に、本物の大砲や機関砲が展示してありました。
 砲弾を受けた無残な傷跡や損壊された部分もあり、目の前で実際に手に触れたりすると、映画などを観ているだけでは分からない生々しさが伝わってきます。

 僕の親父は、学徒出陣で実際に参戦しています。
 お袋も、学童奉仕で軍需工場で働いたそうです。
 僕は親から直接、戦争体験を語り聞くことができた最後の世代です。

 手塚治虫展にも、戦争当時の物資や遺留品などが陳列されていました。
 空襲の火災による高熱で変形した分銅やガラスなど、庶民の悲惨な体験が思い起こされた次第です。

 手塚さんは直接,間接に、自分の戦争体験を多くの作品に描いており、
 戦争に対する恐怖や怒りが表現されています。

 数々の直筆原稿も展示されていて、手塚さんの幼少時の動画(8ミリ?)も初めて目にしました。
 “昭和の巨人”手塚治虫ですが、多くの貴重なものを見ることができた一日でした。
 

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2007年3月22日 (木)

つけ麺の元祖 「大勝軒」 閉店 (2)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/46156665.html からの続き)

 僕は大分以前、杉並区・永福町の 大勝軒に行ったことがあります。

 ところが、ネットで調べたら この大勝軒は たまたま名前が同じなだけで、

 東池袋の大勝軒とは 全く別系統なのだと分かりました。(><)

 永福町の大勝軒も 行列ができる店として有名なのですが、

 僕は今までずっと 東池袋の大勝軒から 出た店だと思っていました。(- -;)
 

 結局 σ(・_・;) は一度も 本家・大勝軒の味を体験できず 残念でした。

 でも 子供のいなかった 山岸さんは、弟子たちに その味を託しました。

 この店で修行をして 独立していった職人たちは、何と100人に上るそうです。

 現在では 北海道,沖縄,ハワイなどにまで 店を広げているとのこと。

 ラーメンの味は 職人の心で決まるという 山岸さんの教えを、

 弟子たちは 心して守っていきます。

 山岸さんは 職人としての技だけでなく、その人間性で 多くの人たちに慕われ、

 敬愛されているといいます。
 

 46年の長きに渡って 愛されてきた本家本元も ついに店じまい。

 跡地には 52階建ての複合ビルが 建つということです。

 時代の流れとはいえ、名残惜しくてなりません。

 しかし 多くの弟子たちに 引き継がれた大勝軒の味は、

 これからも 広く人々の味覚を 楽しませていくことでしょう。
 

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2007年3月21日 (水)

つけ麺の元祖 「大勝軒」 閉店 (1)

 
 このところ 連日、つけ麺の元祖 「大勝軒」 店じまいのニュースをやっています。

 今では 「ラーメンの神様」 とまで言われる 店主・山岸一雄さん(72才)。

 最初は まかない料理だったという、つけ麺を商品化した 草分けです。

 46年前、東池袋に 現在の 「大勝軒」 を開業しました。

 16席しかない小さな店ですが、日本で初めての

 “行列ができるラーメン店” になったそうです。

 テレビでもしばしば紹介され、僕もそれは知っていました。

 その 「大勝軒」 が長年 皆から愛されながら、昨日 幕を引きました。

 東池袋の再開発計画による 区画整理と、高齢の山岸さんの 体調不良のための閉業です。

 先日そのことを知り、僕も 大勝軒で最後のラーメンを味わおうと

 今月12日に 東池袋へ行ってきました。

 ある程度の行列は 覚悟してましたが、予想をはるかに上回り

 百数十人が 長蛇の列を作っていました。(・_・;)

 3時間以上かかるのだろうかと推測し、やむなく諦めました。

(営業時間は11~15時)
 

 大勝軒最後の日は、何と開店11時間前から 徹夜組の大行列ができました。

 準備してある 400食分が、すでに開店前に完売!

(400人以上が並んでしまった)

 列の最後の人が、最後の大勝軒のつけ麺に ありついたのは 午後8時頃とか。

 現場には 報道陣も殺到していて、

 これは ひとつの文化現象,歴史の終りを表していますね。

(続く)
 

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2006年11月27日 (月)

卵かけごはん

 
 卵かけごはんは、卵をかき回してから ご飯にかけるか、

 ご飯の上に 溶かない卵を乗せるか、よく話題になりますね。

 家は子供のときから、日曜日の朝は必ず 納豆と卵かけご飯でした。

 僕は 卵の白身がなくなるまで よくかき混ぜて、

(立った泡は 納豆に入れる)

 熱いご飯の真ん中に 箸で穴を開け、そこに卵を流し込むものと 決まっていました。

 生まれてこのかた、この食習慣は 揺るぎない定番です。

 混ぜない卵を ご飯に乗せるなど、あり得ないことでした。

 ところが 先日テレビで、吉野屋の社長が

 牛丼の正しい食べ方を 披露していました。

 まず 牛肉を一切れ取って、肉だけを味わう。

 次に ご飯と一緒にほうばる。

 そして、牛丼の真ん中に 卵を溶かずに乗せる。

 醤油をかけて かき込む、というものでした。

 今 吉野屋では 毎月1日から5日間 限定で牛丼を出していますが、

 先日 この食べ方を 試してみました。

 生まれて初めて、かき回さない卵を 丼に乗せて食したわけです。

 これが …… うまかった!!

 とろりとして、卵の味が生きていて、とても 美味だったのです。

 たしかに、親子丼などの卵とじは

 半熟や生の部分が残っているのが うまくて好きです。

 そこで 今度は、卵かけご飯も かき混ぜない卵を乗っけて 食べてみました。

 うまい …… !!

 これに はまりましてσ (^^; )。

 今日もまた 白いご飯の上に 生卵を割って乗せ、醤油をかけて いただきました。

 白身のとろとろ加減と、黄身のまったりした味わいが 絶妙な醍醐味です。

 長年に渡る 強固な食習慣が、いとも簡単に 変わってしまった 顛末でした。

 皆さんは そんなことはありませんか? 
 

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2006年10月23日 (月)

天然のサンショウウオ

Photo  
 友人の長野の別荘で、 「男の手料理を味わう会」 という合宿がありました。

 そのとき、近くの滝のある川で、自然のサンショウウオを見つけました。

 全長 わずか2㎝ほどで、僕の手のひらに 載っているところですが、

 指の付け根の大きさと比べ、サンショウウオの小ささが 分かると思います。

 滝へ皆で行ったとき、何かいないかと思って 石の下を探していたら、

 魚だか何だか 分からないものを見つけました。

 よく見ると 小さな手足がはえていて、

 「サンショウウオだ!」 と歓喜した次第です。 (^o ^)

 小さい生き物や 虫,植物なんかを 見つけるのが得意なんです。σ (^^; )

 動きは遅いので 手に取ることができ、皆に見せて 写真を撮りました。

 天然のサンショウウオは 見たのも 触ったのも初めてです。 (^^)

 サンショウウオは 本当にきれいな水でないと 住まないそうですが、

 とても得難い収穫でした。

 ひとしきりサンショウウオを 皆で愛でてから、静かに 水に返してあげました。

 都会暮らしをしていると、自然や生き物に触れるのは

 本当に嬉しくて 心踊るものですね。
 

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2006年10月22日 (日)

雲取山登山(2)

1111124_img  
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/41430818.html からの続き)

 この日は 途中休憩した場所で、何と 野生の鹿と出くわしました。

 木立の向こうから 鹿がこちらを覗いており、

 何と5メートルほどの距離で 目と目が合いました。

 真っ黒くて、大きく澄んだ瞳です。

 そっと木立のほうへ行くと、鹿はゆっくり離れていきました。

 すると 10~20メートル向こうの斜面にも、もう一匹の鹿が こっちを見ています。

 そして 2匹は踵を返し、急斜面をピョーン、ピョーンと

 高く飛び跳ねながら 去っていきました。

 輝くような 真っ白な尻尾でした。

 自然の鹿との対面も、この登山の嬉しい収穫です。
 

 下山する時は、爪先に体重がかかって 足を痛めないよう、

 体を斜めにして ジグザグに下りたりしました。

 友達の一人は すっかり爪を痛めてしまい、その後 治るのに一ヶ月もかかったといいます。

 σ (^^; )は頭脳の勝利です。

 この日は 無事に地上へ帰還してきて ふもとの温泉に浸かり、

 下界で味わうビールは また格別でした。

 翌日や翌々日は 筋肉痛に悩まされるのではないかと 心配しましたが、

 意外にそれもなく、体力に結構 自信を持ってしまいました。 (^^)

 また機会があれば、ぜひ再挑戦してみたいものです。
 

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2006年10月21日 (土)

雲取山登山(1)

1111133_img  
 中学の同級生と、東京都最高峰だという雲取山に登りました。

 僕は 山登りは初めての経験ですが、誘われて挑戦したのでした。

 登山前日の夜は ふもとの民宿に泊まって 一杯やり、

 翌朝早く 出発しました。

 登り口までは車で行き、そこから 一本道の登山道を登ります。

 もう何年も運動をしておらず、登る前は不安もあったので、

 体力を温存しながら 注意深く登っていきました。

 僕は人並みはずれた汗かきなので、途中 何枚もシャツを着替えながらの 道のりです (^^; )。

 かなり険しい坂道や 濡れた所もあり、

 まさに獣道のような 急峻な斜面は 結構危険も感じます。

 大自然の山懐に抱かれて、岩を乗り越えていきました。

 頂上近くになると さらに勾配はきつくなり、

 初めから飛ばしていた 友達の一人は すっかりバテて、

 約100メートルごとに 息が上がって休んでいました。

 σ (^^; )はエネルギーを保っていたので、まだまだ余裕です。

 そして、頂上を制覇して 記念写真です。

 東京で 一番高い所ですね。

 やはり ちょっとした征服感です。

 日頃 自然と接する機会がほとんどないため、実に貴重な体験でした。

 澄んだ空気に 心身を洗われるようで、リフレッシュされます。

(友達の一人は かなり懲りたようでしたが (^^; )。)

 健康のためにも、また時には 自然の威容に 挑んでみたいものです。

(続く)
 

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2006年10月20日 (金)

通り道にカルガモの親子

 
 少し前のことです。

 家のすぐ側の道を、お母さんカルガモと 数羽の子ガモが ヨチヨチ歩いていました。

 こんな所に 本当にかわいい珍客です。

 近くには カルガモのいる川があるのですが、人の足で歩くと 最短距離でも5分あまり。

 子ガモが歩いて来られる距離なのかと 訝りました。

 見ていると、母ガモは住居の庭に入って、また出てきたり、ウロウロしています。

 また別の家の庭に 入ったかと思うと、しばらくすると出てきて……。

 どうやら 子ガモが1羽迷子になって、お母さんは一生懸命 探しているらしいのです。

 猫に襲われでもしないかと 気がかりでしたが、やがて 子ガモは見つかったようでした。

 それにしても 親子はこんな住宅街に 何をしにきていたんでしょうね? 

 人間がいる都会の池や川は 天敵から身を守れるため、カルガモが飛来するそうですが、

 昼下がりの ちょっと微笑ましい光景でした。
 

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2006年9月17日 (日)

強欲な蚊

 
 だんだん涼しくなりはじめ、今年の夏も 終わろうとしていますが、

 最後の夏のネタをひとつ。

 ここの家には 夏でも蚊が出ず、夜 窓を開けていても平気でした。

 ところが、2~3年前から 蚊が入ってくるようになり、

 蚊取り線香や 殺虫剤を使っています。

 過日、足元のジュウタンに 一匹の蚊を見つけました。

 叩こうとすると ヨタヨタと 20~30cm 飛んで、

 すぐ近くの ビンの陰に止まります。

 寿命が近い 弱った蚊なのかと思いながら ビンをどけると、

 また 10~20cm ヘロヘロと飛んで シートの上に。

 蚊にしては やけに太く 丸くて、一瞬 違う虫かと思いましたが、

 叩くと、シートと手のひらに ベットリと 真っ赤な血が広がりました。

 要するに、腹がパンパンになるまで 血をいっぱい吸った蚊で、

 重くなりすぎて 飛べないでいたのでした。

 こんな意地汚い蚊は 初めて見ました。( ^^;)

 イソップ物語か 何かになりそうな、

 強欲が命取りになった 蚊の野郎ですね。

 ジュウタンの上で潰さなくて ラッキーでしたが、

 ランチバイキングが趣味の σ( ^^;)は、人(蚊)のことは言えないかも。
 

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2006年9月 6日 (水)

夏は暑くなくっちゃ( ^^;)

 
 夏は暑くなくっちゃ、というσ( ^^;)です。

 今年の夏は 梅雨明けも8月にずれ込み、

 夏らしい酷暑の日が ほとんどなかった というのがσ (^^;)の印象です。

 もう夏も終わりで、もったいない気持ちです。

 ところが僕の周りでは、今年の夏は暑かった という人も少なくなく、

 平均気温は 例年よりわずかに高かったと ニュースでも言っていたのですが……。

 ただし、連続した真夏日がなかった とも言っていました。

 僕は今年は 部屋のクーラーも使わず、

 冷蔵庫の氷が 底をつくこともありませんでした。

 皆さんは いかがだったでしょうか? 
 

 僕は きんきんに冷やしたそうめんを

 うだる暑さの中ですするのが、夏の大好物。( ^^;)

 今年は その機会が少なくて残念でした。

 僕は夏は 毎日そうめんでも飽きません。

 それも具を入れたりはせず、文字通り「素麺」。

 そばやラーメンだと 僕は色々な具を たっぷり入れるのですが、

 そうめんだけは 冷たさだけでストレートに味わいます。

(薬味は生姜か唐辛子)

 なごりの夏、そうめんを多めにゆでて、氷をたっぷり入れて 満悦します。( ^^)

 老後は 沖縄にでも住みたいと思っている σ (^^;)でした。
 

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2006年6月 1日 (木)

こんなことありますか?(2)

 
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/35542182.html からの続き)

 また、以前池袋へ映画を観に行くとき、地下鉄の乗車駅で大きな画板を持った女の子がいて目立っていました。

 新宿で共に降りて、共にJRに乗り換え、共に池袋で降りて、そのあとも歩く方向がずっと一緒で、

 結局同じ映画館に入ったことがあります。( ^^;)
 

 それから以前は、僕は街で全く偶然知り合いに出くわすことがよくありました。

(大体僕は外出が人より少ないにも拘らず。)

 上京してしばらくした頃、ゴールデンウィークに新宿で3日続けて、

 大学の剣道部の同級生3人に、一日一人ずつかち合いました。

(そのうちの一人は、初めてデートする女性と一緒で、その後その二人の結婚式に招かれました。( ^^;))

 それ以後も、たまに偶然の鉢合わせがありましたが、

 母が入院した直後、半年間で7人の知り合いと、道端などでばったり会ったことがあります。

 最近はめっきりないのですが、何かと関係することがあるんでしょうか? 
 

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2006年5月28日 (日)

こんなことありますか?(1) 

 
 過日新宿へ行った時、歌舞伎町のメイン通りで、僕の前をジーンズのミニスカートの女の子二人が歩いていました。

 そのあと色々用事をすませて夕方帰る時、歌舞伎町のメイン通りから駅へ行く横断歩道で、

 昼間の女の子二人組が再び僕の前に。

 そんなことは他にもありましたが、ある日それが2回も重なりました。

 新宿の紀伊国屋のエレベーターで、僕の前に髪の毛がテカテカした女の子が立っていました。

 小1時間 本を物色して帰りのエレベーター、目の前にまたさっきのテカテカ頭が。

 その日の夜、新宿駅へ向かう地下道で、前方に特徴的なブーツのかっこいい女性が、女友達と二人連れで歩いていました。

 僕は途中のロッテリアに入り、二人連れは駅へ向かいました。

 しばらくすると、あのブーツの女性が僕の目の前を通ってロッテリアから出て行きました。

 彼女は友達と別れた後、わざわざ戻ってきて僕と同じ店に入ってきたことになります。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/35705098.html

 

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2006年5月14日 (日)

母の日にカーネーション

 
 今日は母の日。

 お袋の遺影に、赤とピンクのカーネーションを飾りました。
 

 学生時代のある母の日のこと、絵を描いていた僕は自分で描いたカーネーションの絵を、下宿先から実家のお袋に送りました。

 お袋は大層喜んでくれて、その後僕が帰省したとき、自分のヘソクリ(?)から小遣いだと言って、5万円も渡してくれました。( ^^;)

 それから、お袋が脳出血で入院していたとき、母の日に見舞いに行く都合が付かなかった僕は、

 カーネーションの絵とメッセージをFAXで病院に送りました。

 それを見たお袋は思わず涙を抑えられず、ヘルパーさんにからかわれたそうです。

 今はそんなこともできなくなってしまいましたが、心はいつでも通じていると思います。
 

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2006年3月26日 (日)

剣道部時代の親友上京

 
 大学の剣道部時代の親友が鹿児島から上京してきて、夕べは同級生6~7人が集まって飲みました。 (^^)

 中には10年くらいぶりに会った奴もいて、本当に懐かしい場が持てました。

 鹿児島の親友は若いときから老けていて〔*注:〕、逆にそれから時間が経っても全然年を取りません。

〔*注:小学校6年のとき、バスの中で小さい子供に「おじいちゃん」と言われ、その子のお母さんから「おじさん」と言われたそうです (^^;)。〕

 そいつは今も髪の毛も真っ黒でふさふさ(ゴワゴワ? (^^;))、昔と「寸分たりとも変わっていない」というのは誇張ではありません。

 3~4人は学生のときとあまり変わっていませんでしたが、

 それに対して、3人は頭のてっぺんがすっかり風化してしまい、それこそ“おじいちゃん”みたいになってる奴もいました。 (^^;)

 割と二極化した集まりになりましたね。
 

 きのうは、今まではあまり深く話したことのなかった奴とたまたま話し込みました。

 剣道部のとき主将だった奴ですが、5年ほど前うつになったそうで、本当に意外でした。

 うつになりにくそうに見える人ほど、なることがあるのだと思います。

 周りも理解しないし、誰にも話せなかったそうです。

 まして人格障害などは非常に理解されにくいと話していました。

 ボーダーの人のことが少しずつでも、人々に知られていくようになってほしいと切に思います。
 

 それにしても、学生時代,特に運動部の同じ釜の飯を食った仲間というのは、いつまで経っても一番気がおけず、腹を割って語らいあえるものです。
 

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2006年3月10日 (金)

「犬の糞 お願いします」

 
 小ネタです。 (^^;)

 最寄り駅まで行く途中の家の門に、こんなプレートが貼ってあります。

 「犬の糞 お願いします」

 ?? (^^;) どういう意味でしょう? 

 「犬の糞を置いていかないようにお願いします」とか言いたいんでしょうが、

 これだと「犬の糞をください」とか、「犬の糞を置いていってください」というような意味になってしまいますね。 (^^;)

 しかもこのプレートは、手作りで書き誤ったというのではなく、れっきとした市販のもので、金属板にしっかりと印刷されているんです。

 まったく、こんなものを作って売るほうも売るほうだし、買うほうもまた買うほうです。

 いつもこの家の前を通るたびに苦笑いしていました。

 でも、さすがにこの家の人もようやく気付いたのでしょう、あるとき手書きで「犬の糞(の処理)お願いします」と書き加えられていました。

 ほんとに誰か犬の糞を置いてった人がいたのでしょうか。

 しかしその後、手書きの文字が消えて落ちてしまい、今は再び「犬の糞 お願いしま す」になっているのでした。 (^^;)
 

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2006年2月28日 (火)

間違っていた敬語

 
 話し下手のσ(^^;)が、何を間違ってかテレホン・オペレーターのバイトをしています。

 敬語の使い方の講習もありましたが、不覚にも今まで誤って使っていた敬語がいくつかありました。

 メールなどで相手に対して「~しておられる」と書いていましたが、「おる」は「いる」の謙譲語で、尊敬の「れる」との組み合わせはできなかったのです。

(それでも、今でもあえて使ってしまうことはあります。(^^;))

 それから、相手に「○○様でございますね」という言い方です。

 「○○様でいらっしゃいますね」が正しく、「ございます」は相手に対しては使わないということ。

 あと、「とんでもございません」という言い方もしてしまいますね。

 「とんでもない」の「ない」は、「あぶない」の「ない」と同じで、「ございません」にはならないそうです。

 「とんでもないです」か、「とんでもないことでございます」が正しい言い方です。

 でも、聞くほうもそれを知らない人が大半ですから、誤用しても失礼にならないのではないかと。(^^;)

 また、「○○のほう」というのも、たまに知らずに言ってしまうこともあります。(><)

 一昨日の「日記」の、「よろしいでございますか」を笑えないσ(- -;)でした……。
 

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2006年2月27日 (月)

「お見えになる」

 
 きのうに続く日本語ネタです。

 過日の読売新聞に、「先生がお見えになります」は過剰敬語だという記事が載っていました。

 どうして過剰敬語なのか分からなかったので、読売新聞に電話で問い合わせました。

 すると担当の人も迷って、ちょっと調べてくるといって席を離れました。

 その結果、「先生」が自分の担任の先生くらいだとすると、「来られます」でいいだろうとのこと。

 もっと偉い先生ならば「お見えになる」でいいが、この記事の文面だけでは確かに不明瞭だったと詫びていました。

 他の読者からの質問などはなかったそうですが、天下の読売新聞の不備を指摘してしまいました。(^^;)
 

 ところが、それを受けてのことなのかどうか、数日後の読売新聞の「日本語日めくり」という欄に、「お見えになる」が取り上げられていました。

 「見える」はそれ自体が「来る」の尊敬語なので、「お~になる」と合わせると形の上では二重敬語になる。

 ただ「見える」の敬意は低めで、重ねてもさほど過剰ではなく広く使われている。

 文化庁の世論調査でも、82.9%の人が正しい使い方だと答え、定着を裏付けている、という内容でした。

 電話で読売に問い合わせた時と内容が違っています。

 また過日の記事は、日本語が誤って使われているという趣旨でしたが、「日本語日めくり」の記事は、「お見えになります」は過剰敬語だが定着している、という記述でした。

 同じ読売なのに、ニュアンスが逆になってしまっています。(^^)
 

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2006年2月26日 (日)

「よろしいでございますか?」

 
 ランチバイキングが趣味のσ(^^;)。

 以前行ったランチバイキングでのことです。

 このレストランは場所も汐留の一等地、落ち着いてしゃれた雰囲気の店です。

 料理も安い料金と思えない、シェフが丹念に作り上げた手の込んだものでした。

 営業時間が終わりに近づいてきた頃、鈴木京香似のきちっとしたウエイトレスが、各テーブルを回って終了予定を告げに来ました。

「お料理が最後になりますが、よろしいでございますか?」

 隣のテーブルでも真面目な顔で同じことを何回も繰り返す彼女に、苦笑するやら閉口するやら。

 教育が行き届いているであろう従業員だけに、不思議に思いました。

 この場合は「よろしいですか」で充分。

 「よろしゅうございますか」ならいいですが、滅多に使わない言い方でしょう。

 「よろしいでございますか」は誤った敬語というより、ギャグの領域ですね。

 タレントのマルシアが言いそうな。( ^^;)

 日本語ブームの昨今ですが、物を書く立場上、日本語ネタには引っかかります。
 

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2006年2月 6日 (月)

のえる

 
 友達が飼っている“変猫”、「のえる」の話です。

 下のトラックバックの記事をクリックすると、のえるの写真が載っています。

 のえるが部屋に入ろうとするときに、意地悪をして入れないようふすまを半分閉めると、いつもこんな顔をするそうです。

 毎朝、風呂のふたの上で寝そべっていたり、おかしな猫らしいです。( ^^;)

 のえるは人から「人面猫」、「あんなに不細工な猫みたことない」などと言われるそうです。

 女子高生に言わせると「ぶさカワイイ」(不細工すぎて可愛いらしい)ということになるとか。

 のえるは捕まえたネズミを家の中に放してしまうため、ネズミが天井裏に穴を開けて出入りするようになり、屋根裏で繁殖してしまったそうです。

 駆除の工事に何と100万以上もかかってしまったと。

 普通は猫がいればネズミは減るはずなのに、逆に増えてしまうとはひどいものだと、友達はお冠です。

 のえるは何を考えているのか分からない,こんなアホ猫は初めてだと文句を言っていますが、おばかな猫ほど可愛いみたいです。

 
 実はのえるは最初、友達の家の近くの動物病院の前で車に轢かれて鳴いていたところを、動物病院の人が保護して手術をしたのだそうです。

 それを友達がもらってきましたが、獣医さんが「この猫ちゃんはとても甘えん坊なので、一匹で飼ってあげた方が幸せだと思います」と言ってくれたとのこと。

 顔に似合わず (?) 本当に甘えん坊で、毎晩誰かの布団の中に入ってきて安眠を妨害するらしいです。(^^;)
 

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2005年12月31日 (土)

大晦日

 1年最後の日になりました。
 今日は元の実家(今は兄一家が相続)へ行き、正月を過ごします。
 一人暮らしの叔母も一緒に集まるのが毎年の恒例になっています。
 毎日書き込んできた記事もお休みです。

 今年は初めてブログを開設して2ヶ月弱。
 皆さん、ご覧いただいてどうもありがとうございました。
 お知り合いの人たちもでき、これからまた広げていきたいと思います。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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2005年11月15日 (火)

ブログ事始め

 1週間前から暗中模索でブログを始めました。
 最初のハードルは思いも寄らず低いもので驚きましたが、まだ色々な機能など充分につかめておらず、日々試行中です。

 それにしてもブログの世界の反応の早さにカンドーしています。
 開設して2日後に早くもお気に入りブログに登録してくださる方が出てきて、毎日数十人の人が訪れてくれています。

 他の人の境界性人格障害に関するブログなども読んでいます。
 境界例など心の病を抱えている方は本当に多いのですね。
 そういう方と接している方のブログも多く、ともがらのように感じます。

 これからはこちらからも、他のブログにコメントやトラックバックを付けていきたいと思います。
 だんだんとコミュニケーションが広がっていくことを願っています。

 そして、拙著「境界に生きた心子」が一人でも多くの方に読まれ、心子や境界性人格障害のことを理解し合い、皆さんと語り合っていきたいと思います。
 どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m

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